第208話 全能の果実 -All for one-

・1・


「あいつは確か……」

「アヤメ・リーゲルフェルト……一応、私らの雇い主だよ」


 そして今、彼女は神凪殺かんなぎあやめとしてここにいる。

 自らの野望を成就せんがために。


『シーマぁ……こそこそ嗅ぎ回ってたネズミがまさかテメェだったとはな。大人しくアリスの贄になってりゃいいものを』

「お断り。それとメアリーは返してもらいましたよ」

『あぁ?』


 シーマの手の中にあるメモリーのようなものを見て、あやめは一瞬訝しむような表情を見せた。


『なるほど、伊弉冉いざなみの権能……魂の記録、ね。もうそこまで使いこなしてるのね』


 しかし、彼女はその一瞬で全ての状況を把握する。

 神凪かんなぎが『外なる叡智』と繋がり、特異な情報を引き出せるのと同じ仕組みで、彼女は今まさにこの国の全土を掌握しつつある黄金樹と直結し、その記録を読み解くことができる。つまり今この時も、あやめはこの国で起こる、あるいは起こった全ての事象を黄金樹という叡智の大樹から検索することができるのだ。


『まぁ、

「「!?」」

『別に驚くことじゃないわ。手傷は負ったが計画通り吉野ユウトはあっち側に幽閉した。まぁそのうち出てくるでしょうけど、それじゃあ遅すぎる。だって!』


 あやめはそう言うと、心無き天使アリスの首を掴んだ。


「何を――」

『さぁ、全能の果実ビゲストアップル! 今こそ私の手に!!』


 首を絞められたアリスがその言葉にピクリと反応した。まるであらかじめ定められた命令コマンドを受理したかのように。

 直後、空気が激しく振動する。

 人としての形を失い、崩壊寸前だった彼女の体に変化が起こった。まるで全てを一か所に吸い寄せるように渦を巻き、黄金樹の根が、幹が、枝が、そしてアリス自身が収束していく。


『ハハハハハハハハハハハハハ!!』


 やがて、彼女の手にはだけが残っていた。


「あれが……」

全能の果実ビゲストアップル


 古今東西に存在する世界を変える神秘の果実――その伝説。

 北欧神話における黄金の林檎。

 ギリシャ神話では不老不死を実現するアンブロシア。

 これはそれに連なる、しかし全く新しい神話の始まりだ。


 ――全能。


 手のひら大の林檎のようなそれ一つに、アメリカという国の全てが内包されている。人も、資源も、技術も、思想でさえ。

 人類の可能性全てが収められた最小単位の記録媒体。


『そう、魔道士ワーロックを熟成させ、改良し、その力だけを抽出し、凝縮する。これはその最終工程。私の言いたいこと、分かるかしら?』

「……そいつを食えば誰でも魔道士ワーロックになれるってところか? 運や才能なんか関係なく」


 カインの言葉にあやめはフッと嗤う。


『まぁそういう使い道もあるわね。けどそれだと結局消耗品の域を出ない。量産できるなら話は別だけど。いい? これは人類の全てを凝縮した、いわば可能性そのものなの』


 彼女はそう言うと、全能の果実ビゲストアップルを前に突き出した。


『全てのエネルギー、全ての質量、全ての法則。人が発見し、支配してきた結論を無条件で使役できる。これ一つでね。そうね……これなら理解できるかしら?』


 すると果実が神々しい光を放ち、一瞬で鉄の巨人を生成した。


「おいおい……こいつはッ!?」


 その鉄の巨人には見覚えがあった。

 剣機グラディウス

 以前、バベルハイズで猛威を振るった悪魔の兵器だ。破壊したはずのそれが今、目の前にいる。


『あんな出来損ないと一緒にしないでくれる? こっちは神和重工うち製の完全版――魔剣機グラディアートルよ。それに驚くのはまだ早いわ』


 あやめはさらに生成した魔剣機グラディアートルの横に同じ個体を投影――否、複製した。それも一体や二体ではない。際限なく、ねずみ算式に増えていくのだ。何のリスクも消費もなく。


「「ッ!?」」

『言ったでしょ、無限だって! 私が願えば、それが現実になる! これはまさに支配者の果実なのよ!!』


 無尽蔵のエネルギーに、無限の軍勢。

 これからカイン達が相手にしなくてはならないのは、そんな絶望だった。


『ハハハハハハッ!! さぁ戦争じゅうりんを始めま――』


 その時、




『Injection ...... Locking Down』




 手中の果実に何かが突き刺さった。


『何ッ!?』


 それは槍だった。

 とある黄金の魔力を纏った――封印の槍。


滅火ほろびィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!』


 その持ち主の名を、あやめは憎悪に満ちた声で叫ぶ。


「上出来だ」


 いつの間にかカインの横に並んだ滅火ほろびがそう呟く。


「あ?」

「感謝していると言ったんだ。おかげでようやくヤツをこちら側おもてにおびき出せた」

「テメェ、どういう――」

「果実の封印は完全ではない。ここでヤツを潰すぞ!」

「お、おい!?」


 黄龍の覇気を纏い、滅火ほろびは有無を言わさず先行した。

 カインは……今はそれに続く。


 これはチャンスだ。

 紛れもなく、全てをひっくり返せる最初で最後の。

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