第205話 断ち切る狂爪 -Breakthrough edge-
・1・
「……星の、代表者」
聞き慣れない言葉に、思わずユウトはそれを声にしていた。
代表? 何のために? そもそも誰が決めた?
疑問を上げればきりがない。そんな彼の考えを見透かすようにギルバートは言葉を続けた。
『文字通りの意味さ。そもそも
「大いなる意思だと?」
『フフ、便宜上そう呼んでいるだけさ。名前がなければ困るだろう?』
ギルバートは男神の巨体でもって、両手を大きく広げてみせる。
『これは
ずっと謎だった。
科学と呼べるような代物ではない。しかし魔法や魔術とも明らかに違う。
にもかかわらず、何故か成り立ってしまう奇蹟のような現象。まるで1+1が100にも-1にもなってしまうような、常人には予測不可能なそれを彼らは自由に扱える。その最たるものが、
そしておそらく、今回の黄金樹も。
『不可能を可能にする力と言ってもいい。実に素晴らしいとは思わないかね? 彼女となら、私は本当の意味で人類を一つにできる』
「それが……この国の大勢の命をあの黄金樹の養分にすることだっていうのか!?」
ユウトはギルバートを睨みつけた。
彼の語る『一つにする』とは、少なくとも誰もが思い描くような綺麗なものではないから。
『そうだとも。真の共生のためにはどうしても必要なことだからね。だがやがて人は理解する。誰も争うことはない。傷つくこともない。たった一つの優れた意志の元で皆が平和を享受できる幸せを』
「それはあなたに管理された平和だ。そんなもの、少なくとも俺は望まない!
『真っ当な方法は全て試したさ。それこそ社会をより良くするためにあらゆる技術を進歩させ、誰もが飢えないための新たなエネルギーを見い出し、距離という概念さえ取り払って人と人とを繋げてみせた。そこに理想の未来があると信じてね』
かつて、通信技術は国や地域によって分断されていた。それを統一し、今の土台を築いたのはリングー社だと言われている。さらにその規格は今や世界のあらゆるインフラに深く根付いているのも事実だ。
世界のどこにいようとも、同じものを享受し、感じ、繋がれる時代。
ギルバート・リーゲルフェルトは間違いなくその立役者だ。
『しかし……最初から私の理想は破綻していた』
「どういう意味だ?」
『人類という種は、私が思っていた以上に未成熟だった。いくら満たしても一つになるどころか、よりにもよって個としての強度を増し、ぶつかり合うようになってしまった。私がやってきたことは、結果として私の理想とは真逆のことだったんだ』
手始めに強者と弱者。その差が歴然となった。
優秀な才能は富と名声を手にし、そうでない者は取り残されるという明確な構図が生まれ、社会の分断や対立が起こった。
次にモラルの崩壊。
手段が爆発的に増えたことで目先の利益を今まで以上に追求し、それが例え人の道に反していたとしても個人の自由の名の下に自らを正当化するようになった。
他にも上げればいくらでもある。
結局どうお膳立てしても、人は人と垣根なしに繋がろうとはしない生き物なのだ。むしろ文明の進歩は個人主義、利己主義をより暴走させる結果になってしまった。
「それは……確かにそうかもしれないけど、みんながみんなそうだとは――」
『その通り。だから私の理想は破綻しているんだ。だってそうだろう? 一体どうすればいい? 問題となる人間を洗い出し、一人ずつ説き伏せて回るかい? それができれば最高だったんだがね』
不可能だ。
ここでの個人とは決して根っからの悪人だけを指しているわけではない。むしろ誰もが持ち合わせる一面だからこそ、全員が当てはまり、全員が当てはまらないという矛盾が生じてしまう。
極論、一秒ごとに善悪が逆転する世界。
そんな中で悪だけを、なんて誰がどう考えたって無理な話だ。
『善人でも人を殺す社会。他でもない私がそれを創り上げたと自覚した時は絶望したよ。だがそんな時、私は彼女と出会った』
ギルバートは奥で暴威を振るう
『彼女の力で、私はこの破綻した理想が実現された世界があることを知った!』
「それが……外の世界」
『そうだ! 今の人類には無理だったというだけで、私の理想は破綻してなどいなかったのだよ! そして再び歩み始めたことで思いついた。どうやっても個が強くなるというのなら、個という概念そのものを排してしまおうと』
そのための黄金樹。
他の魔力を捕食する
『黄金樹の中で全ての個は溶け合い、やがて完全なる全の果実を実らせるだろう。それが、我々の掲げるビゲストアップル計画だ!』
殺気を感じたユウトは咄嗟にメモリーを使い、目の前に無数の白刀を召喚して壁を作る。しかし、その壁はあっさりと崩壊した。
「ッ!?」
『これがトルネンブラの共鳴能力。他者の力を自分のものとして引き出せる。私の理想とする個の壁を超越する力だ!』
例え
『彼女の魔法が君への切り札になる。
「ッ……どういう意味だ!?」
『君も気付いていたはずだ。彼女が君に何を想っていたか』
「……」
分かっている。
二度と血を流さなくていい。戦わなくてもいい。当たり前の平穏を。
『知っての通り、魔法は願いの具象化。君に平穏を願う彼女の強い想いは、君を封じる最大の武器になる』
そんな彼女の願いは、
その結果がこれだ。
「
ユウトは叫び、右手に
「く……ッ!?」
だが、切り落とせない。
(早く……
最悪の場合――そう思った途端、ユウトの背筋がざわついた。
間違いなく
『無暗に突っ込んでこないのは賢明だ。そのままそこでじっとしているといい。そうすればこれ以上彼女を消費することもない』
「く……ッ」
『それに私としては君に勝つ必要はないからね』
全ての『個』を喰らい、たった一つの『全』だけがある世界。
その勝利条件は全の果実が実ることにある。
つまり、本当に必要なのは時間だけなのだ。
(……
その凶悪な魔法以上に、
『いかに君の魔法が――』
だがそんな
突如ギルバートの装甲纏う右の巨腕が音を立てて千切れ飛んだのだ。
「ッ!?」
驚くギルバートの背後で、ユウトは赤黒い影を見た。
(あれは……)
『そこか!!』
足元から血の壁を隆起させるギルバート。しかし、
『何……ッ!?』
次の瞬間、その壁は狂爪によって問答無用で突き破られる。
『Crimson Charge!!』
そしてそれは残った巨腕に深々と突き刺さり、内部からズタズタに引き裂いてしまった。
『ぐっ……いったい、何が……ッ』
あまりに一瞬の出来事で、ギルバートは事態を飲み込めていない様子。
しかし降りしきる血の雨の中、影はこう言った。
『テメェがここの親玉か?』
その姿は黒き装甲を纏う紅の戦鬼。
もはや見間違えようがない。
「し、
つい先日、
「あ? ッ……テメェは!?」
彼は意図せずして、どうしようもなかったこの平行線をバッサリ断ち切ってしまったのだ。
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