第203話 逆転の鍵 -Switching theory-
・1・
その瞬間、魔装スレイプニールを纏ったレイナの姿が光の粒子となり――消えた。
「「「ッ……!?」」」
少なくとも彼女以外の目にはそう映っていた。魔装によって彼女の一番の武器であるスピードが強化されたのは想像に難くない。しかしその強化の程は誰もの予想を遥かに超えていた。あのカインですら全く目で追いきれないどころか、完全にその場で消失したように見えたほどだ。
「チッ……」
瞬く間にジャバウォックで召喚された
光輝く八枚羽は物理法則よりも彼女のイメージを優先し、戦場を圧倒した。
「所詮ただ速いだけ……ッ!?」
ようやく縦横無尽に駆け抜ける光の線を視認できるようになったジョーカー。だがそこで彼は言葉を失った。
(残像!? こいつ、ただ速いだけじゃ――)
光速に限りなく近い最高速で、およそ人を超越した複雑な軌道を描くレイナ。その前後には赤い光子を纏った残像がいくつも追従していた。
スレイプニールの鎧が発光時に散布する光子に自身を投影した一種の立体映像なのだろうが、問題はその残像だ。目視はもちろん、全ての残像に対して強制的に意識が向いてしまう。虚像だと分かっていても、その中に紛れる本物が認識できなかった。
「はぁッ!!」
「が……ぐぁ……ッ!!」
カインは瞬時に動きそれを掴み取ると、流れるような所作で
『
さらに新たに生成した銃剣のトリガーを引いて、
『Hyper charge!! Dual ... Sinistra Edge!!』
臨界状態の二刀を構えた。
そして互いの意図を読み取ったレイナとカインは、ジョーカーへの挟撃を開始する。
「ッ……アリス! こいつらを始末しろ!!」
だが、追い詰められたジョーカーが叫んだ。命令に反応したアリスは天使の翼をカインたちが立つ黄金樹の大枝へ伸ばした。
「「ッ!?」」
巨大な刃と化した天翼は大枝に深々と突き刺さり、彼らの足場をことごとく粉砕してしまう。質量に物を言わせた凄まじい衝撃は当然ジョーカーにも襲い掛かったが、それでいい。これでレイナとカインの必殺の挟撃は阻止できたのだから。
「―――――ッ―――――」
さらにアリスが奇怪な叫び声を上げると巨大な天翼から光の蔦が伸び、落下中のカインやリオたちに襲い掛かった。
「させないよ!」
しかしレイナが光の速度でこれを切り裂く。そして二枚の
「助かった、レイナ」
「うん、それより――」
「あぁ、だいたい見当はついてる。ヤツのジャバウォックだろ?」
「あ、うん……」
レイナはつい言葉に詰まってしまう。カインはたった数回の攻防でレイナのやろうとしていたことをある程度見抜いていた。
レイナの魔装で形勢が逆転したとはいえ、それは勝敗における決定打ではない。
目的はあくまでトミタケとメアリーの救出。
この難題の鍵になりえるのが、ジョーカーが持つ創造の魔本――ジャバウォックだ。
「あの
ジャバウォックの権能は創作を現実に投影する。
表の人格であるジョーカーはともかく、後天的に作られた裏の人格であるトミタケは考えようによっては
ならジャバウォックの力で現実に出力することができるのではないか?
そういうことらしい。
「楽観がすぎねぇか?」
人格の分離。そして新たな
策がないよりはマシといったところだろう。ジョーカー自身もトミタケの存在を認めていた。彼の中でトミタケが生きているのなら全くの絵空事ではない。
しかしまだ可能性と呼ぶには心もとないのも事実。机上の空論がいい所だ。
「でもこの方法が上手くいけば、メアリーちゃんもきっと助けられる!」
「分かったよ、たが問題はどうやってあれを使わせるかだ。はいわかりましたで通るわけがねぇ」
当然だが、魔本で何を創造するかは全て所有者に委ねられている。何かの間違いなんて状況には期待できない。ジョーカー自身の意思で、内に眠るトミタケを分離せざる負えない状況はそう簡単には作れない。
「話は分かった……私に任せて」
そんな時、リオが二人の会話に割り込んできた。
「勝算はあんのか?」
「ある…………愛の力で……」
「…………あ……あ、愛ッ!?」
少し恥ずかしそうに彼女の口から告げられた唐突なビックリワード。
数秒の後、やっとこさそれを飲み込んだレイナは仄かに赤面する。
『ヒューヒュー♡ 甘酸っぱいですにゃ~♡ 私の知らないところで大人になっちゃってぇ~このこの~♡』
「……シーマ、うるさい」
通話越しに話を聞いていたシーマにいたっては茶々を入れ始める始末。
「私がトミタケの意識を目覚めさせる……これは私の仕事」
もしもトミタケの意思がジャバウォックに干渉できれば、彼自身の手でジョーカーから解き放たれる可能性も出てくる。
楽観の上でさらに楽観するような話だが、今はそれさえ惜しい。
「うん、それならその手伝いは私がするよ」
リオの手をレイナが優しく取った。
「おい、アイツとの決着は――」
「これはかーなーり繊細な乙女の問題なの! デリカシーのないカイン君には任せられないよ。というか私の方がカイン君よりあの人を追い詰めてるもん」
レイナは
「おま……ッ」
それは確かな事実だ。反論の余地はない。
カインの場合は勝手知ったるで思考を読まれ過ぎたり、単純に相性の問題というのもあるだろう。
対して進化したばかりで未知数のレイナには、さすがのジョーカーも苦戦を強いられていた。
だがおそらくそんな状況は長くは続かない。
「……うん」
そしてそのことはレイナ自身も重々理解しているようだ。
「はぁ……わかった。今回ばかりは言い負かされてやるよ」
「やった♪」
ここに来て互いに対峙する相手を入れ替えることを決めたレイナとカイン。
「んじゃ、俺はあっちのじゃじゃ馬天使の相手といくか」
「うん、シーマさんを助けてあげて。あ、でも適切な距離感でね」
「何の話だ?」
「……なんでもない!」
そんな言葉を交わしつつ、背中合わせの二人は互いに新しい標的に向かって飛び出した。
・2・
「う……ッ……はっ!?」
どれくらい意識を失っていただろうか?
泥のように沈んでいた意識が覚醒した
「……」
誰もいない。
それを確認してようやく彼は緊張を解い――
「敵陣のど真ん中で居眠りだなんて、随分と腑抜けになったわね」
「ッ!?」
誰もいないはずの室内で声が響いた。
それも聞き覚えのある声が。
「テメェ、何で……」
「フフ、久しぶりね。
声の主の正体は、赤い包帯で全身をグルグル巻きにするという誰が見ても奇抜なファッション。人間の女性のような容姿をしていた。
彼女の名は
「私の神核は
「ッ……上等だ、ならもう一回殺してやるよ」
「クソ、動け……動けよ!」
「はぁ、怒鳴らなくてもあなたの回復力ならもうじき動けるようになるわ。それよりその程度で済んだことに感謝しなさい」
「……どういう意味だ?」
彼は不可解な言葉を吐いた
「私が復活できた一番の要因は、さっきの戦いであなたが使ったウロボロスよ。あなたが喰らいきれなかった分の魔力を私が頂戴したの。言ってる意味、分かるかしら?」
「……」
つまり、ウロボロスを制御できたのは自分のおかげだと、彼女はそう言っているのだ。自分がいなければ今ここにお前はいないと。
いくら肉体が強靭であろうと、尋常ならざる再生力を持ち合わせていようと、その精神はただの人間。不死でも何でもない。
膨大すぎるウロボロスの魔力に蝕まれ、自我が崩壊していてもおかしくはなかったのだ。
「助けてやったから……感謝しろとでも言う気か?」
「いらないわよ、
「この場で焼き殺してしまいたい気分よ……死ぬまで、ね」
そして、凍てつくような瞳で
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