第201話 混神一体 -Cross over 4-

・1・


 重なり響く斬撃。そして残響を貫く銃弾。


「ッ、即席コンビにしてはなかなか……焼けるじゃないか、リオ」

「……」


 カインとリオ。二人はジョーカーを追って黄金樹の大枝に場所を移し、交戦を続行していた。変わらずカインが前衛を務め、そこに穴を埋めるようなリオの精密射撃が加わることで戦況はようやくこちらに傾きつつあった。

 一方、下ではレイナとシーマがアリスの足止めをしている。どうやらシーマに何か策があるらしく、この中で誰よりも速く動けるレイナをかく乱要員にして、チャンスを探っているようだ。


「今更だが、あいつを殺す覚悟はあんのか?」

「……殺したくない、できれば……イヤ……」


 カインの問いにリオは素直にそう答えた。

 彼女が好意を寄せるトミタケという男。そして目の前のジョーカー。二人は同一人物だ。

 主人格のジョーカー。副人格のトミタケ。

 いわゆる二重人格というやつらしい。アリスにとってのメアリー同様、『英雄創造計画ヒーローズ・ドグマ』によって生まれた、兵器が人間らしさを獲得するための副産物。

 そんな彼に、リオは恋をした。


「生け捕りにする余裕はねぇぞ?」

「私も手元が狂わない保証はないかも」

「おい」


 味方のはずなのに変な殺意を向けられるカイン。戦況が有利に傾いた代わりに妙な縛りができてしまった。


「フッ、正気かよ? 確かにまだトミタケは俺の中にいるが、そもそもあいつは副人格。おまけのためにそこまで命を張る意味なんてあるのかねぇ?」


 おまけという言葉でリオの動揺を誘おうとするジョーカー。しかし、


「まぁ、俺にとっちゃどうでもいい話だが……性格最悪のアンタが改心してクソ真面目になった姿はちょっと見てみてぇかもな」

「言うねぇ……」


 こと煽り合いでカインを相手にするのは分が悪かった。


「残念だけどトミタケはそんなに真面目じゃない。どちらかというと陰で愚痴って一生下剋上できないタイプ」

「……根っこは同じじゃねぇか」


 不快な会話を切り裂くように、ジョーカーの五本爪から毒の斬撃が駆け抜ける。カインとリオはそれぞれ別方向に跳躍して離れた大枝へと跳び移ると、同時に彼へ銃口を向けた。


Thesmopoulosテスモポロス ......』


 ネヴァンを纏ったジョーカーの右半身。すかさずその反対側に新たな権能装甲が追加される。それは生命エネルギーを自在に操る翠の怪腕。


「フッ、もういっちょ、出血大サービス」


 だがそれで終わりではなかった。


Jabberwockジャバウォック ......』


「「!?」」


 彼はさらにジャバウォックすらも己の内に取り込み、背中から空を塗り潰す悪魔の如き邪翼を生やす。


「四重魔装、だと……」


 ロキ、ネヴァン、テスモポロス、そしてジャバウォック。

 言葉の上では『四重』。だがおそらく魔人ザリクの二重魔装デュアレイジを超えるものではない。あくまで外神機フォールギアが四つのロストメモリーを制御し、人間の枠内で成立するレベルで出力した結果のはずだ。

 それでも――


「遊びは終わりだ」


 次の瞬間、カインが握っていた銃剣に凄まじい重圧が襲い掛かる。魔装の鎧が悲鳴を上げるほどの激しい一撃が。


「ぐっ……!?」

「フッ」


 いつの間にかジョーカーの得物はコピーした銃剣から元の短刀に変化していた。どうやらネヴァンの毒爪が持ち主の意思に応じて変形した姿のようだ。それに他の魔具の魔力が重なり合い、合計四つの権能を纏う混沌の刃と化していた。


「はぁ!!」


 それに対抗すべくグレンデルで伊弉冉いざなみの魔力をブーストし、銃剣にありったけを注ぎ込んだカインはジョーカーに斬りかかった。だが武器の質量・重量的にも圧倒的にカインが有利のはずなのに、まったくジョーカーを押し切れない。むしろ――


(何だ、このパワー……!?)


 逆にカインが押し負けていた。


「頭、右」

「ッ……」


 咄嗟にカインは首を右に傾ける。すると彼の頭部を掠めるようにリオの魔弾が駆け抜けた。しかしあろうことかジョーカーはその弾丸をテスモポロスを宿した左腕で握り潰してしまった。


「な……っ!?」

「まだだ!」


 カインは身を捻ってジョーカーの腹部を蹴り上げ、彼を空中へと追いやる。そして肉薄し、攻め立てるように剣を振り続けた。休む暇もなく、何度も何度も刃を叩きつけながら、互いに必殺を探り合う剣戟の応酬。


「さすがに剣技は分が悪い」


 そう言ってジョーカーは強撃でカインの攻勢を強引に断ち切ると、彼の間合いから出て漆黒の翼を限界まで広げた。すると邪翼の表面に眼球のようなものがいくつも見開かれ、そこから幾千の魔力弾が射出される。


「そんなもん……ッ!」


 襲い来る魔力弾の雨を銃剣で切り裂きながら、カインは再び敵を間合いに入れようと突っ込む。だが――


「カイン、後ろ!!」

「ッ!? が……ッ!」


 カインの背中を突然の激痛が襲った。

 切り裂いて散らしたはずの魔力弾が消えずに軌道を変え、再び彼に襲い掛かったのだ。


「この……ッ!」


 振り返り、襲い掛かる魔力弾を再び片っ端から叩き斬っていくカイン。だがさすがの彼も数の暴力には勝てない。やがて捌き切れなくなり、カインの全身はジャバウォックの魔力に包み込まれてしまった。


「フィナーレだ」


 ジョーカーが右手で握り潰すような所作をしようとしたその瞬間、その手を魔弾が弾いた。


「チッ……」

「オオオオオオオオ!!」


 リオが作った一瞬の隙を見逃さず、カインは自身を閉じ込める魔力の檻を両断する。そして伊弉冉いざなみの権能で周囲に幻影剣を展開した。


「ッ!」

「ハッ!」


 同じ大枝に同時に着地し、間髪入れずに交差する二人。

 幻影剣によるすれ違いざまの多段斬撃は、テスモポロスの鎧から生えた複腕によって全て叩き落とされてしまった。そしてお互いの刃が切り合った余波で、黄金樹の枝がバッサリと切断される。


「……フ……」


 ゆっくりと重力に従って落ちていく先端側の大枝。その上に佇むジョーカーは不敵な笑みを浮かべていた。

 そして次の刹那――


「く……ッ!!」


 カインの視界から消えたタイミングを狙って、大枝ごと切り裂く凄まじい密度の魔刃が下から競り上がってきた。それだけではない。いつの間にかジャバウォックの権能で生み出された弓矢部隊が、同じく召喚されたグリフォンを従えて全方位からの一斉射撃を開始する。以前、ジョーカーが使った『重版スタンピード』という創作物の多重召喚だ。


(まずい……)


 どんどん輪切りにされていく黄金樹の枝。その度に退路も断たれていく。止めようにも大枝の影に隠れるジョーカーを視認できなかった。


(チッ……こうなったら一か八か)


 カインは大枝から飛び降りることを決意する。有象無象は無視。ジョーカーを視界に捉えさえすれば。リオも同じ結論に至ったらしく、二人はほぼ同時に飛び降りていた。


「ま、そう来るよな。読み通りだ」

「「ッ!?」」


 冷たい声を聞いた直後、二人の首に何かが巻き付いた。


「ぐあ……」

「がは……ッ……」


 テスモポロスの鎧装。そこから無限増殖する不気味な腕が二人の首を絞め上げたのだ。


「空中なら逃げ場はない。捕まえるのは簡単だ」

「こ、のッ――」

「おっと待て待て。暴れるとカイン君はともかく、リオの首が折れちまう」

「……ッ」


 人質とでも言わんばかりにリオの首にかかる握力が強まり、彼女から呻き声が絞り出される。


「フッ……昔の君ならこの程度の脅し、何の意味もなかったはずだ。牙を抜かれた狼じゃあ俺は――」


 その時、足元で眩い閃光が破裂した。


「「「!?」」」


 それはまさしく、誰も予想しなかった展開。誰にも予想できなかった事態。


「アリス……ッ」


 ほんの一瞬、ジョーカーの注意が逸れ、要であるアリスの方へ向く。

 対してカインの視線は全く別方向――


(あいつ……)

「まさか、シーマが何か――」


 直後、二人を締め上げていたジョーカーの怪腕がごっそり弾け飛んだ。


「何……ッ!?」


 想像を絶するスピードとパワー。それによって生まれた暴威の疾風。

 音速を遥かに超越した閃光が駆け抜けた跡には、ただ極彩色の残光だけが漂っていた。


「やっと……私も肩を並べて戦える」

「お前、どうやって……」


 進化を翼に変え、戦場を駆けるは光速の戦乙女。


「もう足手まといなんて言わせないよ、カイン君!!」


 ついにスレイプニールを魔装へと至らせたレイナ・バーンズは高らかにそう宣言した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る