第200話 番の偽神 -The mighty one-

・1・


 全方位から襲い来る紅の殺意やいば

 逃げ場などない。この空間そのものが鳶谷御影とびやみかげの魔法――血紫の茨姫バイオレット・ソーンの射程圏内ゆえに。


「ッ……あいつ、何で私らを攻撃すんだよ!?」


 さすがに動揺を隠せない飛角ひかく。助けに来たのに、その相手に刃を向けられているのだから無理もない。


「わからない! けど、どう見たってまともな状態じゃない!!」


 ユウトは蒼い瞳を見開き、御影みかげの魔力を見定める。

 どんな生命にも魔力は宿る。だが、魔力があれば魔法が使えるかといえばそうではない。

 その魔力で自分の心象を定義し、現実に干渉アウトプットする。それができて初めて魔法は発現する。例え頭で理解できたとしても、実現できるのはほんの一握りだ。


(何が……)

 

 元々、彼女に魔法使いの素養はなかった。ルーンの腕輪のような矯正装置でもあれば話は別だが、そもそもあれは海上都市という特異点だからこそ十全に機能する例外中の例外。だとしたら他に――


(あれは……魔力パス? まさか……)


 ユウトの目に映る細い線のような力の奔流。そこで外部から無尽蔵の魔力が御影みかげに向かって流れ続けていることに気付く。同じ魔道士ワーロックであるユウトにはそれが眷属との繋がりだとすぐに分かった。


「アリスの眷属になってるのか?」

「眷属!? あー、そういう……」


 無論、魔道士ワーロックの眷属になれば魔法が必ず発現するわけではない。だが、きっかけとして否定できないのも事実だ。

 御影みかげはアリスの眷属になり、今の魔法を発現した。その魔法が何らかの理由で暴走して今の吸血鬼のような姿になり、あやめはそれを制御する術を持っている。

 ユウトはそう推論を立てた。


「……あいつの、血を……浴びるな……ッ」

「!?」


 気を失って倒れていた少年トレイが意識を取り戻したようだ。彼は酷く衰弱した声でユウト達に警告を発していた。


「血を浴びるなって、どういう意味だ坊主?」

「言葉通り、だよ……あの女の、血を浴びると……力が、使えなくなる……」


 その言葉に飛角ひかくは僅かに表情を強張らせる。

 御影みかげの操る血液が魔力そのものを分解するのは、ここに落ちてくる際ユウトの籠手が血霧に触れた途端に消失したので実証済みだ。さらにその能力を含んだ血をべっとり浴びるという事は、その分だけ魔力放出を邪魔されるということ。言うなれば魔力に対する絶縁体のような特性に様変わりするのだろう。


「厄介な……ッ」

飛角ひかく!!」

「しまっ――」


 弾幕のように飛び交う血刃が彼女の右脇腹を僅かに抉る。咄嗟に身を翻したのが功を奏したが、フランが声を掛けなければ確実にもっと深手を負っていた。


「いっ……ッ」


 問題はこの一撃が飛角ひかくの焦りに拍車をかけたこと。

 本来であればこの程度の傷は何の問題にもならない。彼女には受けた傷を遥かに上回る再生能力があるからだ。だが今、その能力は死んでいる。


「傷が塞がらない……どうやらマジみたいだ」

「ハッ! 最初から言ってるだろ? 勝てる見込みがあるってな!!」


 不敵な笑みを浮かべる神凪殺かんなぎあやめ。彼女はギルバートの隣であるものを取り出した。


「それは、混沌神機カオスギアか……ッ!?」


 彼女の手にあったのは神凪滅火かんなぎほろびが使用している物と同タイプの外神機フォールギアだった。


神凪わたしたちはネットワークで知識を共有できる。同じモンを作れても別に不思議じゃねぇだろ? むしろ性能は神和重工うち製の方が遥かに上よ!」


 彼女は混沌神機カオスギアを二つに分離させ、片方をギルバートに渡す。そしてそれぞれ自分のメモリーを装填した。


『Chaos on ...... Trunembraトルネンブラ

Berwerkベルヴェルーク


 耳をつんざく不協和音オペラと共に、叡智の絶槍が顕現する。


「ベルヴェルークまで……」

「アリスと繋がることで、ようやく我々もこの槍を制御できるようになったのさ」


 それだけではない。

 天蓋から無数の黄金樹の根が伸び、絡まり、二人を覆い隠す繭を形成した。



『Distort ...... Omega Extended!!』



 次の瞬間、神凪かんなぎの外道魔具と魔遺物レムナント、そしてこの国そのものが混ざり合う。

 繭の中で装着者たち自身も一つに溶け合い、胎内で新たな生命が産声を上げた。


『フフ、フフフ……ついに私……いいえ、私たちも神の力を手に入れてやったわ! アハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!』


 光の繭が花開き、その中からつがいの偽神が顕現する。

 目元を塞がれた女神のような出で立ちの異形。そしてそれを守護するように巨大な腕で抱きしめる雄々しき男神。


「ッ……!?」

「でか……ッ!」


 滅火ほろびの鎧とは明らかに違う……怪物の姿となって。


『金も! 権力も! 人間モルモットだって私の思いのまま! 私はこの世の全てを手に入れたわ!!』


 あやめは意思のない人形のように動かない御影みかげを抱き寄せ、ユウトに獰猛な笑みを見せつける。


『もう誰にも舐めた口は利かせねぇ! 私が、この翠の叡智こそが! 唯一無二の神凪かんなぎなのよ!!』


 男神ギルバートが両の巨腕を広げると、血の海が振動で騒めき始めた。そして――


「「「ッ!?」」」


 声を失うユウトたち。

 直後、あやめたちの周囲――血の海面から赤黒い兵士が次々と立ち上がり始めたのだ。


『かつて100万の軍勢を使役したソフィア・フラムベルグの『氷の騎士団エインヘリヤル』改め――そうね……『凍血の猟兵団エインヘリヤル・サングィス』なんてどうかしら?』


 彼女が召喚した猟兵の数はかつてのそれを遥かに上回る。その数およそ3億。全ての個体が凄まじい練度を誇り、なおかつ御影みかげの魔法を素材としているため、魔力を分解する能力まで備えていた。さながら、この空間においてはユウトたち病原体を駆逐するための白血球といったところだ。


『どうだ、大国を敵に回す気分は? 恐ろしいか? 頼むから簡単に死んでくれるなよ? せめて肩慣らしくらいにはなって――』



 突如、あやめの声が掻き消される。



『ッ……!?』


 何が起きたのか?

 彼女には全く理解できなかった。

 気付いた時には猟兵の数がごっそり削られていた。それだけは変えようのない事実として認識できる。


「……恐ろしい? そんなわけないだろ」

『何……ッッ』


 それをやった張本人――ユウトの傍には二匹の神獣がいた。

 灼熱の鬣を持つ赤獅子。そして陰に潜みし翼の黒豹。いずれもユウトの魔法――魂奏具アルマ・レムナントたちだ。


「お前なんかより御影みかげの方がずっと怖いからな。どんなに取り繕っても、お前たちの強さは中身のない張りぼて止まりだ。恐れる理由はない!!」


 そう言い切るユウト。

 その後ろで飛角ひかくは彼の背中を見つめていた……少々冷ややかな目で。


「惚気……なんて言うようなヤツじゃないから、まぁ本心なんだろうけど……」

飛角ひかく?」

「はぁ……知ーらね」

「?」


 それが乙女にとってとんでもない地雷フラグなのだと、世間を知らないフランには分かるはずもなかった。

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