第199話 血の牢獄 -No choice, you lost-

・1・


 突如、足元が崩落した。


「ちょ……ッ!?」

「ワワッ!?」


 血のように赤く、それでいて触手のように蠢く正体不明の魔法。

 それは金属の床をいとも簡単に侵食し、瞬く間にぶよぶよの肉塊の如く腐食させてしまった。結果、ユウトたちの足元に奈落へと誘う大穴がぶち抜かれることになる。

 咄嗟にユウトは足元に魔力を集めてその場に留まろうと試みた。だが何故かそれは失敗に終わる。


「なに……ッ!?」


 何かが邪魔をしているのか?

 大気中に配置した魔力の足場が形になったと同時に霧散してしまうのだ。


「ユウト!!」


 飛角ひかくはすぐさま龍化し、背中から龍の翼を展開する。フランも彼女に倣い悪魔のような黒翼を生やすと、物理的な浮力を得た二人は両サイドからユウトの腕を組んで、彼の落下の勢いを制御した。


「あ、ありがとう……二人とも」

「フフ、このくらいおちゃのこさいさいだよ♪」

「気を付けろ。あの赤い血みたいなの……そこら中に広がってる」


 飛角ひかくの言葉を聞いた二人は改めて周囲を見渡した。

 この縦に続く大空洞はまるでそれ自体が巨大な血管のようだった。というのも断崖にはおびただしい数の血脈が張り巡らされ、大気中には血液が気化したような赤い霧が絶えず漂っているのだ。

 ユウトは試しに理想写しイデア・トレースの籠手を展開する。しかし赤い霧にそれが触れた途端、籠手は形を維持できず腐食したように色褪せ、崩れてしまった。


「魔力で構成されたものを分解しているのか?」

「私やフランの翼は魔力で活性化させた体の一部。だからかろうじて平気ってことみたいだね」

「うーん、よく分からないけどさっきから体中がピリピリする……」

(……何で……)


 魔力を分解する血霧。そして何にでも忍び込み、内側から腐食させる血脈。

 その全てから、ユウトは御影みかげの存在を感じ取っていた。


御影みかげの魔法が発現したっていうのか?)


 このタイミングで? そもそも何がきっかけで?

 否、それよりも問題なのはこの惨状を見るに彼女は今、ほとんど暴走に近い状態でいるはずだ。魔法の出力が明らかに一個人の域を逸脱している。それこそ魔道士ワーロックに匹敵するほどに。このままだと最悪の場合――


「急ごう。御影みかげはこの先にいる」


 ユウトの言葉に飛角ひかくとフランは頷くと、光ですら進みあぐねる暗い暗い空洞の底を目指していった。



・2・


 暗穴の底――その終着点に辿り着いたユウトたち一行。


「ここに御影みかげが」

「まさに地獄絵図だね……」


 そこにはが広がっていた。

 天井はおろか壁すらも澄んだ深紅で塗り固められ、遠近感が狂う。というより本当に狂っているのだろう。

 魔力で飽和した大量の血液で満たされたこの場所は、いわばある種の結界。『距離』という概念が消失した異空間として成立しているようだ。


「フラン、そこに倒れてる二人をこっちへ」

「う、うん」


 そんな場所で最初にユウトの目に入ったのは、血だまりに倒れていた少年と少女の姿だった。こんな場所にいるという時点でただ者ではないことは明らかだが、ボロボロで意識のない彼らをむざむざ放っておくことなどユウトにはできない。



「ようこそ、吉野ユウト。黄金樹の根幹。我が国の真なる中枢へ。君は記念すべき最初の来訪者だ。たっぷり歓迎しなくてはね」



 小さくて果てのない世界の中心。

 その場所には身なりの整った初老の紳士と、いかにもビジネスウーマン然とした女性が佇んでいた。こんな場所でもなければさぞ名のある方なのだろうとつい萎縮していたかもしれないが、今はそれ以上に違和感が勝って余りある。


「……誰なんだ?」

「ギルバート・リーゲルフェルト。リングー社ここのトップさ。で、たぶんその隣が……」


 飛角ひかくは諸悪の根源をギッと睨みつけた。


「よぉ、こうして面と向かうのは初めてだな? 蒼眼の魔道士ワーロック

「あんたが、神凪殺かんなぎあやめか?」

「ご名答。テメェの大事な大事な女を攫って痛めつけた元凶様だ」

「ッ……」


 一瞬、ユウトは奥歯を強く噛みしめた。しかし荒ぶる怒りを静かに飲み込んで、彼はギルバートたちを見据える。


御影みかげは返してもらう。お前たちの野望もここで潰す。それで全部解決だ」

「フッ」

「あら、簡単に言ってくれるわね。私とギルバートが何年も時間と労力を費やして、綿密に組み上げてきた計画を何? 潰すですって? 自惚れんのも大概にしろガキが! テメェみてぇな力だけの青二才には何もできねぇよ!!」


 その言葉だけで淑女然とした雰囲気は全て剥がれ落ち、あやめの本性が顔を見せた。


「とはいえまぁ、はなっから真っ向勝負で勝てるとは思ってねぇよ。テメェの進化は私たちグリゴリの予測を裏切ってばかりだ。はっきり言って異常よ。それこそもううちのアリスを当てても勝てないでしょうね」

「何? ここに来て出てくる言葉が負け惜しみ?」


 挑発する飛角ひかく。しかしあやめは不敵な笑みで返す。


「やっすい挑発ね。ココの悪さが滲み出てるわよ? 考えてもみなさい? 勝てる見込みのない相手の前にわざわざトップが出張ってくると思う?」

「……」

「そもそもテメェらがこの場所に迷わず来れるようにセッティングしてやったのはこの私だ。言ってる意味、分かるよな?」


 誘い込まれた。そう言いたいのだろう。

 どうもギルバートの感情は読めないが、あやめは違う。彼女の顔には絶対に勝てるという獰猛すぎる自信が満ちていた。


「この世は力が全てを支配する。月並みな言葉だが、まさに唯一無二の真理だと思わないかね?」


 ふと、ギルバートは口を開く。


「何が言いたい?」

「選ぶという行為は勝者の特権という事さ。君たちがここに辿り着くことを選んだのはあやめだ。君たちはその決定しはいを受け入れた敗者と言える」

「違う、俺たちは自分の意志でここにいる」

「フッ、はたして君たちが選ぶ者かどうか――」


 ギルバートは片手を上げ、そのまま優雅に背後へと送った。


「それは彼女が教えてくれるだろう」



 



「「ッ!?」」


 鳶谷御影とびやみかげ

 救うと誓ったかけがえのない仲間が。


「――――」


 だけど遠い。目の前にいるのに、途轍もなく遠い。

 ユウトの手は彼女の心に届かない。

 そう決定づけられている。


御影みかげ!!」


 次の瞬間、赤き死の海がうねりを上げた。

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