第198話 無窮の果て -Rage of dead-

・1・


 激しく、獰猛な閃光が室内を焦がす。

 その一瞬で、真紅しんくの四肢が細切れに切断された。


『ごっ……ぶぉ……ッ!?』


 エシュタルによる正体不明の攻撃。おそらくは斬撃――それもタナトスの鎧などまるで意に介さないほど凶悪な刃だ。だがそんなもの見えないどころか気配すら微塵も感じない。


(ッ……攻撃が、見えねぇ……)


 すでに不可視の斬撃を刻まれた回数は優に百を超える。その度に切断された真紅しんくの体はすぐさま超速再生を始めた。神凪明羅かんなぎあきらによって特別に調整された彼の体はこの程度で死ぬことはない。腕をもがれようが、首を切断されようが、すぐにくっついて直る。


「マジでしぶてぇガキだな。今度はみじん切りにしてやろうか? あぁ!?」

『文句ならお前の創造主に言え。こっちも勝手に体を弄られて迷惑してんだ!』


 とはいえ今は明羅あきらに感謝せざる負えないのも事実。この再生能力のおかげでどうにか真紅しんくはエシュタルに食い下がれているのが現状だ。それでもまだ彼の攻撃は全く届かず、逆に敵の攻撃はその全てが認識すらできない必中のこの状況を覆さなければ話にならないが。


「大層な再生力だが痛みは別だよなぁ? このまま刻み続けてどこまで耐えられるか見物だぜ」

『精々余裕ぶってろ。こっちはその方がテメェの喉元を喰い破りやすい』

「チッ」


 エシュタルは獰猛な犬歯を覗かせ、掌に再び例の光輪を展開する。


(あれだ。何度も見たヤツの攻撃の起点)


 だが問題はその後だ。どうやってそれが攻撃に繋がるのかが分からない。


「フンッ、テメェはこれを見切れれば逆転できると思ってるみてぇだが、そいつは大きな間違いだ」

『……何?』


 光の輪が収束して消えると、それはいつの間にか真紅しんくの右腕に現れていた。輪の中心に腕を通し、包み込むように。

 そして――


「エシュちゃんの能力は、そもそも攻撃じゃねぇんだこれが」

『ッ……!?』


 次の瞬間、光輪が圧縮して彼の右腕が


(切断じゃ、ない……ッ!!)


 そもそもの前提が間違っていた。

 真紅しんくは見えない刃のようなものがエシュタルの武器だと思い込んでいた。だが実際はそうではない。

 そんなものは端から存在しなかったのだ。


「ヒヒヒ」


 エシュタルは消えた腕を見せびらかすようにぶら下げている。


『空間を……繋げてるのか?』

「そういうこった」


 それが彼女の手の中に自分の腕がある理由。

 いわゆるワームホール。光輪は始点であり終点。異なる場所を繋げる門だ。そしてその門を閉じた時、間にある物は――


「硬さなんて関係ねぇ。光輪イナンナの収束に巻き込まれた部分はこうしてプッツンだ」


 再び音もなく、光輪が真紅しんくの右足を囲う。そして彼の体が存在した空間僅か数ミリを容赦なく穿った。


『グ……ッ』

「ハハハ! こっちは好きな場所を瞬時に繋げられる。テメェが何しようがエシュちゃんには全く関係ないんだよ!!」


 光輪が出現して収束するまでの間隔はおよそ0.1秒。あるいはそれ以下。

 それが見えない刃だと思っていたものの正体だった。


『このッ!!』


 咄嗟に真紅しんくは鉄牙の大剣を投擲する。高速回転する刃は真っすぐエシュタルに向かって迫るが、光の輪は瞬時にそれを包み込み、次の瞬間には彼女の手の中に大剣は収まっていた。


『ッ!?』

「オラ、お返しだ!」



『Crimson Charge!!』



 エシュタルは大剣に自身の魔力を流し込み、トリガーを引く。

 金色の魔力に染まった鉄牙が距離も方向も無視して、独りでに真紅しんくの体を絶え間なく斬り刻んでいく。


『ぐっ、ああああああああああ!!』

「そういやいくら切っても死なねぇんだったな。ならこういうのはどうだよ?」


 エシュタルが指をパチンと鳴らすと、倒れている真紅しんくの背後に一際巨大な光輪が出現する。輪の中心――ワームホールの先には赤く燃える球体が見えた。


「宇宙旅行へごあんな~い♪」

『ッ!?』


 次の瞬間、ワームホールを起点に凄まじい吸引が始まった。接続されたのは宇宙空間。真空の世界は全てを飲み込まんと大口を開けていた。

 真紅しんくは爪を地面に突き刺し、何とかその場で踏ん張ってみせるが、それも時間の問題だ。ワームホールの吸引力は思いのほか強く、気を抜けば彼の体は一瞬で持っていかれてしまうほどだった。


『Crimson Charge!!』


 彼の最後の抵抗さえへし折ろうと、再びエシュタルは大剣に魔力を込める。


「ゴミはさっさと吸い込まれちまいなッ!!」

『ッ……』


 絶対絶命。

 だがその時、真紅しんくの脳裏に明羅あきらの言葉が蘇る。



 ――君は死との親和性が高いからね。



 考える前に手が動いた。ここに来る前に彼女から受け取った餞別――ウロボロス。どうせ何か企んでいると思って今まで使わないでいた未知の魔具アストラだ。


(……あー、クソが!!)


 だがもうそんなことを言っていられる状況ではない。

 真紅しんくは覚悟を決め、明羅あきらの思惑に乗ることを決意する。


『Set Infinity ......』


 同時に黄金に染まった鉄牙が振り下ろされる。

 この地に彼を留めるものは全て断たれ、黒き巨体は宙の闇へと吸い込まれていった。



・2・


 ワームホールが閉じる。

 研究室内にはまるで嵐が過ぎ去ったかのような凄惨な破壊の爪痕が残されていた。


「クク……ククク……ヒャヒャヒャヒャッ!! あー、スッキリ。やっぱゴミを掃除すると気分がイイぜ」


 宇宙空間。それも限りなく太陽に近い場所に放り出してやった。万が一宇宙という考え得る限り最悪の極限空間で死ななくても、いずれは太陽の引力に捕まって燃え尽きるだろう。


「次はアルラを殺したヤツだ……」


 エシュタルにとってアルラトゥの死は彼女の想像以上に大きな意味を持っていた。

 姉妹愛とかそういうのではない。魔具アストラから生まれた彼女たちにそもそも人間の理屈は当てはまらない。

 人のそれとは似て非なる感情。しかし当の彼女もこの胸を刺すような不愉快極まりない感情に名前を付けかねていた。


「どこのどいつか知らねぇが、必ず見つけ出して――かは……ッ!?」


 突如、エシュタルの言葉が途切れた。


「ッ……て、めぇ……どうして……」

『ようやく捕まえたぜ、クソメイド』


 真紅しんくだ。その姿は熱した鉄のようにさらに赤みを増し、体には蔦のような黒い触手が絡みついている。タナトスの鎧に明らかな変化が生じていた。

 そんな彼は今、どういうわけか彼女の背後を取り、右腕に新たに纏った大爪のような装甲でエシュタルの胸を背後から突き刺している。


「この、ゴミ虫がぁぁぁぁぁ!!」


 激昂したエシュタルは再びワームホールを開く。今度は複数。しかもその全てが宇宙へと繋がっていた。

 だが――


『もうその技は通用しねぇよ』

「!?」


 次の瞬間、全てのワームホールが一斉に消失した。

 まるで最初からそこに存在しなかったかのように綺麗さっぱりと。


「テメェ……何、しやがった……!?」

『いいからもう黙れ』

「ッ……やめ――」


 体を貫く荒々しい爪が熱を帯び、ギチギチと死の音を奏で始める。


『Omega Charge!!』


 直後、少女の形をした魔具アストラの器は容赦なく砕け散った。


『……ッ』


 真紅しんくは鎧を解除し、その場に倒れ込む。タナトス、そしてウロボロスを重ね掛けした新しい姿は思った以上に消耗が激しかったようだ。

 むしろ、それだけではない。


「あの野郎……」


 死との親和性。

 単なる言葉遊びだとばかり思っていたが、先の変化した鎧といい、どうやらウロボロスは他の魔具アストラとは何かが違うらしい。

 そう考える理由は真紅しんくの右手にあった。焼け焦げたように黒く染まった右腕。いつもなら頼まなくても勝手に発動する再生能力が今回はまるで反応しない。それはこの状態が正常だということを意味している。


「……どうなってやがる」


 まるで何かが、真紅しんくの体を蝕んでいるみたいだ。

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