第197話 思わぬ抜け道 -Wild card-

・1・


刹那せつな、やったみたいだね」

「あぁ、さすがだよホント」


 少し前までこの世の地獄と言わんばかりの業火で埋め尽くされていた夜空は、今はもう元の静けさを取り戻していた。


「エリュシオン、だっけ? その新しい魔法、ただの理想写しイデア・トレースだった時と違って本人以外も使えるんだね。便利になったもんだ」


 飛角ひかくは新しくなったユウトの籠手を指先でコンコンと突いてみせる。


 深蒼の轟爪アルギエバ・サフィルス

 雄々しき稲妻を纏う蒼虎にして、森羅万象を断ち切る猛々しき魔刃。


 刹那の魔力を核とし、ユウトの魔法が錬成した新たな神装――新たに名を連ねる魂奏具アルマ・レムナントだ。確かに彼自身の魔力で構築されたものではあるが、理想写しイデア・トレースと違い形を得た時点で一つの独立した存在として生まれている。召喚時に獣の姿も持ち合わせているのはおそらくそれが関係している。


「たぶん、誰でもってわけにはいかない。確かに俺の魔法だけど、召喚したあいつらには意思のようなものがある……気がする。だから魔具アストラみたいに扱うには認められる必要があるはずだ」

「ふーん。要するに二人の魔力でできた子供みたいなもんかね。そんでもってパパとママ以外には懐きませんってところか。ヒューヒュー」

「あのなぁ……」


 ジーっと生暖かい視線をユウトに向ける飛角ひかく

 だが彼女の言葉はある意味では的を得ているかもしれない。前提として、魂奏具アルマ・レムナントは吉野ユウトただ一人の理想を体現したものではない。そこには契約を交わした眷属の理想も混じり合っている。

 こうありたいという『独りよがり』ではなく、『二人で』織りなす新たな理想かのうせい

 だからなのかユウト自身、その表現にはかなりしっくりくるものがあった。


「んじゃ、次は私とだな。よーし、元気な子を産んでやるぞー」

「産むのは俺だけどな……でもまぁ、心強いよ。飛角ひかくがいてくれれば御影みかげを救えるって確信が持てる」

「……」

飛角ひかく?」

「あ、ああ……いや、何でもない」


 一瞬、キョトンとした顔を見せた飛角ひかく


(え……何今の? いつもならもっと……)


 みんなを守る。

 少なくともそんなニュアンスを含んだ言葉が返ってくるものだとばかり彼女は思っていた。

 『最強の魔法使い』なんていう途方もない肩書きを持ってしまったがために、ユウトには無意識に何でも自分が先頭に立って解決しようとするクセがある。そう思っているのは飛角ひかくだけではない。口にこそあまり出さないが前々から他の仲間たちも同様に感じていることだ。

 別に彼が他人に全く期待をしていないとかそういう意味ではない。むしろ仲間との協力はこれまでだって何度も経験してきた。

 これはそう……きっと傍から見れば本当に些細な違いでしかない。


「一緒に、ね……フッ」


 みんなの先頭ではなく、自分の隣に立ってくれる。

 彼の口から自然に出てきた言葉から、そんな風に感じ取れた飛角ひかくは胸の高鳴りをゆっくりと静めていく。


(よくよく考えてみれば、こいつが自分の力を他人に預けるってのも今までだったらなかった話だよな)


 眷属に魔力を分け与えるのとは訳が違う。そもそも無限に魔力があるのだから、その意味ではユウトに負担はない。だが魂奏具アルマ・レムナントはそうではない。ワンオフの力である以上、当然手放せばリスクが生じる。今までの吉野ユウトならそのリスクは取らなかっただろう。どんな難局も自分が矢面に立てばその必要はなくなるのだから。

 信頼と使命。

 どちらも十分に持ち合わせていながら、しかし天秤の皿は僅かに、確実に、使命に傾いていた。

 けど今はそうではない。


「ったく……これ以上カッコよくなって私をどうしたいんだよ」


 思わず小声で呟き唇を尖らす飛角ひかく。もちろん本人には聞こえないように。

 自他含め、今まで全ての期待を一身に背負っていた青年が少しだけ肩の荷を下ろすことを覚えた。そんな当たり前で、何てことのないことが飛角ひかくにとっては堪らなく嬉しいことだった。



・2・


「ヤッホー! 開いたよ、ユウト!」


 リングー社特別研究棟。

 外がこんな状況にも関わらず、尚も厳重なセキュリティが生きる唯一の場所。

 その扉が内側から勝手に開き、中からユウトの新しい眷属――フランが姿を現す。


「フラン!?」

「エヘヘ、入るんでしょ? 褒めて褒めて~♪」

「あ、ありがとう。けどどうやって忍び込んだんだ? これだけのセキュリティなら抜け道なんてそもそもなさそうだけど」


 機械による完全制御。そして魔術による多重結界。

 強引に正面から壊そうにもどんな罠が仕掛けられているかもわからない。ユウトの魔法と、直接魔力に触れれる飛角ひかくの魔法を使って、爆弾解除の要領で紐解くしかないとばかり考えていた。

 その問題がこうもあっさりと解決されてしまった。


「どうやって? 針の穴一つでも開いてたら僕は大抵のものに入り込めるよ」

「「……」」


 失礼なのは重々分かっているが、一瞬、ユウトと飛角ひかくはとある害虫を連想してしまった。

 元々は神凪明羅かんなぎあきらとして完成するはずだった複製体。フランはその突然変異種かわりものだ。明羅あきらの持つ体組織を自由に組み替える機能はフランにも継承されている。それこそ自分を一度細胞単位までバラバラにして、別の場所で組み立てるなど朝飯前なのだろう。


「いやいや、よしんば入れたとしてもだ。肝心のセキュリティはどうにもならんでしょうよ」


 飛角ひかくのもっともなツッコミに、しかしフランは「?」を浮かべて首を傾げる。


「ん? せきゅ、り……てー?」


 建物内に入り込んでも、中のセキュリティは生きている。

 反応を見る限りフランにその手の知識はない。となればここに来るまでにセンサーや魔術が無警戒の彼女を捕捉している可能性は極めて高いはずだ。

 しかし、現実は何も起こっていない。


「もしかしたら……どうにかなるのかもしれない」


 この事実にユウトの頭の中で一つの可能性が浮かび上がる。


「フラン、ちょっとそこの制御パネルの前に立ってくれ」

「ハイさ♪」


 フランは軽やかなステップでユウトが指示した場所に立つと、姿勢を正して壁に設置された制御パネルに向かってニッコリと微笑んだ。すると――




『生体認証、スキャン開始…………承認アクセプト。ようこそ、神凪明羅かんなぎあきら様』




 機械で合成された声は確かにそう告げた。


「マジか……」

「んん? 僕、マスターじゃないよ?」


 繰り返しになるがフランは神凪明羅かんなぎあきらその人でもある。中身はともかく、体は完全にオリジナルと同一だ。だからこそ機械が彼女を誤認してしまったというわけだ。


「フラン、それに御影みかげ神凪殺かんなぎあやめの場所を聞いてみてくれ」

「オッケー♪ というわけで壁の中のお姉さん、鳶谷御影とびやみかげさんはどこかな? あと神凪殺かんなぎあやめもね♪」


 フランがそう尋ねると、しばらくの沈黙の後、機械音声はこう答えた。


鳶谷御影とびやみかげ、および弊社代表両名は最下層特別実験区画に――』


 その時、ビル全体が激しく震撼した。


「ッ!?」


 地震ではない。下で何かが爆発したような、そんな揺れだ。

 だがそれすらも予兆。本当の異変はここからだった。


「ユウト!!」


 最初に気付いた飛角ひかくはフランの首根っこを掴んで引き寄せる。

 彼女が今までいた場所――制御パネルを中心に、血管のような赤い線が無数に広がり始めたのだ。


「やっぱりトラップ……ッ」

「違う、これは……」


 何かが下から這い上がろうとしているかのようなゾワゾワとした感覚。

 だが、決してそれだけではない。


「いや、でもそんなはず……」

「ユウト?」


 この感覚。正確には血脈のように蠢くそれから感じる魔力にユウトは覚えがあった。おそらくこの世で唯一、直接それに触れた彼だけが分かる感覚。

 問題はその魔力がこうも強く脈動していること。それは本来ならありえないことだ。だって彼女は――


「これは……御影みかげだ」


 何の力も持たない人間のはずなのだから。

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