第196話 もう一枚の切り札 -Last Bullet-

・1・


「斬れちゃっ、た……」


 空を覆う極大の炎球が崩壊していく。破片となった熱塊は自らの炎で自壊を繰り返し、そのほとんどが地面に落ちる前に消滅していく。一部燃え尽きなかったものは都市に飛来したが、もはや当初想定された被害には遠く及ぶべくもない。


「……」


 夜を焼く煉獄の炎。それを切り裂き、顔を覗かせる白き月光はまさに地獄と天国の境目を彷彿とさせる不思議な光景だ。

 そんなこの世ならざる光景にレイナは息を呑む。しかし、隣のカインはというと大して驚いている様子はなかった。


「ま、あの連中ならそれくらいやってのけるだろうな」


 実際、それは完全に人の域を超越した偉業とも呼ぶべき手並みだ。未だかつて、偽物とはいえ太陽を斬った人間などいないだろう。だがそれでもカインが驚かないのは、吉野ユウトと御巫刹那みかなぎせつなならこの絶望的な状況を打破するという確信めいたものが彼の中にあったから。


魔道士ワーロックとその眷属、か……)


 刹那せつなは強い。おそらく、ユウトの眷属の中で最も。

 その彼女が進化した規格外のユウトの力を授かり立ち上がったのだ。何が起こったって不思議じゃない。


「……」


 だが問題はここからだ。

 その『規格外』と同じものが今、目の前にもいる。


『――ギ、ィ――ッ』

「ッ!?」


 およそ人が発するとは思えない不気味なノイズ。その直後にアリスの背から伸びる光の両翼が刃となって無作為に周囲を破壊し始めた。


「カイン君!」

「チッ、まずはあいつを大人しくさせるぞ! 殺す気でとにかくありったけをぶちこめ!」

「思ったよりバイオレンス!?」

「どうせちょっとやそっとじゃ死なねぇよ」


 どちらにせよ手加減して何とかなる相手ではない。魔道士ワーロックとはそういうレベルを超越した相手だ。いやむしろ暴走している分、ユウトより質が悪いまである。


(最悪の場合は……)


 カインは魔装・混神Chaos Breakerを纏い、光翼の刃を銃剣でへし折っていく。


「はああああッ!!」


 さらにレイナは光の雨を掻い潜ってアリスに急接近し、縦横無尽にスレイプニールの脚撃を叩き込む。

 だが二人の攻撃は魔力の障壁――より厳密に言えば、アリスの支配の魔力が掌握した空間によって阻まれた。


「「ッ!?」」


 その空間に対して、自分以外の一切の干渉を許さない。何もない空間を通り抜けることはおろか、触れることも叶わない絶対不可侵の領域。それが彼女を守る盾となっているのだ。


「なら、上から引っ剝がす!」


 すかさずカインは銃剣の刃に伊弉冉いざなみの魔力を乗せると、柄に取り付けられたトリガーを引いた。


『Hyper charge!! Dual ... Sinistra Edge!!』


 すると刀身が闇色に輝き、直後に振り下ろされた一閃が空間をごっそり抉り取る。不可侵領域のさらにその上から。


『――ッ』

「今だ! レイナ!!」

「うん!!」


 バリアに開いた風穴をレイナは文字通り疾風の如く通り抜け、剛脚がアリスの腹部に炸裂する。


『――――――――――――――――――ッッッ!!』


 またしても不気味なノイズ。しかし今回は明らかにダメージを与えられた手ごたえがあった。だが――


「「ッ!?」」


 次の瞬間、アリスの腹部から彼女の身長ほどある大きな白い腕が生える。その腕はレイナの足を掴もうと襲い掛かったが、カインが直前で切り落とした。


「ッ……あ、ありがとう」

「ダメージを与えるとそれに反応して体が変化するみたいだな。チッ、いよいよバケモノらしくなってきやがった」

「もう……デリカシー」


 女の子に対してあまりに失礼すぎる物言いだが、それはさておき彼の言っている事はある意味では的を射ている。レイナの目から見ても、目の前のアリス――メアリーが自分と同じ人間とは到底思えないほどの変化を遂げているのだから。


「あれ、本当に元に戻せるのかな?」

「俺らの頭で理屈を考えても仕方ねぇ。こっちで今できるのはとにかくあいつを黙らせることだ。案外、もっと強い衝撃を与えりゃ何かの拍子に戻るかもしれないぜ?」

「そんなブラウン管を叩いて直すみたいな……」


 呆れるレイナ。その背後で別の声がこう囁いた。


「ハハ、意外と良い策かもな。実行できれば、の話だが」

「ッ……」


 咄嗟にカインはレイナの肩を掴んで引き寄せ、入れ替わるように右腕をその人物へ伸ばした。

 直後、ガギンッと鋼の折れる音が響く。


「よぉ、そろそろ来ると思ってたぜ」

「はぁ……まずは一番ショボいのから片付けたかったんだが」

「ショボ……ッ、私!?」


 突如、暗闇より現れたジョーカー。

 彼は折られた愛用のダガーを投げ捨てると、後ろへ下がることなくカインに肉薄した。


「ッ、上等だ!」

「フッ」


 グレンデルの魔力を全開にして、銃剣を振り下ろすカイン。対するジョーカーの手には彼と同じ銃剣が握られていた。


「何!?」


 二度目の衝突。

 しかし、今度の刃はへし折る事ができない。


「テメェ……」

「なかなかいい武器だな。俺の好みじゃないが」


 ジョーカーは半分体を捻って剣を逸らすと、さらに二撃カインと剣戟を繰り広げて後方へ飛んだ。


「ロキの権能か」

「ご名答。外神機フォールギアの影響で少々変質しちゃいるが、なかなかイイもんだろ?」


 武具のコピー。

 しかし間違いなくそれが全てではない。まだ何か隠し持っている。少なくともこの男を相手にするなら安易に可能性を排除するべきではない。


「そんなに嫌そうな顔するなって。心配しなくてもここが最終ラストステージだ。出し惜しみなんて無粋な真似はしないさ」


 ジョーカーはそう言うと、手の中のロストメモリーをカインに見せる。


「!? テメェいつの間に……ッ」


 それは先の戦いでカインが敵から奪った魔具アストラ――毒爪ネヴァンだった。


「カイン君ともあろうものが不注意だねぇ」


 おそらくさっきレイナを庇った時だ。不意打ちにカインが気付くことも織り込み済みだったのだろう。その上でジョーカーの目的は別にあったようだ。


「俺のロキはこうやって使うんでね」


 ジョーカーはネヴァンのロストメモリーを自分に突き刺した。すると鎧に紫色の亀裂が走り、ガラスが砕け散るような音と共に


「ッ……!?」


 ロキの外装に上乗せする形で、ジョーカーの右半身にネヴァンの権能装甲が新たに追加されている。しかも何の皮肉か、その右腕はカインの神喰デウス・イーターを模したような造りになっていた。


「お揃いだ」

「なら敬意を払え。俺の方が先輩さきだ」

「気にするのそこなんだ!?」


 カインとレイナは互いに背中合わせになる。

 前方にはジョーカー。後方には暴走するアリス。

 数の上では互角だが、戦力差はアリスのせいで相手におつりの山ができている。


「……ッ、カイン君」

「ああ。ったく、久しぶりだぜ。たった一人にここまで悩まされるのはよぉ」

「それが切り札ジョーカーのお仕事だ」

「切り札か……ならこっちもとっておきを切らせてもらうぜ」

「とっておき? ッ!?」


 直後、ジョーカーの体が急にくの字に折れ曲がった。

 たった一発の弾丸によって。


「狙撃……だと!?」


 吹き飛ばされた彼の体はアリスの光翼によって受け止められる。弾も鎧を貫けなかった。しかし、衝撃というダメージは残る。


「Hi, guys! とびきりの助っ人はいらんかね?」

「シーマさん! それに、リオさんも!?」


 傷が癒え、戦場に戻ってきたリオ・クレセンタ。

 その瞳は真っすぐと彼に向けられていた。


「……待ってて、今助けるから」

「はぁ……何かと思えば死に損ないかよ。今更お前たち程度――」

「私はトミタケに言ってるの」

「……」


 彼女のその言葉にジョーカーは一瞬だけ、不機嫌そうな表情を見せた。


「まぁいい。見慣れた顔が揃ったことだし、後顧の憂いはここで全部断っておくか」


 ジョーカーはそう言い放つと、鋭い爪から血のような毒液を滴らせた。

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