第195話 太陽を斬る -The blade of destiny-

・1・


「な、何よ……あれ……」

「太陽……ッ!?」


 刹那せつな達は息を呑む。

 それは夜を消し去る小さな小さな太陽。

 しかし小さいと言ってもそれはあくまで本物と比べて、という話。実際のそれは街一つ……否、下手をすれば大陸すら押し潰してしまいかねないほど圧倒的質量を誇る灼熱の球体だった。


「くっ……さすがに魔装を維持できないか」


 その擬似太陽を生み出した張本人――ザリクの魔装が強制解除される。

 あれだけの大質量、そして超新星にも匹敵する高密度のエネルギーをわずか数秒で生成したのだから無理もない。インドラとシヴァ、一つでも強すぎる二つの権能が彼女の中でオーバーロードを引き起こしてしまったのだ。

 普通ならその時点で即死。体を内側から容赦なく燃やし尽くされ、細胞の一片すら残らず消滅してもおかしくはない。それだけのエネルギーが彼女から放出されたはずなのだから。しかしそうならないのは、彼女に死という概念が存在しないからに他ならない。

 だからこそ、今の状況が成立している。


「何を考えているのだ!? あんなの……お前も巻き込まれてしまうのだ!」

「アンタの仲間だってただじゃ済まないわよ!?」

「フン、いらん心配だ」


 シャルバに肩を支えられたザリクは、夜禍ヤカ刹那せつなの言葉を一蹴する。その理由はすぐに分かった。


「ッ……異空間」

「ご名答」


 気付いたのは燕儀えんぎだ。

 これまで何度も目にしてきた、虚空を切り裂き、異空間への道を剝き出しにさせる須佐之男スサノオの数多の権能が一つ。

 その絶刃によって、ザリク達の背後にゲートが開かれた。


「理解したか? 滅ぶのはお前たちだけだ。黄金樹も焼け落ちるのは口惜しいが、私の計画にとってあれは近道ではあっても要ではない。むしろここで邪魔者を一掃できればお釣りがくる」


 まもなく大陸全土が灼熱に呑み込まれる。どこにも逃げ場はない。

 異空間という現実から完全に隔絶されたその場所を除いて。

 ここで魔人を逃がせば、その時点で詰みだ。


「そもそも俺に炎は効かねぇんだがな。ハッ、何なら度胸試しで残ってみるのも面白れぇか?」

「……」

「わーってる、冗談だ、冗談。人のお楽しみを奪ったんだ、これくらい許せって」


 ザリクの一瞥にタウルは溜息を吐くと、遠くのカイン達を見据えた。


「ま、精々気張るこった。もし生き延びるようなら、今度こそ決着つけようぜ、カイン」


 まるで彼がこの難局を生き残ると確信しているかのように最後にそう言い残し、彼はゲートの中へと消えていく。ザリクもタウルの後に続いた。


「ま、待ちなさ――」

御巫刹那みかなぎせつな

「……ッ」


 刹那せつなを呼び止めたのは、最後に残ったシャルバだった。


「……何よ?」

「君ならあれを斬れるかね?」


 シャルバの視線の先――そこにはあの擬似太陽があった。


「は? 何言って――」

「ッ……!?」


 嘘や出まかせでは決してない。

 確固たる自信。それがシャルバの言葉には満ちていた。

 そしてその言葉が意図するのはただ一つ。


「私に……あれを斬れっていうの?」

「ホッホッホ、どのみち斬らなければ君たちはここまでだ。誠に残念ではあるが、君に私の好敵手たる見込みはないということになる」


 実際にシャルバと相対して、刹那せつなたちは二人がかりでも全く歯が立たなかった。剣を交えるどころか、それ以前の話だ。

 だからひどく自分勝手な物言いだが、彼の言葉は正しい。


「だがもしあれを斬れたなら……君の剣は私へ届き得る。もとより逃げることはできないのだ。ならばこの場で己の可能性を示してみるのも一興ではないかね?」

「可能性……」

「手段は問わない。御巫零火みかなぎれいかですら成し得なかった偉業を今ここで、君がやってみせたまえ」


 シャルバはそう言い残し、虚空へと消えていった。



・2・


「っていうことがあって……」

『無茶苦茶すぎてどこからツッコめばいいか分からないですね』


 燕儀えんぎは状況を報告するためにアリサ達に式神を介した魔術通信を繋げていた。すでに太陽フレアから発せられる電磁波の影響か、魔術を利用していない電子機器の類は完全に死んでいた。


『あれの進行速度と地表の温度上昇傾向から見積もって、私たちの活動限界はもってあと10分ってところね。あの小型太陽が地表に落下するのを待たずに、それを過ぎれば体が自然に燃え始めるわ』

『もう外の気温は50度を超えています』


 はかりの試算を受け、通信越しにアリサたちの緊張が伝わってくる。

 彼女たちがいくら都市外にいるとはいえ、擬似太陽の推定影響範囲はアメリカ大陸全土。あるいはそれ以上だ。

 このままでは確実にみんなまとめて灰も残らず消滅する。


『困りました。せっかく行方不明だったユウトが戻ってきたというのに、10分では世継ぎは作れませんね』

『王女様ジョークはほっとくとして、実際何か手はあるの?』


 ライラの言葉をさらっと流し、はかり燕儀えんぎに尋ねた。


「刹ちゃんが今頑張ってる。でも正直……絶望的だよ」



・3・


「う、あああああああああああああああ!!」


 もうこの叫びも何度目になるか。

 魔装を展開した刹那せつなは、全身を炎に蝕まれながら地面に落下した。


「……ッ、かは……ッ」


 そもそも当たり前の話だが、いかに偽物の太陽とはいえ人がおいそれと触れられるものではない。近づくだけでたちどころにその身は灼熱に呑み込まれる。

 刹那せつなが死なないのは、まだ伊弉諾いざなぎの炎による治癒力が勝っているからだ。しかしそれにも限界がある。


(ッ……分かってたけど、剣が届く距離じゃない……もっと強い、必殺の一太刀がいる……ッ!)


 それこそあの時、シャルバが見せた――斬れないものなどない。それを体現するかのような一撃が。


「もう、一回……!」


 刹那せつなはよろよろと立ち上がると、左右の手にある建御雷タケミカヅチ迦具土カグツチを握り直す。

 そして、彼女は二つの神剣を合わせて束ねた。


天之尾羽張あめのおはばり!!」


 伊弉諾いざなぎが有する天地開闢の剣。

 刹那せつなが持つ最大威力の一刀がここに顕現する。


「アンタ達も力を貸しなさい!」

「おうなのだ!!」


 刹那せつなの声に応え、夜禍ヤカを始めとした魔神たちも己の魔力を天之尾羽張あめのおはばりに収束させ始めた。


(イメージする……大きさも、距離も、関係ない。ただ私の刃が敵を叩っ斬る様を)


 『技』というにはあまりにも抽象的すぎる。

 けれどそれこそがシャルバの剣にあって、自分の剣にはないもの。

 今、彼女が求めてやまない力だった。


「ッ!!」


 神速の一太刀が焼け焦げた空を薙ぐ。

 次の瞬間、爆音と共に音速を超越した魔力の刃が擬似太陽に直撃した。


「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 暴風が如き熱波を切り裂き、その衝撃は擬似太陽に波紋を広げていく。

 だが――


「!?」


 そこまでだった。

 彼女の渾身の斬撃は擬似太陽に吸い込まれ、消えてしまった。


「これだけやってもダメなの!?」

「刹ちゃん……」


 間違いなく、今までで最強の一撃だった。どうやったってこれ以上を想像できないほどに。


「ん? あっつ!? わ、われの頭が燃えてるのだ!?」

「ギャー! アタシの肌カッサカサだし!!」


 魔神たちが騒ぎ始めるが、影響はもちろん彼女たちだけではない。周囲の建物や木々も太陽熱による自然発火を始めていた。


「もう時間が……刹ちゃん、このままじゃ!!」

「わかってる!」


 時間がない。

 はかりが提示した10分はとうに過ぎた。ここからは正真正銘、死の時間。

 失敗はもちろん、止まることだって許されない。


「でも……どうしたら――」


 そんな絶望的な状況の真っ只中で、刹那せつなの前に蒼い閃光が舞い降りた。


「な、何……ッ!?」

「これ……ユウトの……」


 それはユウトが使っていた理想写しイデア・トレースのメモリー。それもおそらく刹那せつなから生成された刀の魔法だ。

 だが、記憶の中の形状と明らかに違う。


「……ッ!?」


 元は刹那せつなの魔力で作られたメモリー。同じ魔力が共鳴したのか、彼女の中で何かが騒めいた。


「これを、使えってこと?」


 考えるよりも先に、刹那せつなはユウトのメモリーをその手に掴んでいた。


『Get ready for innovation!!』


 そしてその使い方いみを、彼女は完全に理解する。



「荒ぶる魂宿しし雷霆の王! 深蒼の轟爪アルギエバ・サフィルス!!」



 祝詞が紡がれた次の瞬間、擬似太陽の中心に風穴を開け、星が襲来した。そしてそれは彼女の目の前で新たな生を得る。雄々しき稲妻を纏う蒼虎として。


「これ、ユウト君の新しい魔法……!?」

「来なさい!」


 ユウトが思い描いた彼だけの魔具アストラ――魂奏具アルマ・レムナント。それが今、刹那せつなの手の中で新たなつるぎとなる。


「野太刀……初めて使うなんて泣き言は言ってられないわね」

「ちょちょちょ! 何で刹ちゃんがユウト君の魔法使えるわけ!?」

「知らないわよ。そもそも元を辿れば私の魔力からできてるわけだし。これ、魔具アストラみたいなもんなんでしょ?」


 そう言って刹那せつなは蒼の野太刀で再び一閃する。すると千を超える稲妻が轟き、その直後に


「よし、行ける!」


 まるで写真の中の景色そのものを縦に引き裂いたかのような美しすぎる斬撃。

 だがそれでもまだ太陽は消滅してはいない。もっと切り刻む必要がある。

 刹那せつな天之尾羽張あめのおはばりを野太刀に重ねると、二つの刀を融合させる。不思議とそれが可能だと信じて疑わなかった。

 蒼の野太刀を天之尾羽張あめのおはばりが包み込むように形を変え、生まれた新たな神剣。その姿はどこかあの須佐之男スサノオを想わせた。


「これが私と、ユウトの……天羽々斬あめのはばきりよ!」


 二の太刀――刹那の絶刀。

 振り抜かれたその一太刀は、全てを置き去りにして世界を切り裂く。


「――ッッッ!!」


 一拍遅れて、彼女の刃に世界が追いついたその瞬間――

 焼け爛れた空の地獄が祓われた。

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