第188話 右腕と左腕 -The truth between them-

・1・


 ――ありえない。


「エトワールさん……あなたは……」


 混迷を極めたこの街に、もうは残っていない。ここに足を踏み入れたその時から、そんなことは重々理解していた。


「……レイナ?」


 だから彼女がこんな場所にいるはずがない。

 いて……欲しくなかった。


「あなたも……関わっているんですか?」


 胸元をギュッと握りしめ、レイナは絞り出すようにエトワールへ問いかけた。しかし、当の彼女は何一つ動じない。あの時と変わらず穏やかに車椅子に腰かけ、レイナに微笑みかける。


「教授は、あなた達が邪魔だって言ってた……」

「……ッ」


 エトワールはそう告げる。敵意など微塵もなく、ただ友人に話すように。

 しかし、レイナは背筋に冷たいものを感じた。


「ねぇ、そいつがママのお気に入り?」

「あひゃひゃッ! ごッひイキ! ごッひイキ!」


 ふと、レイナの背後から声が飛んできた。数は二人。


「だ、誰!?」


 振り返った彼女の目に映ったのは見たことのない双子の少女。

 12~13歳くらいだろうか。どちらにせよこの場にはあまりにも不釣り合いだ。


「ふ~ん」

「ン~? ナナはナナだゾ?」


 一方は年相応を思わせない小悪魔的な表情を浮かべ、もう一方は逆にゲラゲラと無邪気で子供っぽい。こんな状況でなければどちらも愛で回したくなるほど可愛らしい女の子たちだが、今のレイナはそれ以上に何か言い知れない不気味さを肌で感じていた。


「ルナ、ナナ……おいで」

「はーい♪」「ウィ!」

「ッ……!?」


 エトワールの呼びかけに応じ、双子はレイナの反応を遥かに超えた速さで真横を駆け抜ける。二人はそれぞれ左右から母であるエトワールに元気いっぱい抱き着き、彼女もまた慈愛に満ちた表情で双子に応えていた。


「教授の邪魔は、私たちの敵……」

「……」


 ヒリヒリと、肌が痛い。何もされていないのにまるで火で炙られているみたいだ。


「でも、レイナはいい子だから……何とかしてあげたい」


 ゆっくりと、エトワールはレイナに手を伸ばす。

 そしてこう告げた。


「だから……


 直後、彼女の背後――暗闇の奥で何かが蠢いた。


「う……ッ」


 全身が震えた。訳も分からず、しかしそれでも確かに感じる恐怖。

 腹の底で虫が這いずり回るような嫌悪感。あるいは吸い込まれそうな暗闇を覗き込む底知れぬ不安感。

 とにかく今すぐこの場から逃げ出したい。そんな湧き上がる負の衝動がレイナの体を支配していく。


「ッ……!!」


 何かが――巨大な『怪物』が、大口を開けてレイナを凝視していた。



・2・


「オラァ!!」

「フンッ!!」


 ザリクとアリスが激戦を繰り広げる一方で、こちらでは銃剣と封槍が交差した。

 激しい金属音と破砕音を轟かせ、カインと滅火ほろびの死闘は幕を開ける。


「その槍……ッ、何本でも出せんのかよ!」

「それはお互い様だろう」


 真なる魔装と二重堕天。

 どちらも膂力の限界を超えた二人の戦いは文字通り規格外。互いの得物が一度交差するだけで負荷に耐え切れず、次々と粉砕されていく。その度に己の魔力を削り、新たな得物を生成してはまた破壊される。それを繰り返しながら肉薄していた。


(あの槍はヤバい。まともに喰らえばその時点で詰みだ)


 魔具アストラを封印し、使用不能にする魔槍。混沌神機カオスギアによって滅火ほろびが堕天させた魔遺物レムナント――黄龍こうりゅうの権能を利用した機能らしいが、魔具使いにとってこれほど致命的なものはない。

 だからこそ、カインは武器破壊の手を緩めない。後先考えず己の魔力をガツガツ削ってでも、相手の必殺だけは確実に封じ、その上で勝利するために。


『Hyper charge!! Dual ... Sinistra Edge!!』

ǯabdarジャブダル ...... Decoding Break』


 空間を呑み込み万物を無に帰す黒き残光。対して相手が封槍から繰り出したのは神気が形作った大蛇の顎だった。獰猛な大蛇は放たれた高重力の斬撃に喰らいつく。そのままのたうち回りながら周囲の景観を破壊していき、やがて消失した。


(野郎、斬撃を逸らしやがった)


 カインが滅火ほろびの必殺を封じるように、滅火ほろびもまたカインの必殺を封じることができる。それが今証明された。

 大蛇が通って平坦になった地面に着地した両者は、止まらず次の一手に出る。


『Hyper charge!! Dual ... Destra Barrel!!』

「ハッ!!」


 もう一つの必殺の引き金を引くカイン。

 触れた対象の時間を操作する白銀の魔弾。しかし滅火ほろびはそれを真正面から左の拳で叩き伏せた。そう、あので。


「何ッ!?」

「なるほど。普通の相手なら今の一撃でやられていただろう。右腕を成長させ成し得た真なる伊弉冉いざなみの魔装は伊達ではないというところか。だがこの腕の前では無意味だ」


 その言葉に偽りはないとでも言うように、彼は自身の左拳を侵食する伊弉冉いざなみの魔力を完全に握り潰してみせた。

 カインの右腕――神喰デウス・イーターと瓜二つの青き左腕。なぜ彼にそんなものが宿っているのか。バベルハイズで対峙して以降、カインはずっとその答えを考え続けていた。


「その左腕……テメェは、俺と同じなのか?」

「同じ、か。あえてその問いに答えるならNoだ。私のと君のとではそもそもの役割が違う」

「だったら何なんだよその腕は!? どうして俺の右腕と同じ姿をしてやがる!?」


 この機会を逃せば後はない。直感がそう告げたカインは滅火ほろびにまくし立てる。


「知れば満足するのか? もっともらしい理由があれば安心か? くだらないな」

「いいから答えやがれ!!」


 いつになく感情を露にするカイン。それとは対照的に滅火ほろびは溜息を吐く。まるで聞き分けのない子供の相手をするかのように。


「至極、単純な話さ」

「……」


 全く想像しなかったわけではなかった。彼が語る言葉しんじつを。



「私と君が」



 ただ、仮にそれが事実だったとして――



というだけだ」



 どう受け入れろと言うんだ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る