第187話 龍虎相搏 -Nobody touch it-

・1・


「ザリク、テメェ……」


 魔人ザリクはカインを気にする様子もなく、碧眼の魔道士ワーロックアリスの前に降り立った。


「憐れだな。自らの意思さえも殺され、ただの道具に成り果てるなど」


 彼女が右手を前に突き出すと、そこへ再び全てを崩壊させる原初の光が集い始める。


「その力、私が喰らってやろう」


 危険を察知したカインと滅火ほろびはすぐさまその場から離脱した。



 次の瞬間、夜が消し飛ばされた。



 一条の光が夜闇を切り裂き、辺り一帯は太陽と見紛うばかりの閃光で満たされる。

 熱線は数多のビルを抉り、溶かし、都市そのものを両断した。そればかりか今の一撃で都市機能が完全に死んでしまっただろう。


「……ッ」


 しかしザリクは僅かに眉をひそめた。

 それもそのはず。全ての魔具アストラ――その頂点に立つインドラの光を受けてもなお、アリスは無傷だったからだ。


「……」


 インドラの光はアリスに当たる直前で不自然に歪曲し、彼女の周囲だけを破壊していた。


「フッ、私のインドラに干渉するか」


 アリスの魔力に触れたものは等しくその制御を奪われる。それはインドラも例外ではない。おそらく直接触れでもしない限り、ザリクの体内にあるインドラそれ自体に干渉することはできない。しかし放たれた閃光はどうやら別のようだ。


「だが受け流すので精一杯のようだ。なら出力を上げてやろう」

「ッ……」


 その言葉の通り、徐々に閃光は厚みを増していった。

 生身の人間が命を賭して放てるかどうかの最強の一撃を、ザリクは無尽蔵に撃つことができる。その理由は彼女の胎内に宿るもう一つの魔遺物レムナントシヴァにある。宇宙を司るシヴァの権能により無限ではないにしろ、限りなく無限に近い魔力を彼女は行使することができるのだ。


「――!!」


 防戦一方だったアリスが動いた。インドラの光を素手で払いのけ、狙いを定めさせないために不規則な軌道を描きながらザリクに迫る。そうして彼女の右側に出たアリスはザリクの顔面に拳を喰い込ませた。

 ゴッという鈍い音の後、ザリクの体は人体とは思えないほどの勢いで吹き飛ばされ、高層ビルを立て続けに三棟貫通する。


「そんなものか、魔道士ワーロック!!」


 アリスはインドラを警戒している。だが単なる直線攻撃でしかない彼女の攻撃に脅威までは感じていない。ならば――


「ッ!?」


 次の瞬間、アリスの視界に無数の星が瞬いた。

 否、それら全てはインドラの光。ザリクは熱線を小さな球体状に組み替え、それを散弾のように放ったのだ。

 威力は下がったとはいえ、それでも一発当たれば即死クラスに変わりない。アリスは光の雨の中を掻い潜り、再びザリクに白兵戦を挑んだ。


「甘いな」

「!?」


 まるで素人でも相手にするかのように、ザリクはアリスの連撃を全て捌き切る。


「ほら、お返しだ」


 その上で彼女の首に腕を回し、自らも回転して砲丸投げのように加速をつけてアリスを放り投げた。さらにビルの壁を何度もバウンドする彼女を先回りし、踵落としで地面に叩きつける。


「うっ……なん、で……」

「ほう、喋れるのか。まぁいい、簡単な話さ。体術において貴様が私より劣っている。それだけだ」


 ただ永く生きているというだけでは説明が付かない。重厚に積み重ねられた技の真髄。それがザリクの中に垣間見えた。


「死ねない私にはそもそも必要のない技術だが……フッ、存外悪くない。シャルバには感謝してやるか」

「……」


 バキッと空気が破裂したような音が響いたかと思うと、アリスの纏う空気が変わった。ザリクはそれを感じて不敵に笑う。予想通り、まだ何か隠し持っているようだ。


「それでいい。私を落胆させるなよ、小娘」



・2・


「ッ……危ない危ない」


 ジョーカーは目の前で繰り広げられる異次元の戦いの混乱に乗じて物陰に身を潜めていた。カインたちだけならまだしも、あの場面で滅火ほろびやザリクまで現れるのは完全に予想外だった。正直な話、自分の手には余る。恥やプライドなど微塵もなく、彼はすぐにそれを判断できた。


「あれが噂に聞く魔人の頭領か。フッ、随分と可愛らしいじゃないか」


 だが可愛いのは見てくれだけだ。内に秘める魔力量が尋常ではない。下手をすればアリス以上かもしれない。そもそも覚醒したアリスがあそこまで追い詰められるなど考えもしなかった。感情ではなく本能があの灰色の少女に恐怖している。


「まぁ、あれの相手はアリスに任せていいだろう。彼女が投入されたってことは俺の役目は別にある」


 ジョーカーは一度周囲を広く見渡した。


(ん?)


 そうして彼は気付いた。

 カイン達が侵入を試みていた研究所への隠し通路。その入り口が開いていることに。正確には破壊されている。それも正規の方法ではなく、強引にこじ開けられた感じだ。


(この盤面で来るとしたらトレイ達か? となると狙いは鳶谷御影とびやみかげってところか)


 なら問題はない。

 新型外神機フォールギアに搭載したブーストシステム――カーネイジ・リンクス。彼らはその実験体モルモットにすぎない。詰まる所、戦ってデータを収集してくれさえすればそれでいいのだ。だからジョーカーは彼らに任務も制限も設けなかった。好きに暴れろ、ただそう言った。


「ケイトは虫の息。トレイもここらで終わりかな」


 ジョーカーはほんの少しだけ表情を暗くする。もちろん彼らの心配などしてはいない。ただ、同じ実験体のよしみで憐れんでいるだけだ。


「なんせ、その先にはこわーいメイドが待ってるからな」


 何か一つ――運命の歯車のかみ合い方が違っていれば、そこにいたのは自分だったかもしれないのだから。



・3・


「これだ……ッ!」


 トレイの先導の元、真紅しんく達は研究所の薬品保管庫に侵入していた。警戒はしていたが、外は激しい混戦状態で侵入は思いのほか容易だった。

 重篤のケイトをベッドに寝かせ、トレイは星の数ほどある薬品の中から目当ての薬を探し出すと、それを彼女に投与する。


「よし……これでいい」

「助かるのか?」


 真紅しんくはトレイに問う。しかし彼は首を横に振った。


「助からない。こんなのただの延命措置にすぎない……」


 トレイの言う通り、確かにうなされ続けていたケイトの表情は幾分柔らかくなった。だが彼女の肌を侵食する赤い亀裂は未だ健在だ。

 真紅しんくは自身の手にある鳳凰ほうおうのロストメモリーを眺めた。煌華コウカという魔神を殺して手に入れた再生の炎を使えばケイトを治せるかもしれない。だが今の彼にはそれができない。唯一使えるのは使用者自身をも巻き込む腐食の炎。ロストメモリーに残る彼女の意志が邪魔しているのか分からないが、ユウトとの戦い以降、彼は鳳凰ほうおうの力を十全には使えなくなっていた。


「じゃあどうすんだよ?」

鳶谷御影とびやみかげ……ここにいるあの女を探し出してケイトを治させる。その後で殺してやる」

「……ッ、構えろ!」


 不意に得も言えぬ殺気を感じた真紅しんくが叫ぶ。

 同時にトレイも近づいてくる足音に気付いた。


「ドーーーーーーーーーン!!」


 次の瞬間、突如薬品保管庫のドアが蹴破られた。


「「!?」」

「おいおい害虫が紛れ込んでんぞ! ジョーカーの野郎、取りこぼしやがったな!」


 それはメイド服を着た少女の姿をした邪悪な『何か』。

 二人とも彼女が人間ではないことをすぐに理解した。


(何だこいつ? この気配、まるで魔神あいつらと同じ……)


 真紅しんく達はすぐに外神機フォールギアを構える。


「あ? テメェらのそれ……んだよ、こっち側かよ」


 エシュタルは不機嫌そうに鉄製の重い机をサッカーボールのように蹴飛ばした。


「仲間、なのか……?」

「んなわけねぇだろクソガキ! エシュちゃんはテメェらなんて知らねぇ。よしんば知ってたとしてもあやめ様にテメェらを殺すなとは一言も言われてねぇ。つまり、駆除対象だ!」


 彼女がそう断言した次の瞬間、真紅しんくの体は不可視の衝撃に襲われた。


「ッ……がは……ッ!」

真紅しんく!?」


 何かに殴られた。確証はないがそうとしか思えない。


(メイドの腕……)


 よく見るとエシュタルの両腕の肘から下が消えている。かと言って切断面から血が出ている様子もない。その代わり何か光輪のようなものが浮いていた。


「トレイ、ケイトを連れて先に行け!」

「ッ……分かった」


 一瞬、トレイは迷いを見せたが、すぐに真紅しんくの言葉に頷いて外神機フォールギアを起動させる。そしてケイトを背負い、翼を広げた。


「悪ぃが一名お通りだ」

「逃がすわけ――ッ!?」


 真紅しんくはヘカトンケイルを使用し、背中から無数の黒腕を伸ばしてエシュタルの動きを封じた。


「行け!!」

「ッ……!」


 僅かな隙を突き、トレイは薬品保管庫を脱出する。


「触ってんじゃ……ねぇよ、このクソヘンタイが!!」


 また謎の力が作用する。

 高速で光のようなものが走り抜けると、ヘカトンケイルの腕が一瞬のうちに全て輪切りにされてしまった。


「マジかよ……何なんだコイツ?」


 真紅しんくには知りようもないことだが、いつにも増して凶暴性を露にするエシュタル。怒りが、彼女の周囲を取り巻く魔力を膨張させる。それこそ今にも爆発してしまいそうなほどに。


「今、エシュちゃんはアルラを殺されて虫の居所が超悪ぃ。もうテメェが誰だろうが知ったことか! サンドバックにしたあとで現代オブジェみたく綺麗に飾ってやるよ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る