第183話 冥傀遊戯 -Boss rush-

・1・


 ガシャアッ!!

 轟音を撒き散らし、冬馬とうまたちがいる社長室のガラス窓が内側から盛大に爆ぜた。

 アルラトゥが闇より生み出した灰色の骨が無尽蔵の濁流となり、外界へと放出されたのだ。


「クク」


 そんな中、骸の濁流を突き破り、シンジは隣のビルの屋上に何事もなく着地する。


「……蟻野郎の分際で……ッ」

「ほら、まさか骨を撒き散らすだけが君の能力じゃないだろう? さっさと次を出しなよ」


 彼の挑発に対し、アルラトゥは全身に静かな、しかし荒々しいオーラを纏わせる。すると彼女の両隣に一体ずつ、今までとは雰囲気の異なる個体が召喚された。


(へぇー)


 見た目は今までと同じ雑兵。だが――


「勘違いしないでください。畜生如きに私が手を下すことなどありえません」


 その二体はみるみるうちに骨の体に筋肉を纏い、そして人の姿へと変化していった。


「あなたを殺すのは冥界のしもべたちで十分です」


 刹那、斬撃がシンジの胸板を十字に斬り裂いた。


「……ッ!?」


 いつの間にか先の骸兵の一体が間合いに入っていたのだ。

 強靭な肉体と卓越した技巧。それは日本刀を持つ青スーツの男。


『これは少し厄介な相手かもしれない』

「博士?」


 魔道士ワーロックの眷属は常に主と魔力で繋がっている。そのパスを通じて夜白やしろはシンジに語り掛ける。


『今君に一太刀浴びせたのは、以前御巫の里で反旗を翻した男だ。確か名前は……石動曹叡いするぎそうえい


 もちろん本物の彼が都合良くこの場にいるはずがない。それにアルラトゥは彼らを『冥界の魂』と言っていた。つまりそれは――


「ッ……」


 さらにもう一人。が遠方からシンジを狙撃する。完璧なタイミングで避け切れないと判断したシンジは右腕に魔力で硬質化した蔦を纏わせ、迫り来る弾丸を弾いた。そのまま全身に伝播しようとする重たい衝撃に身を任せ、大きく後退する。


「要するに負け犬しにんを使役するだけの能力ってことでしょ?」

「……この程度ではまだ足りないようですね」


 アルラトゥはさらに三体目の傀儡ししゃを召喚する。

 現れたのは細身ながら先の二体を遥かに超える覇気を纏った女性の剣士。彼女もまた、過去の報告にあった強者つわものの一人だった。


『リサ・ストラーダ……この場にカイン君がいないことが唯一の救いだね』

「……ククク」


 状況は確実に相手側に傾いている。

 にもかかわらずシンジは心底楽しそうに笑っていた。


「いいじゃないか! ゾクゾクするこの感覚……だんだん調子が戻ってきたよ!!」


 次の瞬間、彼の足元から無数の樹木が飛び出し、辺り一帯のビルを次々と串刺しにしていった。樹木が全てのビルを繋ぎ、その中央にまるで蜘蛛の巣のような足場を構築する。

 出来上がったばかりの足場に着地した傀儡たちはそれぞれに武器を構えた。


「さぁ、お楽しみはここからだ!!」



・2・


 始めにリサがシンジの上を取った。


「ハハッ!」


 しかし不意を突いたはずの彼女の剣はシンジに防がれる。その後、間髪入れずに各者各様の攻防が入り乱れた。


(極細の蔦を糸のように……しかも達人級三人に対してあの立ち回り)


 アルラトゥは相手を侮っていたことを認めざるをえなかった。

 三人を相手に拮抗している。しかもシンジは術者であるアルラトゥを一切狙う気がないようだ。それは手加減というよりはむしろ、戦いを長く楽しむための手段だ。


(ですが……所詮一人では限界がくる)


 シンジの実力はリサとほぼ同格。そこに曹叡そうえい処刑人ヘッズマンを上手くぶつければ勝機はある。


「そら!」


 シンジがしなやかに指を動かすと、鋼糸の如き強度と切断力を併せ持つ無数の蔦が空中で乱れ狂った。だが歴戦の戦士たちは各々それを見切りながら死線を搔い潜り、彼に迫る。

 速く、鋭く、そして超越した技と技が織りなす至高の戦い。

 当然、それに追い付けなくなった者から容赦なく脱落していく。


「!?」


 全身を蔦に拘束された曹叡そうえいに大口を開けた巨大食虫植物が襲い掛かる。曹叡そうえいは即座に体を硬質化させるが、元より伊弉諾いざなぎの補助なしでは体の一部分しか硬質化できない彼の魔術では対処のしようがなかった。


「まず一人」


 次の瞬間、意思無き傀儡の体がバラバラに粉砕される。

 シンジは宙を舞う曹叡そうえいの刀の柄を蹴り、処刑人ヘッズマンに向かって槍のように放った。


「次」


 処刑人ヘッズマンは跳躍してそれを避けるが、逃げた先の蔦に体が触れた途端、突然現れたハエトリソウのような植物に噛み砕かれた。


「さて、メインディッシュといこうじゃないか!」


 シンジは足元に突き刺さった曹叡そうえいの刀を引き抜くと、リサに向かって飛んだ。

 二人の激しい剣戟が繰り広げられる中、アルラトゥはある違和感を覚える。


(あの動き……刀の扱い……この違和感は…………ッ!?)


 その正体に気付いた彼女はすぐさまリサに命令を送り、シンジから大きく距離を取らせた。


「人形遊びはここまでかい?」

「……お前の魔法は、何だ?」

「? あぁ、何だそれで怖気づいてるのか」


 シンジはアルラトゥの警戒を理解し、小さく溜息を吐いた。


「まぁいいや。隠す気もさらさらないし。君の想像通りだよ。僕の魔法は植物を操る。でもそれは


 彼の周囲を先程の食虫植物が囲う。まるで首長の竜のように、大口を開けて。


「喰らって奪う。それが僕の力だ!」


 曹叡そうえいの剣技。そして処刑人ヘッズマンの慧眼。

 一つ一つの技能ではリサという達人には届かない。しかしそれらを組み合わせれば話は変わってくる。事実、元々拮抗していた力のバランスが音を立てて崩れ始めていた。


「略奪の魔法……」


 事はリサだけではない。アルラトゥが危惧しているのはその先だ。彼にとって彼女の兵隊はいわば養分。呼び出す度にシンジを強くする。


「……なるほど、理解しました」


 しかしアルラトゥは冷静さを崩さず、両手をパンパンと叩く。するとリサの動きが止まり、その体が塵のように崩れていった。


「結局の所、あなたを凌ぐ強さで捻じ伏せればそれでおしまい。そういうことでしょう?」


 そして新たに二体。彼女は屍を自身の傀儡として蘇らせる。


「ッ……へぇ、そうきたか」

「懐かしいですか? 


 どちらもシンジにとっては忘れ難い顔ぶれだった。

 一体はかつて海上都市に現れた次元を超える邪龍ワイアーム。

 そしてもう一人は夢幻の世界を手中に収めんと悪の限りを尽くした男――宗像一心むなかたいっしん


「ここへ来る前にお命を頂いておいて正解でした。もっとも、既に死んでいるも同然でしたが」


 アルラトゥは二人の力を取り込み、呪いと悪意の化身と化す。

 皮肉にもその姿は、神話において人が仰ぎ見る女神のように美しかった。


「先の言葉を撤回しましょう。あなたは私自らの手で、完膚なきまでにブッ殺して差し上げます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る