第182話 兇手の嗤う舞台 -Wild edge-

・1・


「ここか」

「みたいだね」


 黄金樹の根本――ニューヨークへと潜入したカインとレイナは、とあるポイントに辿り着いていた。そこは何の変哲もない大衆向けの酒場。街を切り分けるように侵食する大樹の巨根によって屋根が半分ほど抉られている。


「なぁ、ほんとにここであってんのか?」


 レイナ達が仕入れた情報とシーマが持つ情報を照らし合わせた結果、どうやらこの店にある隠し通路は御影みかげが幽閉されている研究所へと続いている可能性がある。


「とにかく入ろ」


 レイナはアンティーク調の扉に手をかける。ギギギっという音を立て、扉はゆっくりと開かれた。


「お、お邪魔します……」

「もぬけの殻だな」


 すでに街は黄金樹に侵食され尽くし、文字通りの魔境と化している。徘徊する元一般人ショゴスを除けば、ここへ辿り着くまでの間に人間は見ていない。それらを考えれば店内に人っ子一人いないのは当然と言えば当然だろう。


「思ったよりお店の中、綺麗だね」

「あぁ、むしろ逆に妙だ。こりゃあ数ヶ月単位で営業してねぇな」


 片付けられすぎている……というより混乱の跡が微塵もない。

 街が急に侵食されたというのに、人が動いた形跡だけがどうにも見当たらなかった。

 例えば異常に気付き逃げるために走った足跡。

 例えばドアを無理やり開けようとした痕跡。

 この異常な状況下、店員、あるいは客が一人でもいればあってしかるべきものがない。


神和重工かむわじゅうこうと繋がってるってのはホントらしいな」


 要人御用達の施設か、あるいは表に出せないものを隠すためのカモフラージュか。

 どちらにせよここがただの酒場ではないことだけは確かだった。


「隠し扉だよね。えっと……あ、あれかも!」


 レイナは事前にシーマから貰った情報を頼りに、カウンターの上に置かれた古びたダイヤル式電話の前に移動する。そして秘密の扉を開くパスワードを――



「……ッ!?」



 その刹那、背中に殺気を感じたカインは即座に振り向いた。


「おっと」


 咄嗟に右腕を盾にしたカイン。彼の頭頂部を狙った一撃必殺のナイフは狙いが外れ、手首と肘のちょうど中間を突き刺した。


「ぐ……テメェ……ッ」

「あぁ残念、仕留め損ねちゃったか。やっぱ勘が良いね、カイン君」

「カイン君!!」


 敵に気付いたレイナは両足にスレイプニールを展開し、カインと襲撃者の間に風の刃を放って二人を強引に離れさせる。


「ようこそ我らが黄金樹のお膝元へ。歓迎するよ」


 自身のアイデンティティでもあるふざけた兎の面はもうない。素顔を晒したB-Rabbitの長は優雅にお辞儀する。


「この野郎……ジョーカーァ!!」

「にしてももうこんなところまで嗅ぎつけたか。大方シーマのおかげかな? ホント、あの時ちゃんと殺しておくべきだったよ」

「ねぇ、あなたシーマさんやリオちゃんのお友達なんでしょ? 何でこんな酷いことに加担するの?」


 レイナはジョーカーに問いかけた。


「ん? あー、トミタケの事か? 勘違いしないでくれお嬢ちゃん。あいつはあいつ。俺は俺だ。ほら、知り合いの知り合いが友達ってわけじゃないだろ? 肉体は一つでも理屈は同じだよ」

「やめとけレイナ……今更そんな話してもヤツには無意味だ」

「でも……ッ」


 ジョーカーはカインの言葉にほくそ笑むと、ナイフの切っ先をそっと彼らへ向ける。


「そそ、やっぱ君は話が早くていい。ここはあやめさんの研究所への入り口。ここに来たってことはもう君らを捨て置ける状況じゃなくなったってことだ。これ以上の説明が必要かい?」

「ハッ、この間は仮面一枚で済ませてやったのを忘れたかよ?」

「見解の相違だよ。俺は優先順位を考えて仕事を全うしただけだ」


 今まで仮面で見えなかったジョーカーの表情が今ならよく分かる。見えなかった頃は考えが読めない不気味さがあった。しかし何故か不思議と今の方がその不気味さに磨きがかかっているように思えてならない。


「あの時はメアリー……いや、アリスの覚醒が最優先。でも今は違う。俺の優先事項は邪魔者の排除だ」

「能書きはいい。要はここで決着をつけるってことだろ? だとしたらテメェの舞台はここまでだ」


 カインはシャムロックを展開し、その銃口をジョーカーに向けた。


「そうか? 所詮はガキが二人。簡単なお掃除しごとさ」



・2・


「ッ!!」


 言葉はない。

 酒場に漂う静寂の中、始めにカインの回し蹴りがジョーカーを襲った。ジョーカーはそれを慎重に掻い潜り、右手に持ったナイフで敵の心臓を狙う。カインはシャムロックの銃身でそれをパリングするが、反撃に転じるよりも先にジョーカーの突き刺すような蹴りが炸裂した。


「があッ!?」

「オラァ!」


 間髪入れずに振り下ろされる刃。カウンターに叩きつけられたカインはそのまま背中に重心を預け、横に滑って回避する。ジョーカーの凶刃は獲物を突き刺すことはなく、しかし積まれたグラスを粉々に破壊した。


「――ッ」

「フッ……」


 砕け散って宙を舞う破片が重力に捕まる中、ジョーカーは瞬時に持ち手を変えて逃げたカインを追撃する。それを予想していたカインも神喰デウス・イーターからオーラを迸らせ迎え撃った。


「ッ!?」


 当然、ただのナイフはその刀身を強引に喰い千切られる。


「おいおいマジかよ。手刀に負けるかね普通」

「ご自慢の魔本ジャバウォックは使わねぇのか?」

「使わせてもらうさ。けどここじゃ狭すぎる」

「ッ!? レイナ! 扉をぶっ壊せ!!」

「え!? わ、分かった!!」


 即座に反応したレイナは渦巻く風を両足に纏わせ、自身を一本の槍のようにして店の扉を内側から突き破る。それとほぼ同時に、ジョーカーはもう一つの魔具アストラ――ロキを使ってチェシャに化け、彼女が扱っていたネヴァンの毒霧を店内にばら撒いた。


「他人に化けておまけにその力も模倣できる……厄介だな」


 二人して外へ飛び出した後、ジョーカーも静かに店の外へ出てきた。


「いいだろう? 『ジョーカー』の面目躍如って感じで」


 シーマから聞いていたロキの権能とは少し違うようだ。彼女の場合は完璧に他人に成り代わり、さらにその人物の記憶や知識を模倣できる。

 しかしジョーカーの場合は力を模倣する。能力や武器も含めて全て。さすがに魔具アストラのコピーは本家に劣るだろうが、こと戦いにおいてそれはさほど問題ではない。むしろ手数の多さを考えれば脅威度は本家を上回る。


「さて、舞台はまぁこんなもんだろ」

「……野郎」


 ジョーカーが懐から取り出したのは見覚えのある黒い腕輪。それはトレイとケイトが持っていたものと同質――すなわち外神機フォールギアだ。


Lokiロキ .... absolution』


 耳障りな電子音と共に、ジョーカーの体が漆黒に塗り潰されていく。何倍にも膨れ上がるオーラは膨張を許されず、限界まで凝縮されて鎧と化した。


『ここまで来たご褒美だ。お前らの最後エンディングこいつジャバウォックに綴ってやるよ』


 希望を絶望に堕とすストーリー。その『主人公ヴィラン』が舞い降りる。

 ここはすでにトリックスターの舞台上テリトリーだ。

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