第181話 解き放たれた捕食者 -The rebirth of predator-

・1・


「思っていたよりも減りが早かったな。フッ、所詮は烏合の衆どまりか」


 大岩の上に座したザリクは目を閉じ、伸びをするように夜空を見上げた。


「ホッホッホ、少しは気骨のある者もいるようです。御巫零火みかなぎれいか無きこの時代にもはや心躍る果し合いは望めぬと思っていましたが……存外、悪くない」

「ケッ、そっちは当たりだったかよ。こっちはまぁまぁだな。いまいち燃えねぇ」


 さらにシャルバとタウル。

 ドルジを除いたヴェンディダードの魔人たちが一堂に会する。


「お前たちがザコ共を狩ったことで黄金樹にかなりの魔力ようぶんが送られた……もう一息だ」


 今もなお、全土を覆わんと成長を続ける黄金樹。だが重要なのは天蓋の如き上空の枝葉ではない。着目すべきはむしろ逆。足元に潜む『根』だ。

 事実、黄金樹の根はすでに大陸全土を余すことなく掌握している。大地と同化した根は、絶えることのない生存闘争――その躍動を文字通り肌で感じ昂っているのだ。

 流れる血、魔力、あるいはそのすべて

 戦いによって生じるありとあらゆる養分を貪り喰らうことで。

 黄金樹それ自体が殺した対象の全てを簒奪する魔道士ワーロックの特性を有しているのだ。

 全てはその果てに実る、強大な魔力を秘めた『禁断の果実』のために。


「にしてもちまちまめんどくせぇな。ザリク、テメェで黄金樹アレを腹いっぱいにできねぇのかよ?」


 ザリクに宿る二つの寄生型魔遺物レムナント

 そのうちの一つ、シヴァ。その権能は体内に擬似宇宙を生成し、現実の宇宙と双方向に干渉するというもの。彼女は宇宙で生まれ続ける莫大なエネルギーを引き出し、自身の魔力に変換することで己が魔力の上限を消し去ることができる。

 だが――


黄金樹アレが求めているのはあくまで人間の生き血まりょくだ。神性シヴァでは腹を満たせない」

「チッ……」

「ホッホッホ、なかなか悪趣味なグルメだ」


 シャルバはボトルを取り出し、カップに温かいコーヒーを注ぐと、それをザリクに手渡した。基本的に魔人は魔力のみで全てを補えるため食事を必要としない。しかしそれでもザリクは彼が淹れるコーヒーを好んで飲んでいる。


「……相変わらず美味いな」

「恐縮でございます」


 主の言葉にシャルバは微笑んだ。


「そう腐るなタウル。ここから先はお前たちにとってより楽しめる狩場になる。その気があるなら魔装も許可する」


 その言葉にタウルが静かな笑みを浮かべる一方で、シャルバの表情は変わらなかった。


「せっかくのお言葉ですが、私は遠慮させてもらいましょう。私の魔装はこの場にはそぐわない」

「あ? 何言ってやがる? 須佐之男スサノオの魔装っていやぁ――」

、だと言ったのだがね」


 タウルの言葉を改めるシャルバ。

 魔装は使用する者によってごく稀にその形を変えることがある。使用者の精神が強く反映され、本来の形が上書きリビルドされた場合だ。

 元の使用者――竜胆棗りんどうなつめのものではなく、シャルバだけの魔装。


「使い時というものがあるのだよ。何せ私の魔装は――」


 長い年月をかけて、絶えず研鑽し続けた彼の剣がその領域に足を踏み入れていても何ら不思議ではない。


「唯一、使



・2・


冬馬とうま、ひとまず話を付けてジーザス君にはお帰りいただいたよ。まぁあの感じだと2~3日後には何もなかったようにやってきそうだけど」

「助かるよ夜白やしろ……ったく、信心深さもあそこまで来ると考えもんだな」


 冬馬は背中を椅子に預けると、疲れたように天井を仰ぎ見る。


祝伊紗那ほうりいさなの事が気になるかい?」

「当たり前だ。このままじゃあいつに合わせる顔がねぇ」

「……」


 こうなる可能性を……実は冬馬とうまは予見していた。

 というのも伊紗那いさなが目覚める少し前。彼は秘密裏に接触してきた黒い神凪かんなぎ――アートマンと名乗る謎の男とある契約を交わしたからだ。


 彼女の意識を覚醒させる代わりに、彼女の自由にさせること。


 それがあの男と交わした契約の内容だ。

 どう考えてもアートマンが何かを吹き込んで力添えしたに違いない。しかしそのリスクを承知の上で、それでも冬馬とうまは彼女が目覚めることを望んだ。

 現代医学では良くて生きた死人。この世のことわりでは彼女を救えなかった。なら、外のことわりに賭けるしかない。リスクよりリターンの方が遥かに大きかった。

 ユウトならきっと反対していただろう。だが冬馬とうまは彼ほど真っすぐではない。目的のためなら手段を選ばない非情さも持ち合わせている。


「捜索隊は本当に出さなくていいのかい?」

「今はいい。というより……間の悪いお客さんが来たみたいだ」

「あぁ、そうみたいだね」


 冬馬とうま夜白やしろは揃って社長室の中央に視線を向けた。

 すると何もない床から突如重々しい黒い瘴気が漂い始め、まるで地獄から這い出るような呻き声と共に無数の骨の手が伸びる。


「お忙しいところ失礼します。アルラトゥと申します。あやめ様の命により、あなた方をブッ殺しに来ました」


 丁寧な言葉の中に棘を含ませる物言いの黒髪メイド。彼女が目の前の骸の兵隊を操っているのは明らかだった。


「アルラトゥ……もしかして冥界の女王エレシュキガルのことかい? ということは君は魔具アストラだね。それも明確な意思を持って受肉までしている。なるほど、報告にあった叡神グノーシスというやつだ」

「……だったら何か?」


 改造魔具アストラ――叡神グノーシス

 本来武具の形状だったそれが独自の肉体と意思を持ち、魔遺物レムナントにすら匹敵する権能を獲得する神凪明羅かんなぎあきらオリジナルの技術。

 未だ謎が多く、その全容は見えない。

 そう、


「いやぁ、嬉しいなぁ!」


 夜白やしろは心底楽しそうな声を上げて両手を広げた。


「は?」

「だって君を捕まえれば、その叡神グノーシスとやらを心ゆくまで調べられるじゃないか」


 彼女の赤い瞳が妖しい光を宿す。まるで獲物を捕捉するように。


「寝言は寝て――」


 アルラトゥが骸の兵に指示を与えようとしたその瞬間、足元の大理石を突き破って激流のような何かが彼女たちに襲い掛かった。


「な……ッ!?」

「あぁ、言い忘れてたけど君の相手は僕じゃないよ。何たって僕は戦いが苦手だからね」


 巨大な……植物。

 一瞬で極太の蔓のようなものが骸の兵たちを片っ端から蹂躙し、無数の茨が夜白やしろ達を覆い隠した。


夜白やしろ……ッ、お前まさか……」

「ハハ、背に腹は代えられないだろう? あれでも戦力としては特級だ」


 粉塵をはね除け、その青年は姿を現す。


「全く……博士は相変わらず人使いが荒いよね」

「やぁ、シンジ君。久しぶりの外の空気はどうだい?」


 シンジ。

 かつて海上都市イースト・フロート皆城かいじょうタカオと死闘を繰り広げ、消滅したはずの青年がそこに立っていた。

 今は神凪夜白かんなぎやしろとして。


「いつだって最高だよ。目の前に戦う相手がいればね!」

「規格外の植物魔法……あなたが」

「あれ? 僕のこと知ってるの?」

「えぇ、あなたもまた、特異な経緯で魔道士ワーロックへと進化した人間ですから」


 自分の兵隊を全滅させられたにもかかわらず、アルラトゥはとりたてて気にしている様子はない。むしろ毅然とした態度で振舞っていた。


「ふーん、まぁ今の僕はもうただの人間だけどね。でも君程度には負ける気がしないなぁ」

「……あ゛?」


 シンジの挑発に眉をひそめたアルラトゥは足元の闇から新たな骸を湯水のごとく召喚した。そのあまりの勢いに人型になりきれなかった骨は積み上がり、骨山を築くほどだ。


「下等な人間風情が……いいでしょう。身の程を骨に刻み込んであげます」


 アルラトゥは冷たい瞳でシンジを見下ろす。

 対してシンジは相変わらず――


「元神様か。リハビリにはちょうどいい。存分に味わわせてよ」


 極上の獲物を前に舌なめずりをする、獰猛な捕食者そのものだ。

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