第179話 憎しみの矛先 -Endless essence-
・1・
静止した世界がゆっくりと、再び
「……」
ほんの数秒だけ、文字通り世界は息絶えたのだ。
生と死。過去・現在・未来。万象ことごとくが無意味と化した。
全て、たった一振りの剣によって。
「……」
しかし魔人シャルバが斬り捨てたその世界はやがて息を吹き返す。刃物で水面を傷つけてもたちどころに元に戻ってしまうように、彼が為した絶功絶技もまたこの世界ではその程度の波紋でしかなかった。
「……ッ」
「ほう……」
その波紋の中心に立つのは魔人――それともう一人。
「まだ、終わってねぇ……ッ」
バキバキと不気味な音を立てながら、
「世界を斬り捨ててもなお生きるか。もはや奇蹟などではない」
「ったりめぇだ……ッ……かかって、来いよ……!」
よく見ると黒い蛇のような何かが
「ホッホッホ、その意気やよし。だが体の方が追い付いていないようだ」
「ッ……」
それは
先程のシャルバの一太刀にはそれだけの『現実』があった。
皮肉にも唯一その極地に指先一本掠めたのは体ではなく、彼の精神の方だった。
「君はまだまだ強くなる。ここで摘み取るのは惜しいというもの……些か時代遅れな考えやもしれないがね」
シャルバはそう言い残すと、
「……ッ、はぁ……はぁ……ぐ……ッ!」
敵がいなくなって気が緩んだのか、虚勢を張ってただ突っ立っていた
「テメェ……何の真似だ?」
トレイだ。どこかに身を潜めていたらしい。というよりシャルバとの戦いに入り込む余地がなかったという方が正しいだろう。
「別に。ここで見捨てて後で文句言われたくないだけ。残念ながらあんたはまだ死にそうに見えないからな」
「チッ……いちいち言葉に棘がありやがる。そんなに心狭くねぇよ」
そこには優しさも仲間意識もない。ただ生きるための最善。それを選んでいるだけにすぎない。だがそれは
「そういえばあんたの部下は軒並み逃げ出したよ?」
「部下じゃねぇ。むしろ身軽になって清々するわ」
(傷は直に治るが、体力はそうもいかねぇ……)
限界を超えた反応速度、強靭な膂力、それに驚異的な再生能力。これでもかと戦いに最適化された
つくづく彼女の考えることは分からない。
「あんたがいなくなってすぐ、大人しくしてたヤツらが次の勢力争いを始めた。ホントに……救いようのないクズ共だ」
トレイは憎々しげに再び伏魔殿と化した遠方の街を睨む。確かに街ではそこかしこから煙が上がっていた。
「どうする? お互いこれ以上協力するメリットはなさそうだけど」
「ハッ、それにしては随分と親切じゃねぇか。そうじゃねぇだろ? この機に乗じて今度はお前が俺を利用する腹積もりなんだろ?」
だからトレイはこの場面で
「……殺したいやつがいる」
「あ?」
その言葉に……否、その根源たるトレイの憎しみそのものに呼応して、彼の
「
まるで憎悪をそのまま色に変えたような、暗い暗い底なしの赤。
その激情が彼の両の瞳を染め上げて。
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