第178話 世界を断つ剣 -The Absolute blade-

・1・


「おかえり、みんなー!」


 鏡の城での激戦は幕を閉じ、外で待機していたレイナは無事に戻ってきたカイン達を元気に迎え入れた。


「おかえりなさい。ご苦労様でした」

「お疲れ、カイン」

「ッ……おい、くっつくな」

「……何で?」


 ライラとシーレも揃って労いの言葉をかける。特にシーレにいたってはカインの右腕にべったり張り付いて離れなかった。


「これはこれは……んじゃ私もお邪魔して」


 そんな彼女に対抗してか、シーマもカインのもう片方の腕に自身の細い両腕を絡みつける。


「おいシーマ、お前まで……ッ」

「ニヒヒ、美女二人に挟まれて嬉しいんか? ん~?」

「モテモテね。羨ましい限りだわ」

「……全然そんな風に聞こえねぇぞ?」


 移動式コンテナから出てきたはかりがからかうような目でカインを眺めていた。


「それよりやったみたいね。伊弉冉いざなみの完全魔装」

「あぁ、今回ばかりはお前のおかげだ……ありがとよ」

「フンッ、当然。私が拵えたんだから。失敗なんて天地がひっくり返ってもありえないわよ」


 自分の仕事に満足しているのか、はかりはこれでもかと胸を張る。実際、彼女の功績はそれだけ大きい。


「ところでそのバイク、どこで拾ってきたのよ? 随分とセンスの良い代物じゃない」


 そんな彼女はふと、カインが乗って戻ってきたバイクに視線を移した。彼女の魔眼はすでにそれがただのバイクではないことを看破しているようだ。


「あ? 何言ってやがる? お前が作ったんだろ?」

「……はい?」


 二人はお互いに顔を見合わせ、首を傾げる。しかしやがて何かを察したはかりはダラダラと顔から汗を流し始めた。


「OKOK、一旦落ち着きましょう。ま、まさかとは思うけどアンタ……そのバイクが私の最高傑作レグナントだなんてアホなことぬかすんじゃないでしょうね?」


 自分の眼鏡を指でいじりながら、はかりは震える声でカインを問い詰める。


「まさかも何も、そうだが?」


 バキッ、とメガネが折れる音がした。


「は、はかりさん!?」

「……何てこと……」


 はかりがドス黒いオーラを放ち始め、気付けば隣にいたレイナは本能的な危険を感じて体を縮こまらせていた。


「何てことしてくれてんのよ! この……ッ、バカーッ!!」


 その予感は大当たり。彼女の怒りが爆発した。


「は!? 何急に怒ってんだよ!?」

「当たり前でしょ! 私は刀鍛冶よ!? 何をどうやったら刀がバイクになるのよ!? 前代未聞すぎるわ!! つーかアンタ、もしかしなくてもその右腕で私のレグナントに何かしたでしょ!?」

「……あー」


 思い当たる節があるとすればグレンデルだが、それが分かったところで今更どうにもならないことを察したカインはそっと視線を逸らす。それを逃がすまじとはかりは彼の胸ぐらを掴んだ。


「し・た・の・ね?」


 本来、レグナントの形は刀だった。自分が丹精込めて鍛えた武具に手を加えられる。そればかりか当の伊弉冉いざなみが自分のよりぽっと出のバイクを選んだ。鍛冶師としてこれ以上の屈辱はない。


「なっちまったもんは仕方ねぇだろ。それにこれ、悪くないぜ?」

「そりゃあそうでしょうよ! 弄られたとはいえベースは私が作ったんだからね。一級品には変わりないわ!」

「ブレないねぇ」

「フフ」


 ギャアギャアと続く二人の言い合いをシーマとライラはクスクスと笑いながら見守っていた。


「……シーマ」


 そんな時、休憩室の扉が開いてリオが顔を覗かせた。


「リオ!? ちょっ……起きて大丈夫なの?」

「問題ない……それより、幹部を倒したってホント?」


 シーマの一存で、あえてライラの外理カーマによる治療を受けていないリオの体はまだとても万全とは言えない。彼女は壁を伝いながら、シーマのもとへやって来た。


「……うん。処刑人ヘッズマンともう一人。片方はジョーカーに創られてたみたいだから消えちゃった以上、名前は思い出せないけど」

「こいつが戦利品だ」


 カインは彼らから奪った二つの魔具アストラをみんなに見せた。

 魔弓ウル、そして毒爪ネヴァン。

 シーマはそのうちウルを手に取ると、それをリオの手のひらに優しく乗せた。


「何?」

「ううん、これはリオが持ってて。全部終わったらちゃんと説明するから」

「……うん、わかった」


 どこか悲しそうなシーマの表情から何かを察したのか、リオはそれ以上の追求を止めた。


「あ、そうそう! カイン君たちがいない間にこっちも進展があったんだ!」


 ハッ、と思い出したようにレイナが手を叩く。


「進展?」

「えぇ、御影みかげの情報です」


 一同はライラの言葉に耳を傾ける。それは彼女が入国時からこの国に忍ばせていたバベルハイズ諜報員からの情報だった。


「彼女の居場所を特定しました。おそらくはそこが敵の本拠地かと」



・2・


 採掘場内部に激震が走る。


『ッ……オラッ!!』

「フン」


 もはや鎧全てが刃と言っても過言ではない真紅しんくの連撃をシャルバは易々と受け流していた。方向を狂わされた彼の攻撃は岩壁を空しく破壊する。


(コイツ……)


 全く手応えがない。全ての攻撃が余すことなく正確にいなされていた。そればかりかどれだけ速度を上げても、どれだけフェイントを織り交ぜても魔人はその全てを読み切り、合わせてくるのだ。

 かすり傷一つ付けることさえ叶わないほど優雅に、そして完璧に。


『これならどうだ!!』

「……ほう」


 真紅しんくは無造作に放った右拳を大きく開き、相手の視界を覆い隠す。そうしてできた死角からもう片方の手に召喚した鉄牙の大剣を振るった。


『……ッ!?』


 しかし、シャルバは躊躇なく前に押し出た。まず相手の武器を持つ腕を両手で華麗に絡み取り、勢いを殺す。次いで流れるように体ごと大きく捻じってその手から大剣をはたき落とし、同時に態勢を崩して背中を見せた真紅しんくに蹴りを叩きいれた。


『ぐは……ッ、この、野郎……!』

「ホッホッホ、体術はまだまだ素人のようだ。力任せに暴れるだけでは届かんよ」

『寝ぼけたことぬかすんじゃねぇ……お望み通り届かせてやるよ!!』


 吼える真紅しんく。彼は勢いよく立ち上がり、外神機フォールギアにロストメモリーを装填する。


『Set Implantation ...... Hecatoncheirヘカトンケイル


 次の瞬間、彼の背中を突き破るように無数の黒い腕が飛び出した。


「百腕の巨人……懐かしいものだ」


 それでも決してシャルバが動じることはない。彼は自分の背丈と同じくらい巨大な大剣――須佐之男スサノオを握ると、その刀身で喰らった無数の権能から一つを選び、顕現する。


「よろしい、では手数勝負といきましょう」


 虚空をなぞるその刃の軌跡に沿って、光の球体が浮かび上がった。

 優に百を超える光球はその全てが独自の動きを見せ、襲い掛かるヘカトンケイルの巨腕全てを叩き伏せる。


『な……ッ!?』


 それだけではない。四つの光球を頂点として光の壁を何枚も展開し、真紅しんく自身の攻撃も完全に封殺した。もはや彼はシャルバに近づくことさえできない。


『Crimson Charge!!』


 それでも真紅しんくは鉄牙の大剣を拾い上げ、何重にも重ねられた光の壁に紅牙を叩きつけた。何度も、何度も。


『おおおおおおおおおおおおッ!!』


 ギチギチと音を立て、火花を散らすも、鉄牙が光の壁を貫くことはない。だが――


「手詰まりかね?」

『言っただろ……届かせてやるってな!!』


 彼はさらに鳳凰ほうおうのロストメモリーを大剣に装填した。


『Deadly Charge!!』


 鉄牙は腐食の炎を灯し、さらなる邪悪な輝きを放出させる。


「ム……ッ!?」


 一枚、光の壁が砕けた。

 魔に堕ちた再生の炎。終わらぬ破壊をもたらす魔炎が一時とはいえ須佐之男スサノオを上回ったのだ。

 だがそれも束の間――


『か、体が……ッ』


 いつの間にか真紅しんくの体が動かなくなっていた。単なる拘束ではない。まるで深海の中にいるような……全方向から強烈な圧力をかけられている。その証拠に魔鎧が異音を立てて軋み始めた。


「ホッホッホ、一枚とはいえアイギスの盾を破るか。素晴らしい」

『テメェ……いったいどれだけの能力を隠し持ってやがる!』

「その問いに意味はあるのかね? こんなもの私にとっては児戯の範疇。どれだけあろうが満たされることはない」


 実際、シャルバはまだ須佐之男スサノオを剣として振るってすらいない。言葉通りその能力を使って遊んでいるだけだ。真紅しんく自身も自分がまだこの戦いのスタートラインにすら立っていないことをここに来て認識し始めていた。

 だが、それは彼が負けを認める理由にはならない。


『なめてんじゃねーぞ!!』


 真紅しんくの全身が悲鳴を上げる。骨が砕け、肉が裂けようとも、それを上回る怒りに任せた抵抗が不可視の拘束を喰い千切った。


『ぐ……ッ、あぁッ!』


 不気味な音を立て、バキバキに壊れた彼の体はありえない速度で再生していく。しかし無傷であっても無事ではない。体を無理やり修復する際に生じる神経が焼き切れるような激痛は消えない。


「ほう、これも打ち破るか。だがそろそろネタ切れと見える」

『そいつは……どうだろうな……ッ』

「それは重畳。では次は私が攻める番だ」

『ッ……』


 重圧が……今までにないほど苛烈に強まった。同時に真紅しんくの世界が音を立てて崩れ始める。

 ただシャルバが須佐之男スサノオを握る。それだけで。


「……一太刀でいい」


 振り下ろされる神を超えし絶剣。


「耐えてみせたまえ」

『……ッ!!』


 刹那――


『Set Implantation ...... Ourob――』



 ......

 ......

 ......



 世界から音が切り離された。

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