行間6-2 -羅刹と剣豪-

「アニキ! 酒をお注ぎします」

「あ? いらねぇよ。つーか、いい加減鬱陶しいぞテメェら」


 真紅しんくは溜息を吐きながら、やたら豪華なソファーにもたれかかった。

 ここはとある街の地下カジノ。そこに併設されたディスコだ。


(ったく、どうしてこうなった……)


 階下ではガラの悪い若者たちが大勢たむろしている。みな思い思いに酒を飲み、踊り、賭け事に狂っていた。そんな彼らは全員ほんの数日前まで真紅しんくと敵対関係にあった者たちだ。

 神凪明羅かんなぎあきらの言った通り、このアメリカという国は今、戦いで飽和しきっている。魔具アストラやショゴス――ある日突然力を得た者たちが増長し、幅を利かせ始め、ヤクザまがいのコミュニティがいくつも生まれては淘汰されていく毎日。このコミュニティもその例にもれず、たまたまやって来た真紅しんく一人に鎧袖一触され、彼の傘下に入ったのだ。本人の意思とは関係なく。


「それではアニキ、何かあれば遠慮なくお呼びください! 酒でも女でも何でもすぐに持ってきますんで!」


 真紅しんくが来るまでここのヘッドを張っていた異形の大男はそう言うと、残りの手下を連れて下の階へ降りていった。


「……」

「鬱陶しいなら何で殺さない? あんたなら簡単にできるだろ?」


 ふと、向かい側の壁に背を預けている少年が呟いた。彼の名はトレイ。一昨日、真紅しんくのコミュニティが制圧していた医療病棟に単身攻め入ってきた少年だ。敵討ちなんてつもりは毛頭なかったが、真紅しんくも彼と矛を交えることになった。トレイは今まで戦ってきたチンピラとは違い突出した実力を持っていたが、結果は真紅しんくの勝利。そのままトドメを刺してもよかったが、彼と一緒にいた重体の少女――ケイトを死に物狂いで守ろうとするその姿を見るに見かねた真紅しんくは、協力を条件にトレイたちを一時的に客人として招き入れることにした。


「……俺に指図すんな」


 自分と彼らの間に信頼なんて大層なものはない。あるのは強者と弱者の関係――支配だけだ。だからどこで何人死のうが真紅しんくには全く関係ないが、どうも自分の手でそれをしようとは思えなかった。

 生きるために殺す――少し前の自分では考えもしなかったことだ。



「大変ですアニキ!!」



 そんな中、勢いよくドアを開けて先程の元ヘッドが慌てた声でやって来た。


「妙なジジイが――ッ!?」


 大男の言葉はそこで止まる。


「「!?」」


 その巨体が真っ二つに切り裂かれたのだ。音もなく、息を吞むほど鮮やかに。


「ホッホッホ、どうやら当たりを引いたようだ。有象無象もそろそろ打ち止めというところですかな」

「何だテメェ? 人間……じゃねぇ、な」


 小奇麗な燕尾服を着込んだ初老の男性。しかしその肌は灰色に褪せ、今まで感じたことのない――


「ッッ……!?」


 考えるよりも先に真紅しんくの体が動いた。全力で目の前の老人から距離を取るために。無駄だと分かっていながら。


(何だ、コイツ……ッ)


 これも明羅あきらに肉体を改造された影響だろう。ある種の危機察知能力とでもいうべきか……敵の力量を推し量る超感覚が自分の意志とは関係なく、壊れそうなほど狂った警笛を鳴らしていた。


「ふむ、勘も悪くない。それにその並々ならぬ闘気……実に心地良い。だが妙ですな……それだけの力を持ちながら中身が追い付いていないようにも見える。なかなかどうして面白い若者だ」

「ハッ、随分と知った風な口を利く爺さんだ。テメェもこのふざけたゲームの参加者かよ?」

「ホッホッホ、滅相もない。私などただの露払いですよ。少々この状況に年甲斐もなくはしゃいではいますがね」


 こんな災害級のバケモノが露払い? 冗談なら笑えない。

 発する言葉はひどく穏やかだが、こうして対峙するだけで彼以外の音が全て消えた。まるで体中の全神経がこの老人から目を逸らすことを拒否しているみたいだった。


「場所を変えましょう。ここは死合うには狭すぎる」


 魔人はそう言って元ヘッドを両断した禍々しい魔剣――須佐之男スサノオを床に突き刺す。すると瞬く間にカジノが消失した。


「「ッ!?」」


 否、真紅しんくたちが強制的に転移させられたのだ。


「ここは……街はずれの採掘場」


 クレーターのように穿たれた大穴。斜面は階段状に整備され、放射状に横穴が掘られている。彼らがいるのはその中心、最深部だ。


「自己紹介がまだでしたな。私の名はシャルバ。これも我が主の命……ほんの一時、この老いぼれと戯れていただこう」

「テメェも魔具アストラ持ちか。なら……ぶっ潰すだけだ!!」


 死の瘴気を纏い、青年は羅刹と化す。

 対するは神剣を魔剣に染めし剣豪。

 牙と刃が交差する。それを合図に新たな死闘がここに始まった。

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