第175話 猛る鬼神、疾走せし鋼 -Grendel and Regnant-

・1・


「ッ、この反応……あいつ、やったみたいね」

「カイン君ですか?」


 計測器の前で笑みを浮かべるはかり。その横からレイナが顔を覗かせた。


「えぇ、あいつに渡したグレンデルの覚醒を確認したわ。大方あの右腕に取り込んで強制展開ってところでしょ」

「結局、カイン君の右腕って何なんだろう?」

「さぁ? 外理カーマだか何だか知らないけど、一つはっきりしてるのは、私の魔眼で理解できないものは考えても無駄ってことよ。あんたの頭ならなおさらね」

「へぇ……ゔぇ!?」


 一拍遅れてはかりの余計な一言に気付いたレイナ。しかしすでにはかりは次の作業に取り掛かり始めており、反論の機会すらなかった。


「これでよし」


 明らかに膨大な作業量を僅か数分で片付けたはかり。彼女がEnterキーを押すと画面に表示された見慣れない数値が次々と『100%』に変わっていく。


「これって……例の新型神機ライズギア

「今のあいつの波長に合わせてレグナントを調節し直したわ。これで今度こそ起動するはず……頼むわよ~」


 本来グレンデルはレグナントを用いて起動するという今と真逆のプロセスで設計されたもの。だからこのタイミングで今一度神機ライズギアを変質したグレンデルに合わせる必要があった。


「新しい神機ライズギア。いったいどんな武器なんですか?」


 はかりの錬金術を取り入れた今の神機ライズギアは、腕輪の形からあらかじめ記憶された形状へと瞬時に変形する特性を持つ。

 長剣型のトリムルト。

 リボルバー型のシャムロック。

 そしてレイナの持つランス型のレギンレイヴといったように。

 しかし逆に言えば、腕輪状態からでは元の形を判別できない。


「無論、傑作よ。私の持てる技術の粋を集めたんだから当然でしょ?」


 平静を装いつつもはかりはにんまりとした笑みを隠せていなかった。どうやら今回は相当満足のいく出来だったようだ。


伊弉冉いざなみと相性の良い形……そんなの刀を置いて他にないわ」



・2・


「フン、チートじゃと? そんなものが何だというんだ?」


 処刑人ヘッズマンは無尽蔵の魔力を手元に集め、新たなライフルを瞬時に生成。即座にカインに向かって引き金を引く。

 だがカインはその魔弾をいとも簡単に右腕で払いのけた。


「……ッ!?」

「遅ぇつったろ」


 尋常ではない。それ以前にありえない。

 魔弾の速度は通常のライフル弾の10倍を行く。戦闘機はもちろん、対空ミサイルでさえ追い付けないほどの速さだ。人間の動体視力でどうこうできる次元はとっくに超えているはずなのに。


「今度はこっちの番だ!」

「く……ッ」


 カインの足に力が入ると地面が豪快に抉れ、彼の姿も消えた。


「ハァッ!!」


 カインの右足が処刑人ヘッズマンの胸板を捕らえ、一瞬全ての音が消えた。そして次の瞬間、激しい衝撃が処刑人ヘッズマンの体を突き破り、結晶の壁に叩きつけた。


「ぐは……ッ!?」


 敵の速さに反応できなかったことはひとまずいい。体に開いた大穴も直に元に戻る。それよりも問題は姿だ。


(右腕の装甲が……両足に……)


 あの一瞬でカインの姿は目覚ましい変化を遂げていた。

 彼の代名詞とも呼べる異形の右腕は人の姿を得ており、代わりに神喰デウス・イーターは彼の両足へ移動していたのだ。


(鎧ごと右腕の力を移動したのか!?)


 己の外理カーマを両足に宿したカインは、今度はそれで虚空を薙ぐ。


「ッ!?」


 すると空間がよじれ、遅れて凄まじい衝撃の雪崩が処刑人ヘッズマンを容赦なく吞み込んだ。


「チッ、妙な感覚だなこれ。右腕がスースーするっつーか……慣れるまでもう少し時間がいるか」


 力を倍増し、完全制御するグレンデルの拡張権能。

 神喰デウス・イーターも例外ではなく、今やその力はカインの体を自由に移動できる。これは彼にとって初めての体験だった。


「ッ!」


 砂塵から弾丸の如く飛び出した処刑人ヘッズマンは音もなく両手にレーザーエッジを構え、カインを襲撃する。老人とはとても思えない縦横無尽にして変幻自在の太刀筋を絶えず繰り出すが、カインはそれすらも簡単に躱してみせた。


X-ONイクス・オン


 すれ違いざまの刹那。グレンデルの鎧がカインの意思に呼応し電子音を発すると、両足の装甲が再び元あった右腕へと移動する。


「何……ッ!?」

「おおおおおおおおお!!」


 五本の指に再び魔力が凝縮して光の爪を成し、振り下ろされた一閃は処刑人ヘッズマンの体を斜めに引き裂いた。


「ぐッ……が……ハハ、何をしようが……無駄だ。ワシは、死にはせん……」

「だろうな。今のあんたは無限に湧いてくる雑兵だ」

「フッ……言い得て妙じゃな」


 確かに処刑人ヘッズマンの肉体はどんなに破壊されようがこの鏡の城の魔力で無限に再生する。だが見た所、苦痛や疲労まで消えるわけではないようだ。カインがダメージを与える度に確実にその動きが鈍っている。

 見方を変えれば、それは『生かされている』ようにも取れる。



『カイン! 見つけたよ!』



 その時、どこかの鏡の中からシーマの声が響いた。


『城の中心――魔力の心臓部!』


 彼女がそう叫ぶと鏡から光が伸び、それは反射することなく別の鏡へと呑み込まれ、またどこか別の鏡から伸びてを繰り返す。そうして最終的にはカインの足元を照らした。

 すなわちそれがこの城の心臓部への唯一のルートだ。


「まさか、ワシの相手をしておる間に……」

『フフ、潜入は私の十八番おはこだからね』

「そういうこった。もうあんたは敵じゃねぇ」


 そう言ってカインは今まで使うことができなかった神機ライズギア――レグナントを取り出す。


「いよいよお前の出番だ」


 グレンデルの完全制御能力。

 その権能で今度こそレグナントは起動する。腕輪は眩い光を放ち、本来あるべき形へと変化を始めた。


「……ッ」


 この場に生ける者全ての心臓を揺さぶる激しい鼓動――否、それは雷鳴の如く轟くエンジン音だ。


「へぇ、なかなかいい趣味してんじゃねぇか」


 カインは『それ』に跨り、スロットルを回した。


「さて、仕上げは城攻めだ」


 新たな神機ライズギア――バイクレグナントと共に、カインは光差す道を爆走する。

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