第173話 鏡の中の狩人 -The hunter in wonderland-
・1・
「というわけでよろしくね、カイン♪」
にこやかな笑顔を見せるシーマ・サンライトはポンッとカインの肩を叩いた。
「……お前、本当に大丈夫なのか?」
「んー? 何が?」
レイナの采配で最終的に鏡の城攻略に選出されたのはカインとアリサ、そしてシーマの三人だった。ただカインとアリサはともかく、シーマは諜報を主とする後方支援タイプ。直接的な戦闘に向いているとは思えない。
「とぼけんな。
「アハハ! 心配してくれるの? フーン、案外優しいじゃん」
「……」
シーマは悪戯っぽく笑うと、くるりと身をひるがえす。何を隠そうこの戦いに志願したのは彼女自身だった。
「ま、ぽっと出の私を信用しろとは言わないけどさ。心配ならそれこそお門違いだよ。私は私の仕事をするだけだし」
「何か、思い当たることがあるのですか?」
ここに来る前、シーマが何か考え込むような表情をしていたのをアリサは見ている。もしかすると彼女にとってここでの戦いは別の意味があるのかもしれないとアリサは感じていた。
「ちょっと、ね。まぁこれは私たちの事情だから気にしなくていいよ。そ・れ・よ・り~」
流れるような所作でシーマはアリサの肩に腕を回し、小さな声で彼女に囁きかけた。
「カインってさ、ガールフレンドとかいるの?」
「ッ……急に何の話ですか?」
「まぁまぁ。で、どうなのその辺?」
「いえ、そういう話は――」
「うんうん、あの性格だもんね~。フフ、これは狙い目かな」
「え……」
突然恋愛話を持ち掛けられたアリサはついつい動揺してしまう。
「えっと……つまりシーマさんは、そういう?」
「クク、あの口悪ツンツンボーイが私に落ちた瞬間を見てみたいんだよね~。そそるじゃん?」
さっきより数段悪い顔で自らの企みを語るシーマ。それとは対照的にアリサはポカンとした表情を浮かべていた。
「何くっちゃべってやがる。とっとと行くぞ」
「あ、オッケーオッケー。今行くってー」
「……」
彼女の言葉が本気なのかそうでないのか、ますます判断に迷うアリサだった。
・2・
「ワォ、中も見事に鏡だらけ」
「予想通りとはいえ……これは明らかに罠ですね」
入り口から中を見通す限り、やはり内部も鏡で覆いつくされていた。それだけではなくあくまで城の見た目は外見だけで、内部には装飾品の類は一切なく、ほとんど洞窟のような一本道の通路があるのみ。
「カイン?」
「嫌な予感がしやがる……ちょっと試してみるか」
そう言うとカインは
「「!?」」
魔力の弾丸は荒削りの鏡面に吸い込まれたかと思うと水面のように波打ち、僅かに遅れて別の鏡から飛び出した。そしてまた別の鏡の中へと消えていく。鏡から鏡へと何度も不可思議な移動は続き、やがて勢いを失った魔弾は消失した。
「これは……何とも悪さのし甲斐がある仕掛けだこと」
シーマは小さく溜息を吐く。
何せこの城の鏡は割れないどころか別の空間と繋がっていることがこれではっきりしたのだ。
「歩けはする、みたいです」
コツコツと慎重に爪先で床の鏡に触れるアリサ。この段階で敵が仕掛けてこないのは、自分たちを
「これ、どこから見られてるかホント分かんないね……気持ち悪い」
どこを見ても視界に映るのは自分自身。文字通り、鏡の迷宮に迷い込んだわけだ。気を抜いたが最後、たちどころに前後不覚に陥ってしまうだろう。
「あぁ、けどここに隠れてそうな野郎には心当たりがある」
「お、奇遇だね。私もー」
カインの意図を察したシーマが腰の拳銃に手を当てたその時――
「ッ……上です!」
最初に敵の存在を目視したアリサが叫んだ。
鏡の中の狙撃手――
「チッ!」
咄嗟にカインは二人の前に出て右腕の包帯を解く。そしてウルの光矢を
『ほう、鏡に吸い込まれる前に喰らったか。相変わらず勘の良い小僧だ』
「生きてやがったか爺さん。てっきり黄金樹に捕まってそのまま昇天したかと思ってたぜ」
『前にも言ったはずだ。ワシの復讐のために消えてもらうと。ワシは復讐に生かされている』
老人の声で鏡が震える。
「復讐……ねぇあなたの――」
「キャッ!」
何かを言いかけたシーマだったが、アリサの叫び声によってそれはかき消される。
「クソ……ッ!」
彼女の右足が今まで足場だった鏡の中に吸い込まれていたのだ。鏡の性質から考えて、あの鏡も別のどこかに繋がっているはず。つまり敵の目的は――戦力の分断だ。
『自ら足を踏み入れた以上、よもや卑怯などとは言うまい。ここはお前たちを確実に狩るための処刑場。お前たちに益するものなど何もない』
「カイン! 私の事はいいです!」
手を伸ばそうとしたカインをアリサが止めた。すでに体の半分以上を鏡に呑み込まれている。間に合わない。
「あなたは
彼女はそう言い残し、完全に鏡の中へと消えていった。
「どうする!? ここにいると嬲り殺しだよ!」
「分かってる!」
これ以上の分断を避けるため、シーマはカインの腕を掴んで身を寄せた。
「お望み通り腹の中へ飛び込んでやるよ。ただし――」
「って……ちょ!?」
右腕が赤く輝き、カインの体を
「腹壊しても文句言うなよ、ジジイ!!」
彼は
・3・
「ここは……鏡の中なの?」
「さぁな。どのみち普通の場所じゃなさそうだ」
咄嗟に鏡の中へと飛び込んだカインとシーマ。彼らが行き着いた先は何とも不思議な空間だった。そこはこれまで見てきた鏡とは打って変わって、辺り一面を淡く発光する碧い結晶のようなものが覆う巨大な空間。
「この感じ……もしかしてメアリーの」
どうやら結晶が放つ魔力にシーマは覚えがあるようだ。
それが囚われた碧眼の
「あいつの? そりゃどういう――ッ!?」
突然言葉を切ったカインは素早くシーマを抱えて跳躍した。その直後、彼女がいた場所に魔力の弾丸が着弾し、結晶の床を盛大に抉る。
「仕留め損なったか……老いたな、ワシも」
「冗談言え。テメェからは全く殺気を感じねぇ。正直、やりづらいぜ」
「こればかりは経験の差よ」
敵の命を奪う。その行為には必ず殺気が付きまとう。それは生きる上で呼吸をするのと同じこと。熟達した戦士は隠すことのできないその殺気を読み合うことで、次を予測する。敵を敵と認識する限り、この呪縛は決して解けない。
しかしその殺気が無いということは、つまり敵を敵とも思っていないということだ。地を這う虫を踏み潰すようにただ処理するだけ。この老人にとって戦いとはもはやその程度の些事なのだろう。
「眷属、というのだったか。今のワシはアリスから直接魔力供給を受けておる。先の戦いのようにはいかんぞ」
アリス。
メアリーの裏側に存在していた兵器としての本来の人格。
そこに自由意志は存在せず、命じられればその通りに動くあらゆる兵器を凌駕する力。その力の一端を
だがカインはその言葉を笑って一蹴した。
「気にすんな。それくらいのハンデは許容してやるよ、お爺ちゃん」
「……フン、どこまでも気持ちのいい小僧だ。口だけではないことを祈るばかりだよ」
次の瞬間、両者の間合いがゼロになった。
大鎌と大型ライフルが火花を散らして激突する。
(そこだ!)
当然、接近戦ではカインに分がある。僅か二手で見い出した隙を突き、彼の刃が
「やった!」
「いや……まだだ」
カインの言う通り、こんなものでは終わらない。終わるはずがない。
そもそも
「気付いていたはずだ。この空間に足を踏み入れた時点で勝敗は決まっていると」
「……ッ」
予感はあった。
無限に等しい魔力が宿る結晶の大空洞。そしてそこに君臨するアリスの眷属。
まさに文字通りの処刑場。この場においては全てが
「さぁ、次はどんな減らず口を吐いてくれる?」
万に一つの
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