第172話 そして彼女は幻となりて -Again or not-

・1・


「ねぇ、あれ……何だと思う?」

「フフ、なかなか個性的なお城ですね」


 未だに自分の目が信じられないレイナ・バーンズのそんな質問に、バベルハイズ王国の第一王女――ライラエル・クリシュラ・バベルハイズは楽しそうに乗っかってきた。


「アハハ、やっぱりお城……ですよね……鏡の」


 全面鏡張りの奇怪な巨城。

 照りつけるような日差しを乱反射して、まるで城自体が太陽であると言わんばかりに燦燦と輝いている。


「チッ、全体像が見えねぇな」

「……眩しい」


 カインやシーレの言うように、前方にそびえ立つ鏡の城は冗談みたいにギラギラした光を絶えず放ち続けているため、まともに直視することができなかった。


「バカやってないでさっさと中に戻りなさい」


 呆れ顔でトラックのコンテナから顔を出している面々を呼び戻す九条秤くじょうはかりの隣で、シーマ・サンライトはキーボードのEnterキーを小気味良く指先で弾いた。すると車内モニターに緑色のラインが四方八方に走り、あっという間に立体的な建造物を構築していく。


「これって、あのお城ですか?」

「そ、ちょいと監視用の人工衛星を拝借して3Dスキャンしてみたよ。というわけでこれが全体像」

「思ってたより小さいわね」


 測定上の広さはおよそ15000㎡。意外にもちょっとした学校くらいの大きさだ。大きく見えるのは中央に立つ鏡塔のせいだろう。

 はかりが計測した数値群に目を通していると、コンテナの扉を開いて遠見とおみアリサが戻ってきた。


「周辺の避難民から話を聞いてきました。どうやらあの鏡の城は数日前に黄金樹から降ってきたそうです」

「ん……降ってきた? え、お城がですか?」


 レイナはもう一度アリサに聞き返す。自分の耳を疑うのも無理はない。城が木の実感覚で降ってくるなんて前代未聞もいいところだ。


「今更驚いても仕方ねえ。問題は……」

「あの鏡城の役割、ですね」


 カインの言葉にライラが続く。


「あぁ、明らかに誘ってやがる」


 あの城はとにかく目立つ。避けて通るという選択肢をくらましてしまうほどに。それはおあつらえ向きに彼らの進行ルート上にあるというのももちろんだが、まるでそれ自体が物語の設定に組み込まれているようにも感じる。

 ストーリーのキーポイント――すなわち避けられない戦いの場として。


「ッ……生体反応が二つあります!」

「さっきのガキ共……いや、違うか」


 可能性は限りなく低いはずだ。彼らが相当危険な力を行使していたことは明明白白。特に娘の方はあの様子から見て死んでいても不思議はない。どちらにせよこんなに早くリターンマッチができるとは到底思えない。


「なら十中八九敵さんの幹部だね」


 カインの横でシーマがそう言った。

 おそらく幹部以外にも先の街で遭遇したショゴスたちもいるはずだ。残念ながらショゴスは使用者が外神機フォールギアで生身を捨て、その精神のみが憑依した無機物のため生体感知レーダーには引っかからない。進化した個体も含め、その戦力は未知数だ。


「で、この状況。お前ならどうする? 

「……え、私!?」


 急にカインに話を振られ、レイナは動揺する。


「忘れてんのか? 副官はお前だろ?」

「あ……」


 遊撃部隊ヴィジランテの隊長であるユウトがいない今、指揮系統のトップは副官に任命されたレイナにある。


「いや、でも……」


 とはいえ今は正規の隊員はレイナとカインの二人だけ。協力者としてここにいる面子に比べれば、彼女はまだまだ未熟もいいところだ。


「……」


 レイナはそっとアリサに視線を向けた。そこまで歳は変わらないのに、自分よりも遥かに多くの死戦を潜り抜けてきた先輩を。自分なんかよりも彼女の方が的確な指示を出せるはずだと考えて。有り体に言えば助言を欲していた。

 しかしそんな彼女の淡い期待に反し、アリサは小さく頷くだけだった。


「……ッ」


 その意味を噛みしめ、目を閉じたレイナは大きく深呼吸をすると、ゆっくり言葉を紡ぎ始める。


「……ここで立ち止まるわけにはいきません。私たちの任務は鳶谷とびや博士を救い出すこと。この場にいない人たちの願いも背負って」


 レイナのその言葉に一同は頷く。


「撃退目標は鏡の城に潜むB-Rabbit幹部二人! けど罠の可能性が高い……全滅だけは避けないと。だからここは戦力を分けましょう!」



・2・


「さて……これは由々しき事態か、あるいは素直に祝うべきか……あなたはどう思われますか? Mr.宗像むなかた


 ふざけた、というよりはむしろミュージカルのような芝居がかった口調が目立つ長身の神父がエクスピア社代表――宗像冬馬むなかたとうまに謳うように問いかけた。


「俺としては素直に祝ってとっととお帰り願いたいね。ジーザス・フォーマルハウト殿」

「これはこれは。随分と嫌われたものですね……いえ、いいのです。神に仕える身として私の精進が足りていないということなのでしょう」


 ジーザスと呼ばれた神父は帽子を取り、深々と頭を下げた。


「はぁ……俺が、というより夜白やしろがな。魔道士ワーロック監視の任は結構だが、俺たちがまともなうちは不可侵のはずだ。節度を弁えないとモテないぞ?」

「然り。不肖このジーザス、この世に生を受け35年と7か月。女性にモテたためしはございません」

「……」


 ジーザスは五星教会ペンタグル・チャーチ滅星アステール。つまり日本の退魔士同様、魔に対するスペシャリストだ。

 彼が教会より受けた任は先に述べたように魔道士ワーロックの監視。リュゼ・アークトゥルスが吉野ユウトを監視対象としているように、ジーザスはエクスピアが抱えるもう一人の魔道士ワーロック――神凪夜白かんなぎやしろを監視対象としている。


「で、用件は?」


 ユウトや夜白やしろがエクスピアの保護下にあるうちは、彼らは基本的に不干渉を公言している……はずなのだが、このジーザスにいたっては二日に一回程度の割合でチャットによる安否確認を行っているらしい。相手が相手なだけにさすがの夜白やしろもブロックしづらいようだ。ただそれだけなら平常運転の域。今回彼がこの場に姿を現した意味は別にあるはずだ。


「私の役目は神凪夜白かんなぎやしろの監視。依然それに変わりはありません。しからば何故私がこの場に参上したのか? その答えは一つ。からに他ならない」

「……ッ」


 冬馬はデスクの下で静かに拳を握りしめた。


(全く……こいつらどっからそんな情報を掴んでくるんだか)


 あの海上都市の事件からずっと眠り続けていた祝伊紗那ほうりいさなが目覚めた事実はまだごく一部の人間にしか知らされていないはず。なのにジーザスはそれを承知している。どこから情報が漏れたかはこの際後回しでいい。問題は――


「もう伊紗那いさな魔道士ワーロックじゃない。あんたらには関係ないはずだろ?」

「えぇ、ですがあくまで『今は』と我々は見ています」

「……どういう意味だ?」

「確かに力は失われている。吉野ユウトが継承したことによって。ですが『器』としての彼女の素質は未だ健在だ。水を注げば祝伊紗那ほうりいさなが再び力を取り戻す可能性は大いにある。

「ッ……!?」


 その言葉に冬馬は思わず立ち上がった。


「ユウトが見つかったのか!?」

「えぇ、つい先ほど私の同僚から報告がありました。彼女はその目で直に彼の安否を確認しています。その場にあなた方のお仲間もいたようなので近いうちに私の言葉に嘘がないことはハッキリするでしょう」


 ユウトが生きている。その事実に冬馬はまず安堵する。だが悲しいことに今はまだ喜んでばかりもいられない。


「で、あいつは今どこにいる?」

「中国……と言いたい所ですが、すでに海の上かと」

「行き先はアメリカ、か。まぁあいつらしいな」

「話を戻しましょう。我々五星教会ペンタグル・チャーチは人類から魔の脅威を祓う刃。そして魔道士ワーロックはその人と魔の狭間を生きる非常に難しい存在だ。故に我々は彼らを見定めなければならない」


 それはもう何度も聞いた口上だ。

 そしてそれはつまり、


「お前らは伊紗那いさなを――」


 と、その時。

 冬馬の携帯端末が音を鳴らした。ジーザスは言葉を発さず、手だけで彼に通話を促す。会議中のこのタイミングでかかってくる。それ自体が緊急性の高い案件である事を物語っている。

 彼はゆっくりと通話ボタンを押した。


『トーマ!』

「ッ……イスカちゃんか?」


 普段はほとんど感情を表に出さない彼女だが、通話越しの声はいつもと違って焦っているように聞こえた。


「……何があった?」


 全く考えなかったわけではない。

 ただ、万に一つの可能性だと目を逸らし続けていた。

 それでよかったはずだった。


『緊急事態。伊紗那いさなが……消えちゃった』


 まるで夢から醒めたように――現実が大波となってうねり始める今この瞬間までは。

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