行間6-1 -緋の胎動-

『というわけでー、君には修行の旅に出てもらいます♪』

「……は?」


 神凪明羅かんなぎあきらの唐突な発言に対し、もちろん真紅しんくは首を縦に振らなかった。


「テメェ……どこから喋ってやがる?」


 真紅しんくが今いる場所は薄暗い洞窟の中。

 ここがどこなのかはまるで見当もつかない。というのも明羅あきらの転移魔術で強引に連れてこられたからだ。

 ただ覚えのある妙な違和感……というよりも怖気のようなものを感じる。


『アハハ、ゴメンねー。明羅あきら、今ちょっと動けないからさぁ♪』


 声は洞窟の奥の方から響いてくる。真紅しんくは声の発生源に向かって歩み始めた。


『うわ……乙女の秘密に迷いなく踏み込む系? 真紅しんくのエッチー♡』

「言ってろ。テメェで勝手に連れてきたんだろ」


 洞窟全体を覆うように何やら不穏な力を感じていたが、思ったよりあっさりと彼はその場所に辿り着くことができた。


「何だ……これ?」


 目の前の光景に思わず目を見張る真紅しんく

 繭だ。淡い光と骨の髄まで響くような鼓動を放つ巨大な繭が洞窟内の空洞。その中心に鎮座していた。


「……ッ」


 よく見ると繭の中心にうっすらと人影が見える。鼓動の源――それが『神凪明羅かんなぎあきら』本人であるという事はもはや考えるまでもない。

 問題は繭の中の彼女がという事だ。


「……誰だ?」

『ん? 明羅あきら明羅あきらだけど? ただいま絶賛大改造リフォーム中♪』


 確かに普段は必ず複数体潜んでいる彼女の分体の気配が感じられない。この場にいる明羅あきらは目の前の彼女だけだ。全てのリソースをただ一体にのみ注いでいるという事なのかもしれない。


「フンッ、まるで虫だな」

『アハハ、確かに。さしずめ今はさなぎってところ♪ 綺麗なちょうになれるかな?』

さなぎ、か……なら今のテメェを殺せば俺は晴れて自由の身ってわけだ!!」


 真紅しんくはそう言うと、明羅あきらが『自分を殺せる力』と称して彼に与えたエクスメモリー――タナトスの黒鎧を展開した。


『Crimson Charge!!』


 右手に握りしめた鉄牙の大剣が音を立てて軋み、怨嗟と憎悪を凝縮した紅い炎を吐き出す。


『コッワ……まぁ確かに今の明羅あきらは無防備だけどさ――』

『……ッ!?』


 殺気……それも全方位から。

 否応なく瞬時に全身が強張った。



『その子が許してくれるかにゃ?』



 気付けば洞窟内のあらゆる場所から牛を思わせる頭蓋骨が浮き出ていた。そしてその全てが存在しないはずの眼球で真紅しんくを睨みつけている。


『……牛野郎』


 アステリオス・叡神グノーシス

 神凪明羅かんなぎあきらの改造魔具アストラ

 かつては真紅しんく自身も囚われていた『迷宮』という名の異空間を無尽蔵に生み出す怪物だ。


(なるほど、ここはコイツの腹の中テリトリーってことかよ。どうりで……)


 考えてみれば彼女にとってここ以上に安全な場所は他にない。入り口さえ閉じてしまえば外界から干渉する術は無いに等しく、仮に侵入できたとしてもそこはもうアステリオスの手中。どうにでもできる。

 明羅あきらは本来敵を閉じ込めるための迷宮を己を守るシェルターとして使っているのだ。


『どうする? 今の明羅あきらなら運が良ければ殺せるかもだけど?』

『……』


 真紅しんくはしばらくそのまま動かず、しかしやがてその手から大剣を消失させ、鎧状態を解いた。


『フフ、意気地なし♪』

「うるせぇ。運試しは御免なだけだ」

『アハハ! まぁそもそも運がよかったらこんな所にいないよね♪』

「……」


 図星を突かれ、真紅しんくは苦い表情を浮かべている。


「で、修行ってのは何のことだ?」

あやめ姉ぇが今面白いお祭りやってるんだって。ルール無用の生き残りサバイバルゲーム♡ 強いヤツらがわんさか集まるその場所なら君はもっと強くなれると思わない? どう?』

「……くだらねぇ」


 サバイバルゲームだか何だか知らないが、そんな事は真紅しんくにとってどうでもいいことだった。どんな手段を使っても生きること。それが彼の唯一の望み。そのために必要ならともかく、必要のない戦いに身を投じて自ら死に急ぐなんてそれこそありえない。


『でもさ~、現実問題、その程度の実力じゃ今の明羅あきらでさえ殺せないじゃん? 弱っちい真紅しんく君は自由が恋しくないのかにゃあ?』

「……」


 明らかに挑発だ。だが、紛れもない事実でもある。

 死を恐れていてはこの身に自由はない。この先も一生。

 だから強くなるしかない。強くなって、目の前の悪魔をぶっ潰す以外に自由を得る道はないのだ。


『あ、そうそう。ちなみに最後まで生き残ればとっておきの商品もあるんだってさ。この世の全てを薙ぎ払える力。君が敗北した吉野ユウトと同じ力だよ♪』

「……」


 悪魔の囁きが真紅しんくの喉元を掴む。


『ま、興味があるならご自由に。道は作っておくから』


 明羅あきらがそう言うと青年の眼前に扉が現れた。迷宮の外へと繋がる唯一の出口だ。そしてもう一つ。彼の足元に見慣れないロストメモリーが落ちていた。


「これは……」

『ニヒヒ、優しい優しい明羅あきらからのせ・ん・べ・つ♡ 君は死との親和性が高いからね。ちょうどいいと思ってさ♪』


 触れた瞬間、真紅しんくは彼女の言っている意味を理解した。

 それは死と再生を司り、永劫回帰を体現する力。

 名を――ウロボロス。

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