第169話 狂犬たちの宴 -The hungry dogs-

・1・


「解放したあの子たち、本当に役に立つんでしょうね? ジョーカー」


 神和重工かむわじゅうこう執務室。

 この部屋の主人であるアヤメ・リーゲルフェルト——否、神凪殺かんなぎあやめはコーヒーの入ったカップの縁を指先でなぞりながら、対面のソファーでゆるりと腰かける男に尋ねた。


「ん? あー、【3トレイ】と【4ケイト】ですね。まぁやればできるヤツらですよ。曲がりなりにもあなたの非人道的な実験を生き抜いてるわけですし」


 気さくにそう返した男の名はジョーカー。テロ組織『B-Rabbit』の指導者だ。

 本来であればこんな場所にいるはずのない人間なわけだが、彼にはここにいるべきもう一つの顔がある。


 トミタケ・ヒューガ。


 アヤメの専属秘書としての顔が。


「まぁどの道長くない命。だから最後の自由を謳歌するためならたとえ使い捨ての駒だろうとあいつらは喜んで引き受ける。強化型ショゴスに搭載した例の新システム。あれの戦闘データを取るにはうってつけの人材だ」


 ジョーカーはそう言うと、振り向かずに背後にいるもう一人に声をかける。


「なぁ、あんたもそう思うだろ? Ms.鳶谷とびや

「……」


 鳶谷御影とびやみかげは押し黙ったまま、しかし怒気を孕んだ視線を彼に向けていた。


 ――カーネイジ・リンクス。


 段階的に使用者の体内に特殊な強化剤を浸透させることでその能力を強制的に上昇させ、圧倒的な戦闘能力を実現するブーストシステムだ。


「……あれは、人が使っていいものじゃない。使えば全身が汚染されるだけではなく、強すぎる破壊衝動に支配される」

「おかしなことを言う。その悪魔みたいなシステムを作ったのは他でもないあんただろ?」

「……ッ、それは……」


 ジョーカーの言葉に反論できない御影。

 無理もない。彼の言葉は紛うことなき事実なのだから。

 全てはあやめの命令。ユウトやメアリーのような特殊個体の魔道士ワーロックを薬物で擬似的に再現しようとして生まれてしまった研究だった。


「いじめるのはそれくらいにしなさい」


 あやめは静かに、しかし鋭い口調でジョーカーに釘を刺す。ジョーカーは無言で両手を上げ、それ以上の言葉を慎んだ。


「カーネイジ・リンクス……いいじゃない。デメリットの抑制は今後の課題だけれど、もしもどちらか一方でもあれを使いこなせるなら……面白いものが見れそうよ」



・2・


『『Carnage 1 ... Activate』』


 少女と少年が同時にコードを呟くと、彼女たちの右目が赤く発光し始めた。


(ッ……こいつら急に!?)

『アハハハハハッ! ぶっ殺しちゃうよ〜♡』


 ひどく楽しそうな声が響いた次の瞬間、破壊の塊が降ってきた。

 カインは敵の少女が持つ巨大なメイスを避け、距離を取った。しかし一定以上の距離を取ろうとすると、もう一人の少年が放つ光弾がそれを許さない。


「チッ」


 殺意は感じない。どうやらカインに当てる気はさらさらないらしい。あくまで少女が気持ちよく戦うためのお膳立てをしている。そんなところだろうか。


「おいお前、根暗って言われるだろ? 射撃から陰湿さが滲み出てやがるぜ」

『……』

「満点の回答だ」


 カインはそう言うとすかさずシャムロックの引き金を引いた。しかし外神機フォールギアの力で天使と虫を掛け合わせたような鎧を纏い、6枚羽を展開したトレイはまるでオニヤンマの如き素早い動きと姿勢制御で彼の弾丸を軽々と避けてみせる。


(速ぇ……スレイプニールと同じくらいか?)


 トップスピードに到達するまでのタイムラグが恐ろしく短い。ほとんどワープと変わらない速さでトレイは空中を自在に飛び回る。


『ホラホラ余所見してていいの!』


 ケイトが操るラージメイスの表面がスライドし、複数の銃口が露になった。


「ッ!!」


 ケイトは嬉々として発砲中のラージメイスを横薙ぎに振るう。無数の弾丸はまるで鞭のようにしなり、地面もコンクリートも構わず削って周囲の建物を丸ごと刈り取ってしまった。


『……ありゃ、死んじゃった?』

『満足できた? ケイト』

『冗ッ談! まだまだ遊び足りない! 殺し足りないよぉ~!!』

『ッ……ケイト! 後ろ!!』


 カインの存在にいち早くトレイが気付いた。だがもう遅い。粉塵を切り裂き、魔装

刃神Crazy Edgeを纏ったカインの大鎌がケイトの喉元を切り裂いた。


『あ、が……ッ………………なーんてね!!』

「ッ!?」


 驚く暇もなく、お返しとばかりの重い一撃がカインを襲う。


「ぐ……ッ、何が起こりやがった?」


 その答えはすぐ近くにあった。カインは周囲に起きたある変化に感付く。


(瓦礫……金属が反応してやがるのか?)


 触れてもいないのに周囲の物体が小刻みに震えている。何かに反応しているようだ。カインは咄嗟に思いついた自分の仮説を証明するため、ケイトに向けてシャムロックの引き金を引いた。

 だが――


『無駄無駄ぁ~。私にチャカは効かないよーだ!』


 その言葉通り、は彼女に直撃する手前で失速し、やがてあらぬ方向へと飛んで行った。


(磁力じゃない……斥力か)


 反発する力。彼女はそれを自在に操れるらしい。先程の不意打ちもその力で逸らされたのだろう。

 だが今問題なのはそこではない。あれだけ強力な力を彼女が何の媒体も無しに、かつ意思一つで扱ったことだ。


(あいつらが使ってるのは魔具アストラじゃない。魔術の痕跡もない。なら残るは――)


「テメェらのその目……確か『ルーンの腕輪』とかいう魔道具と同じだな。魔法使いってやつか?」

『魔法使い? 何それ? あー、この便利な力のこと?』


 ケイトは自身の手の中で浮く石ころを弄ぶ。


『まぁまぁそんなのどうだってイイじゃん。どうせただの暴力には変わらないんだしさ!!』


 そう叫んだ彼女はカインにその石ころをポイっと放った。斥力を受けて速度が何十倍にも増大した石ころは空気摩擦で発火し、火炎弾へと早変わり。着弾と同時に周囲に引火し、激しい爆発を引き起こした。


『アハハハハ!! 見て見てトレイ! 綺麗な花火!!』

『いや、あれはただの爆撃……』

『風情がなーい』


 軽口を叩きながら、二人はその場からジャンプで離れる。魔装を銃神Noisy Barrelに切り替えたカインの魔弾を避けるためだ。


『うっわ何それどうなってんの? 二段構えとかイカすじゃん! 私も真似しちゃお……Carnage 2 ... Activate!!』


 さらなるコード。ケイトの


『ひしゃげろ世界!!』


 彼女は右手で空を掴むように振り上げると、それを一気に振り下ろす。直後、目に見えない、しかし確実に存在する力がカインの足場を容赦なく粉砕した。


(斥力を飛ばしやがった!? いや、そんな事より何だこの規模……まるで――)

『つっかまーえた♡』

「ッ!?」


 いつの間にか距離を詰めていたケイトが逃げ場のない空中でカインの右腕を掴む。


『まずはその妙な右腕を引っこ抜いて――が……ッ!?』


 言葉が終わるよりも先に少女の体が掻き消えた。


『ッ……ケイト!?』


 斥力で守られているはずのケイト自身が、まるで弾丸のような速度で瓦礫の山へと一直線に突っ込んでいったのだ。


「何が……」

「よぉ、さっそくおっぱじめてんな、カイン・ストラーダ。やっぱテメェはそうじゃねぇとな」


 その言葉は、その足音は、否が応なく周囲の気温を昂らせる。

 男が持つ外なる力ゆえに。


「……タウル」


 狂犬の殺気に引き寄せられた獄炎の魔人がニヤリと笑う。

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