第165話 深淵の火種 -Will be fire-
・1・
「~~♪」
光の届かない通路に音が反響する。それは誰かが鼻歌交じりに靴音を鳴らす音だった。ある者にとっては無自覚な期待を表現し、またある者にとってはただただ終わりを待つ。そんな絶望の音だ。
「よー、お前ら。元気にしてたか?」
ふざけた兎の面を付けたスーツ姿の男は重々しい扉を開いて声を張り上げる。
男の名はジョーカー。一夜にして
「アハハ、ジョーカー様だぁ……♡」
「……」
彼の前には両手両足を鎖で繋がれたみすぼらしい姿の少年少女たちが並んでいた。しかしその中で声に反応したのはたったの二人だけだ。
「【
ジョーカーはそう呟くと、虚空を切るように右手を一文字に振る。すると二人を拘束する鉄の鎖がいとも簡単に砕け散った。
「ッ、アハ……アハハッ! 動く……体が動くよ!」
「……何の真似ですか? 俺たち出来損ないは廃棄処分のはずでしょ?」
少女は久方ぶりの自由を歓喜し、少年はジョーカーの行動を訝しむ。まるで対照的な二人の反応があまりにも予想通りだったため、ジョーカーは兎面の下で顔を綻ばせていた。
二人はジョーカーと同じ『
唯一の成功例であるメアリー・K・スターライト。そしてその能力を買われ、例外的に活用されているジョーカー。彼らはそのどちらにも該当しない完全な失敗作。精神が壊れるのが先か、それとも生命活動が停止するのが先か。いずれにせよ待ち受ける未来に光などない。
わざわざジョーカーがここまで足を運んだのは、そんな彼らに会うためだった。
「まぁそう腐るなって。今日はお前たちにとっておきの話を持ってきたんだ。ほら、興味あるだろ?」
「ある!」
「……」
ケイトと呼ばれた少女は素直に片手を上げる。そんな彼女を見て、隣の少年——トレイは小さく溜息を吐いた。それを承諾と取ったジョーカーは彼らの前で両手を大きく広げてこう言った。
「喜べ、同士諸君! 死に方を選ばせてやる。俺にこき使われるか、ここで絶望的に退屈な余生を過ごすか。好きな方を選べ」
それは既に確定した未来というちゃぶ台をひっくり返す、
・2・
「嫌なのだ」
そう言って
「何でよ!? ユウトと関係持っておいた方が何かと便利じゃない!」
「潤沢な魔力。全力出し放題。当面生きるのに困らないよね~」
「……言い方」
事情を知らない人間が言葉通りに受け取れば誤解待った無し。そんな
実際、既に
どうやら
「嫌だー! 嫌々なのだーッ!」
「あんまり駄々をこねるようなら
「はぁ!? おま……ッ!?」
「うむ、末永くよろしくでござる」
「あ、あぁ……」
屈託のない笑みを浮かべる
言い方は良くないが誰かが手綱を握らない限り、いずれこの世界は
「……うぅ……」
しかし彼女はお気に入りのおもちゃを取られて今にも泣き出す幼子のような目でユウトを睨みつけている。非情にマズい。
「
「うるさいバーカ! バーカ!!」
「ユウト、ここは僕に任せて」
「フラン?」
フランドール・カンパネリア。
新たにユウトの眷属に加わった彼女は自信満々の笑みで腕組みをしていた。
「ちょっとお耳を拝借」
「ん? 何なのだ?」
「コショコショ……」
「ッ……フ、面白いのだ。その話、乗った!」
彼女に何を吹き込まれたのか、さっきまでの嫌々から一転。
「なぁ、何を吹き込んだんだ?」
「ズバリ、決闘だよ!」
「……はい?」
指で拳銃の形を作ってそれを顎に添え、キメ顔でウィンクするフラン。彼女の提案はこうだ。
ユウトと
「でも……」
結果、どちらに転んだとしてもわだかまりが残る。強制とはそういうものだ。お互いが納得するという最も難しく、最も重要なフェーズを無視して結果だけを求める行為。
果たして本当にそれでいいのだろうか?
「大丈夫、たぶんユウトなら正面からぶつかれば分かると思うよ。
「言葉にできない、本当の気持ち……」
単なる好き嫌いや我儘ではない。そこにはもっと別の理由があるのだとフランは確信しているように見えた。
「うん。きっとそれは僕が教えるより、ユウトが気付いてあげることが重要なんだ。僕にそうしてくれたように」
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