第6章 黄金闘国 エデン -The singularity of Eden-

Prologue 争奪戦開幕 -Crossing desire-

「ヒュー♪ あれが噂の黄金樹か。おもしれぇ」

「ホッホッホ、あれほどの魔力であれば次なる大聖刻シリウス・クレストの贄としては十分でしょうな」


 魔人タウルは獰猛な瞳で空を覆う黄金の大樹を見上げていた。その隣にはもう一人。燕尾服に身を包んだ初老の男性——魔人シャルバも同行している。


「醜悪の極みだな」


 そんな二人の背後で魔人の首魁ザリクは憎悪と不快感の入り混じった声で毒づいた。まるでこの世のありとあらゆる奇蹟を凝縮したかのような神聖な輝きを誇るそれを、彼女の暗い隻眼には全くの別物として映っているようだ。


「ザリク、随分とご機嫌斜めじゃねぇか?」

「当たり前だ。この世ならざるあの魔性の輝きは、あくなき欲望の羽虫をこの地に引き寄せる。何より私自身がその一匹であることに吐き気を催さずにはいられない」


 からかうようなタウルの言葉にザリクはさらなる不快感を露にする。


「フン、まぁ難しいことはよく分かんねぇけど、これでも喰って少しは落ち着けよ」


 タウルはそんな彼女の溜飲を少しでも下げるため、持っていたリンゴを放り投げた。片手でそれをキャッチした彼女は真っ赤に熟れた果実におもむろに目を落とす。ひどく冷めたまなざしで。


「ザリク様、ご命令を」


 シャルバは主の前で片膝を付き、恭しくこうべを垂れる。一方タウルはというとそれに倣いこそしないが、彼女の言葉を今か今かと待ちわびていた。

 ただ一言。それだけで状況はひっくり返る。



「好きに暴れろ」



 淀みのない口調で魔人の長はそう告げると、ゆっくりと手を伸ばし掌の上に乗せた赤い果実を無表情に眺める。その姿が遥か遠くにそびえ立つ黄金樹と重なるように。


「お前たちの闘争があの大樹を否が応でも昂らせる。私が求めるのはその果てにる果実だけだ。あとはどうでもいい」


 その言葉に呼応するように果実は色を無くし、ボロボロと崩れ去っていった。


「あれを喰らうのは……この私だ」


 あとに残った虚空を握り潰し、ザリクはそう言い放つ。

 そのときにはもう従者たちの姿は消えていた。陽炎の如く、これから始まる数多の死闘に吸い寄せられるかのように――

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