第164話 新しい居場所 -Who I am-

・1・


「あ、ユウト! こっちだよー!」


 ユウトの姿を見つけたフランは元気に手を振って彼らを迎えた。明娘メイニャンたちには夜禍ヤカを止めるために先行してもらっていたが、どうやらその判断は正しかったようだ。


「うぅ……われ、は……」

夜禍ヤカーッ! ボクだよ分かる!?」

「ごべ……ッ! く、苦しい、のだ……明娘メイニャン

「うむ、意識はしっかりとしているでござるな」


 フランと翠蘭スイラン。そして急遽二人に加勢した明娘メイニャン神深シンシンの奮闘により、無事に夜禍ヤカの暴走を抑えることに成功。ただ正気に戻ったばかりで思うように体の力が入らないのか、彼女は感極まった明娘メイニャンに為すがままにされていた。


「じゃあとりあえずこれ、付けとくわね」

「ふぇ?」


 しかしそんな感動の時間も束の間、神深シンシンは銀のアクセサリのようなものを取り出すとそれを夜禍ヤカの胸元に当てた。するとアクセサリは眩い輝きを放ち、彼女の両手両足を拘束する鎖へと早変わり。


「な、なんじゃこりゃあ!?」

「私が持たせた拘束術式だ。誰彼構わず暴れられると厄介だからな」

「ふっざけんな! これではご飯も満足に食べられないのだ! 泣くぞ? 一度泣けばめんどくさいと定評のあるわれだぞ!」


 突然の拘束に文句垂れ垂れの夜禍ヤカ。しかし残念ながら彼女以外誰もリュゼを批難する者はいなかった。


「ねぇユウト君、大丈夫? さっきの魔法。あれって――」

「まるで魔具アストラのようだった、とでも言いたげだな。橘燕儀たちばなえんぎ


 リュゼに先回りされ若干眉をひそめながらも燕儀えんぎは頷く。

 元々ユウトの魔法は他者の理想を具現化し、それを武器とするものだった。その点は今までと変わっていない。しかし先ほどの炎の大剣はそれ以上の何かを秘めていた。燕儀えんぎ理想メモリーだけでは説明できない何かが。


「実際そうかもしれない。今までずっと俺の中で掴めなかった強すぎる力をようやく形にできたというか……」

「ユウト様が魔具アストラを……?」


 真紀那まきなの言葉にユウトは小さく頷いた。

 かつて原初の魔道士ワーロックアベル・クルトハルは神殺しの末にその権能を簒奪し、魔具アストラという形に出力した。今回ユウトが召喚した獣であり武具であるそれにもほぼ同じ性質が宿っている。違うのはその中に込められたものだ。


「人の理想を束ねて紡いだ名もなき神。それに武器という概念やくわりを与えたお前だけの魔具アストラ。さしずめ魂奏具アルマ・レムナントといったところかしら?」

魂奏具アルマ・レムナント……」


 リュゼの言う通り、あの時ユウトが出力したのは元々彼が内包し、御しきれなかった数多の理想大いなる一――この世界で神と定義されるものに限りなく近い人の力だった。その強すぎる力を制御するための核として眷属である燕儀えんぎのメモリーを使い、ユウトは『真緋の灼牙アル・アサド・ルフス』という新たな神を創造した。


「神を創る……そんなことが可能なのでしょうか?」

「不可能、とは言い切れないと思うけど……実際できちゃってるし」

「元来、神を形作るのは人の総意ねがい。信仰というやつだ。望まれるからこそ神は神たり得る。その意味では理に適っているな」


 そこにあるのは理想という名の確かな人の意思。

 成り立ちは違えど神が人の願いから生まれるものであるのなら、あれを魔具アストラと呼んでも過言ではないはずだ。

 人という不完全かのうせいが織りなすユウトだけの神具——魂奏具アルマ・レムナントと。


「とにかく積もる話は後だ。まずはここを出よう」


 ユウトの言葉に皆が頷いた。崩壊寸前の箱庭に長居する理由はない。

 ただここで一つ、当然の疑問が浮かび上がる。


「ユウト、何か脱出の策があるでござるか?」

「これでもボクたち今までかなり色々試してきたよ? 全部失敗に終わってるけど」

「そもそも出口なんてあるの?」


 魔神たちの懸念はもっともだ。おそらく本来出入口として機能していたのは明羅あきらが使役するアステリオスだったはずだ。実際、リュゼ達があれを追い詰めることでここまでやって来た経緯もある。

 明羅あきらが去った今、その出口を自由に作ることは叶わないが、そもそもアステリオスの権能は空間を操作して迷宮を構築するもの。ならばこの箱庭自体が一種の超巨大迷宮ラビリントスである可能性が高い。

 出口のない迷路は迷路とは呼ばない。新たな出口を作ることはできなくても、最初に作られた出口が必ず存在するはずだ。


「ギリシャ神話の大迷宮には有名な脱出方法が二つある。一つは英雄テセウスの糸を使った方法。そしてもう一つは——」

「フフ、もう検討は付いているみたいね」


 答えを察したリュゼの前でユウトは再び真緋の灼牙アル・アサド・ルフスの大剣を呼び出す。


「そこだッ!!」


 そして焼け落ちて無機質になった空へ再び業炎の斬刃を放った。



・2・


 もう一つの脱出方法。それは空からの脱出だ。

 神話において幽閉されたダイダロスとイカロスは空を飛ぶことで迷宮を逃げ出したとある。つまり出口は空——正確には箱庭の障害物そらに隠されたさらにその向こう側だ。ユウトの魔法で虚飾の空を完全に焼き払ってしまえば、出口を見つけるのは簡単だった。


「ここが……外の世界……」


 夢にまで見た本物の世界。

 そこに足を踏み入れたフランはただただそのあり様に言葉が追い付かなかった。


「んー、思ったより普通なの……もごっ!?」

「人の感動に水を差すのは悪い子のすることでござるよ?」

「もごー! もごごっ!?」


 魔神三人がかりで抑え付けられる首領。まだ出会ってそんなに経っていないが随分と懐かしい光景に思える。


「フラン、これからどうするんだ?」

「僕は……」


 ユウトの問いに答えを出せないフラン。今までどこまでも広がる外の世界は彼女にとって夢物語でしかなかった。思いを馳せるだけでその先なんてない。だから想像さえできなかった。


「もし決めれないなら、俺たちと来ないか?」

「え……ユウトたち、と?」


 ユウトはそっと彼女に手を伸ばした。しかしその手をリュゼが掴む。


「待てユウト、分かっているのか? そいつは――」

「分かってます。けど彼女は神凪明羅かんなぎあきらじゃない」

「……」


 リュゼの立場を考えればここで止めるのは当然だ。だけどユウトだって生半可な思いで手を差し伸べたわけではない。彼はゆっくりとリュゼの制止を振りほどき、フランの前に立った。


「ここはもう坩堝るつぼじゃない。誰もが自由に生きられる世界だ。だからフランも自分の人生を生きて欲しい」

「僕の……人生」


 フランは恐る恐る自分の手を見つめた。その手は自分であって自分ではない。全て神凪明羅かんなぎあきらのパーツに過ぎない。

 では自分は何者か?

 そう問いかけた時、返ってくるのはいつも彼女の成り損ないだという事実。どんなに自分を着飾っても、どんなに自分を取り繕っても、結局それには抗えない。

 だから自分が見えない。だから声が聞こえない。

 フランドール・カンパネリアなんてこの世界のどこにも存在しないから。

 そんな幽霊みたいな自分がはたして人の生を歩んでいいのだろうか?


「……僕、人間じゃないよ? 化け物が人間として生きていいの? 怖く……ないの?」

「魔神とだって仲良くなれたじゃないか。それに人間じゃなくてもお互いを理解することはできる。俺とフランがそうだろ?」

「……ッ」


 分かり合うこと。そこに人間であることは関係ない。

 重要なのは差し伸べたこの手を取れるかどうかだ。


「俺はもっと君と仲良くなりたい。フランはどうしたい?」


 その言葉を聞いた瞬間、彼女は自分の中で何かが湧き立つのを感じた。


(あれ? なんか、胸が熱いや……何だろう、これ?)


 ドクドクと心臓が脈打つ音。何ら不思議ではないその鼓動はひどくうるさくて、それでいてどこか心地よい。けれど、


 ――自分は何者か?


 今ならきっと違う答えが言える気がした。

 自分が本当はどうしたいのか。心の底から湧き上がるその答えを。



「僕は……ユウトと一緒にいたい! ずっとひとりぼっちだった僕がみんなと仲良くなれたのはユウトのおかげだから! これでお別れなんて嫌だ……ずっと、ずっと一緒に……ッ!」



 フランが心からの願いを叫んだその時、彼女の右肩に淡い光の刻印が浮かび上がった。


「ウソ、あれって眷属の刻印!?」

「新しい眷属……色々すっ飛ばしましたね」


 同じ刻印を持つ燕儀えんぎ真紀那まきなが見間違えるはずがない。正真正銘、今この時よりフランはユウトの眷属に加わったのだ。


「僕が、ユウトの眷属……エヘヘ、これでずっと一緒だね」


 出来損ないでも化け物でもない自分。望んで止まなかった問いかけの答えをようやく手に入れた彼女の顔は太陽のような満面の笑みで溢れていた。


「これからよろしく、フラン」

「ッ……うん! ユウト、だーい好き!!」


 胸の高鳴りをそのまま表現するかのようにフランはユウトの伸ばした手を飛び超え、全身で彼に抱き着いた。

 もう化け物なんてここにはいない。

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