第162話 理想を叶える力 -Elysium-

・1・


「ッ……!?」


 突然唇を奪われたユウト。リュゼは構わず彼の首に両腕を回し密着する。

 あまりに唐突すぎて呆気にとられていたが、すぐにユウトは自身の体に起きたある異変に気が付いた。


「あ、れ……どうして……?」

「……上手くいったか」


 驚くほど意識がはっきりとしている。体力はおろか、精神力も。さらにユウトの体を蝕み続けていた外神機フォールギアの亀裂さえも綺麗さっぱり消えて無くなっていた。それだけではない。体の内側から際限なく力が溢れ出てくる。

 この感覚はまるで――


「これ、ワーロックの……」

「それはお前が本来持っていた力の半分。2年前にお前と五分の眷属契約を交わした際に私の中に封じた魔力よ」

「ん? 眷属? え……俺、知らないんだけど……」

「言ってないもの」


 さらっととんでもない事実を告げられ目を丸くするユウト。しかしリュゼは特に気にする様子もなく飄々と続けた。


「些末な事よ。それよりその魔剣。今のお前ならどうとでもできるはず。さぁ、目を閉じて。意識を集中させなさい」

「……」

「閉・じ・ろ」

「……はい」


 言いたいことは山のようにあるが、今はこれだ。

 外神機フォールギア――ティルヴィング。

 これまで何度もユウトを救い、そして蝕んできた禍々しい短剣。リュゼに促されるまま彼はそれに意識を集中させた。脳裏に浮かぶ本当の姿を掴むために。


『よそ見してる場合か!!』


 態勢を立て直した真紅しんくが吼える。


『Crimson Charge!!』


 鉄牙の大剣を紅く染め、彼は荒れ狂う斬撃の血雨をユウト達に放つ。さらに炎、雷、水、三種の権能を刀身に喰わせ、


『Deadly Charge!!』


 グチャグチャに混ざり合ったドス黒い神気の濁流を二の太刀で放った。


『消えろ!!』


 さすがに避けきれない。

 いや、



『Set go beyond ——』



 それは世界を変える産声。

 魔剣はユウトの手により浄化され、一筋の光を放った。


『グ……ッ、アアッ!』


 光が弾け、衝撃が真紅しんくもろとも全てを吹き飛ばす。


『何が起こってやが……ッ!?』


 その答えは目の前にあった。

 真紅しんくを見つめる。美しくも儚い、けれど何よりも力強い理想の輝きがユウトのもとへと集っていく。


『何なんだ……お前はッ!!』

「吉野ユウト。蒼眼の魔道士ワーロックだ!!」


 漆黒から蒼銀へ。


『Idearise!!』


 まるで全身に血が巡るように純黒の魔道衣オルフェウスローブに星空が広がり、ユウトは復活の声を上げた。



・2・


 蒼眼の魔道士ワーロックとして再びその力を手にしたユウト。しかもただ取り戻しただけではない。その体には今までにない変化が起こっていた。


「すごい……力が溢れてくる。今なら何だってできそうだ!」


 失う前の比ではない。だが単なる能力の飛躍とも違う。

 言葉では言い表せない。けれど以前では叶わなかったことさえも今なら簡単に現実にできる。そういった確信めいたものがあった。


「もともとお前の魔力は酷く不安定だった。私でも肝を冷やすほどにな」


 リュゼの不安定という言葉にはユウトにも思い当たる節があった。それは理想無縫イデア・トゥルースを発現したばかりの頃、刹那にも指摘されたことだ。

 人の理想メモリーを束ねて『大いなる一』とする。見方によれば『神の意思』とも取れるその行為は、魔法を使用する度に人格を上塗りしていくような強烈な違和感を彼に与えていた。


「当然だ。魔道士ワーロックの枠組みさえも凌駕する蒼き瞳の魔力。人が現人神あらひとがみを超えるんだ。急激な変化に心身が追いつけるはずがない」

「だから俺の魔力を……」


 五分の契約を交わし、ユウトから魔力の半分を引き受けたことでその負荷は消えた。思えばあの違和感を感じなくなったのはリュゼとの修行を終えたあたりからだ。


(てっきり修行の成果だと思ってた……)

「お前の死を肩代わりして仮死状態だった魔力もこれで元に戻る」


 リュゼは心なしか色っぽく胸元を少し開き、自身の体に刻まれた眷属の刻印をユウトに見せる。するとその刻印は色褪せ始め、肌に溶けるように消失した。ユウトに封印していた魔力を返した事で契約が破棄されたのだろう。


「これで正真正銘、蒼眼の魔道士ワーロックとしての全力を振るえるわけだ。成長したお前はこの力をどう使う?」


 今となってははっきりと理解できる。何でも思いのままにできる。そう思えて堪らないほどの力。覚醒した3年前は瞬間的にその力を行使できていただけで、今ほどの安定感はなかった。


「俺は……みんなを守りたい。そのためにこの力を使う」

「……そうか」


 リュゼは小さく微笑み、ユウトから一歩離れる。

 ユウトはまず籠手に刺さった短剣を引き抜いた。


「エリュシオン……これが俺の新しい力」


 ティルヴィングを再構成リビルドして創造した『破滅』を『希望』に変える魔剣。誰の理想を結び付けるでもなく、これはユウト自身が真に望んだ理想の形だ。


「行こうか」


 ユウトはゆっくりと真紅しんくに向かって歩みを進める。そして――


『……ッ!? ぐぶ!!』


 彼の顔面に拳を叩き込んだ。空間を跳躍し、速度の地平を超えたその拳を前に真紅しんくは為す術もなく吹き飛ばされる。


『ッ……何、がは!?』


 間髪入れずに第二の拳が真紅しんくの腹を貫く。音速を優に超え、空気が爆ぜる衝撃で空へと打ち上げられた彼の体をすでに先回りしていたユウトの踵落としが地面に叩きつけた。さらにその巨体を引きずり、強引に研究所の壁に叩きつける。


『ふざけやがって!!』


 だがそれでも驚異的な再生能力と人を超えた身体能力を併せ持つ真紅しんくが倒れることはない。


『Deadly Charge!!』


 彼は鉄牙の大剣を振り回し、再び三種の権能で混沌をかき混ぜた。

 対するユウトは――


『なッ!?』


 あろうことかそれを素手で掴んでいた。回転する鉄牙は間違いなく手の中で荒れ狂っているのに、全く彼を傷つけることができない。


「言っただろ。今なら何だってできるって」


 そう言うとユウトは真紅しんくの大剣をいとも容易く握り潰す。そして空中で体を捻り、音速の回し蹴りを喰らわせた。



 ――自分が思い描く限りの理想を体現する。



 それがユウトが望んだ理想無縫イデア・トゥルースの先にあるもの。

 理想の自分を創造する力だ。


『Get ready for innovation!!』


 ユウトは思うままにエリュシオンに燕儀えんぎのメモリーを装填し、さらにそれを理想写しイデア・トレースの籠手に突き刺す。

 そしてその真名を高らかに宣言した。


「焼き尽くせ! 猛き炎を纏う紅蓮の王。真緋の灼牙アル・アサド・ルフス!!」


 次の瞬間、彼の目の前に星が落ちてきた。


『ッ……何!?』


 顕現せしは燃え盛る炎のたてがみを持つ巨躯の赤獅子。

 ユウトが思い描く勝利の形。それが命を得た瞬間だ。


「行けぇぇぇ!!」


 赤獅子は咆哮するとその爪で真紅しんくの鎧を紙切れのように引き裂き、後ろ足で宙に蹴り上げる。


『う、あああああああああああ!!』


 さらにユウトは赤獅子に跨り空へと跳躍。フランと翠蘭スイランが対峙していた暴走状態の夜禍ヤカの黒嵐の翼を炎牙で噛み砕いた。


「ユウト!?」

「そのまま抑えててくれ! あいつからみんなの魔具アストラを取り返す!」


 ユウトは二人にそう告げると、再び上を目指す。

 空へと舞い上げられた真紅しんくはすでに炎翼を広げ態勢を立て直していた。彼は雷の矢と鋼の雨を射出してユウトを撃ち落とそうとしたが、ユウトが召喚した赤獅子の炎が結界となって全てを焼き尽くす。


『チッ!』

「これで終わりだ! 真紅しんく!!」


 ユウトは籠手に刺さったエリュシオンを再度奥に押し込む。すると無尽蔵の魔力が全身を駆け抜け、それに共鳴するかのように唸り声と共に赤獅子の姿が紅蓮の長剣へと変化した。


『Beyond Overdrive!!』


 神剣はただの一振りで夜空を赤く染め上げ、その熱で大気を陽炎のようにぐにゃりと歪める。


「はあああああああああああああああああ!!」


 絶えず刀身から莫大な炎を噴出し、流れ星のように空を駆けるユウト。

 あらゆる障害をものともせず、一瞬の閃光が真紅しんくの胸を貫いた。

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