第133話 裏の裏の裏 -Mind games-

・1・


「チッ……野郎、徹底してやがる」

「えぇ」


 カインとセドリックは背中合わせで次の襲撃に備えた。

 徹底した潜伏と狙撃Hide & Shot。それが処刑人ヘッズマンの戦術だ。警戒している状態なら、一度の狙撃でカインは敵のおおよその位置を割り出せる。だが——


「一度に放たれる矢の数はおよそ100といったところでしょうか?」

「あぁ、。実際にこっちの急所を狙ってるのはせいぜい4〜5本だな」


 一本一本が不規則な軌道を描く魔力の矢。決して見極められないほどではないが、おそらく重要なのは矢そのものではない。

 狙撃とは本来、一撃必殺。相手を意識の外側から仕留めることが前提の行為だ。故に何度もできるものではない。セオリー通りなら、最初の一本目をカインに防がれた時点で処刑人ヘッズマンの敗北となる。

 だが、彼が扱う大弓の魔具アストラウルはそのセオリーを覆す。


「ブラフ全てが転移の矢。しかしそこに紛れ込んだ致命の矢を無視できない以上、向こうの位置を追いきれない」

「あぁ、単純だがそれだけに厄介極まりない」


 着弾点に瞬時に移動できるウルの転移の矢。

 矢を放つ度に処刑人ヘッズマンは狙撃ポイントをランダムに変える。彼が今どこにいるのか分からない以上、『意識の外側から』という前提条件は何度でも成立してしまうことになる。


「私が囮になる、という手もありますが……」

「あの爺さんがそれを見抜けないほど耄碌もうろくしてることを願うってのか? 冗談じゃねぇ」


 セドリックの提案をカインは即座に却下する。仮に実行したとしても、向こうは狙撃と転移を同時に行っている。二つとも防がなければ意味がないからだ。それに転移の他にも厄介な能力を隠し持っている可能性も否定できない。


「まずは爺さんを俺たちの前に引きずり出す。接近戦に持ち込めば勝機はある」

「ですが、一体どうするのですか?」

「……あの野郎の口車に乗るのは癪だが」


 カインはシャムロックの銃口を右掌に当て、引き金を引いた。


「魔装・銃神Noisy Barrel


 伊弉冉いざなみの白き鎧を瞬時に纏ったカインは、魔装で強化されたシャムロックに白銀のロストメモリーを装填した。


Sandalphonサンダルフォン ... Full Loading』


 すると彼の背中に二対の鋼翼が顕現する。そうしてカインはシャムロックを正面に構え、静かに目を瞑った。


「……」


 神凪絶望かんなぎたつもから受け取ったこの『サンダルフォン』の権能については事前に調べてある。その結果、大きく分けて三つの能力があることが分かった。その中でも今彼が欲したのは――


「そこだ!!」


 二時の方向。300m先。

 常人の理解を超えた感覚センスが迷いなくカインにトリガーを引かせた。



・2・


「ッ!?」


 敵を仕留めるため、淡々と弓を引き続けてきた処刑人ヘッズマンが初めて動揺を見せる。即座に射撃体勢を崩し、逃げるように左に転がる。すると一秒前に彼がいた場所をカインの魔弾が通り抜けた。


(ワシの位置を……偶然か? いや——)

「見つけたぞクソジジイ!」

「ッ!?」


 処刑人ヘッズマンの正面に鋼鉄の翼を駆って現れたカインが銃口を向ける。彼は放たれた魔弾に向けてウルの矢を放った。魔弾と魔矢が衝突し、激しい光が炸裂する。しかし魔装で強化された魔弾の威力に押され、処刑人ヘッズマンの体は10m後方に吹き飛ばされてしまった。


「く……ッ、なるほど。さすがは魔遺物レムナントと言ったところか。それにもう一つ……それは、だな?」

「……その目、やっぱりまだ隠し持ってやがったか」


 お互いに奥の手を晒してしまった。

 カインのサンダルフォン——彼が使った権能は『未来視』。五秒先の未来を見ることができる力。であれば狙撃前に処刑人ヘッズマンの位置がバレたのも納得がいく。

 対してその権能だけでなく、カインの魔装まで見抜いた処刑人ヘッズマンの奥の手。それはウルが内包するもう一つの権能——『あらゆる恩寵を受けし者』。所有者の望むスキルを一つ付与するその力で彼が得たものは、敵の戦力を瞬時に把握できる真理眼だった。視覚で捉えさえすれば、相手の武装から行動パターンにいたるまで全てを丸裸にできる優れものだ。


「……」

「……」


 両者、口を閉ざす。次の一手を探っているのだ。

 ここまで接近されてしまった以上、処刑人ヘッズマンの狙撃は封じられたも同然。しかしそれを想定していないほど彼は愚かではない。

 処刑人ヘッズマンの指が大弓の弦に触れる。するとカインが即座に動いた。五秒先の未来を見たのだろう。だがそれでいい。

 彼はカインが見た未来に沿うように動き、そして矢を放った。しかし当然それが当たることはない。矢は最小の動きで避けられ、装甲を纏ったカインの右腕が仕留めにきた。だがその時——


「ッ……何!?」


 処刑人ヘッズマンの姿が目の前で消えた。さらに間髪いれずカインの足元が破裂し、階下から無数の魔力矢が空へと消えていく。


「ぐ……テメェ……ッ」


 さすがに矢の雨を全て避けきることはできず、カインの右脇腹と左肩に鎧を僅かに貫通した矢が刺さっていた。


「未来視とはいえ視覚は視覚。お前自身が認識できないものは対象外と見える。ならこちらにも戦いようはある」


 処刑人ヘッズマンのやったことは至極単純なことだった。今立っているこの建物のすぐ下の階に刺さっていた転移用の矢に移動しただけ。それは先の狙撃に併せて広範囲にばら撒いた内の一本だった。存在固定にも魔力を消費するため多くは残せないが、常に五本程度は緊急避難用にストックしていたのだ。


「それに今の攻撃を予期できなかったということは、その力にもインターバルがあるようだな」

「……ッ」


 10秒……いや、ここは6秒と考えるべきだろう。

 何にせよこの間だけは自分の動きが読まれることはない。処刑人ヘッズマンはそれを確信する。


「……これで終わりだ」


 次の予測からさらに6秒。その間に仕留めればいい。


「ハッ……焼きが回ってんのか爺さん? ご自慢の狙撃を封じてやったんだ。戦いようが変わったのはこっちも同じなんだよ!」

「何——」


 その時、音もなく処刑人ヘッズマン


「!?」


 一瞬、彼の視界は真っ白に染まる。だが持ち前の精神力で途切れかけた意識を強引に手繰り寄せ、すぐに別の転移矢に飛んだ。


「ぐ……ッ」


 建物を支える柱に背中を預け、彼は息を整える。同時に常備していた鎮痛剤を投与し、左腕と口を器用に使ってかろうじて残った右肘より上を縛り出血も止めた。


「……今の狙撃」


 敵は二人。もちろんセドリックを忘れていたわけではない。彼の位置は常に把握していた。というより、。今思えばカインに不意を突かれ、追い詰められたことでそれを疑う余裕がなかった。

 だから今更ながらに気づいた。


「あの時の……」


 三人目の敵が潜んでいたことに。



・3・


『目標、命中しました。お見事です』

「ううん。頭を狙った。でも咄嗟に避けられた」


 通信越しに送られてきたセドリックの賛辞に対し、リオ・クレセンタは素気なく応える。そんな事よりも彼女には腑に落ちないことがあった。


「どうして魔犬部隊うちの回線を知ってるの?」


 リオをこの場に招き寄せ、カインが釘付けにしていた処刑人ヘッズマンの正確な位置を伝えたのはセドリックだった。その際、彼はどういう訳か外部の人間が知るはずのない魔犬部隊メイガスハウンドの専用回線を使用したのだ。


「……今はその質問に答えている時間は無いようです」

「……」


 彼の言う通り、遠方では眩い光が炸裂していた。今しがた仕留め損ねた処刑人ヘッズマンが再び動き始めたのだ。


「B-Rabbitはシーマの仇。だからこの場は協力する……でも後で理由は吐いてもらう」


 リオはそう宣言すると、再びネルガルを構えた。

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