第134話 処刑人 -The old avenger-

・1・


 あの日、老人は家族を失った。


 永きを共にした愛する妻、最愛の娘にその夫。そして生まれて間もない孫娘さえも。全て。

 きっかけはとある無差別テロだった。爆弾を持ったテロリスト数名が地下鉄を占拠し、そして最後には大勢を巻き込んで自爆した事件。彼らには決して明確なターゲットがいたわけではない。詰まるところ誰でもよかったのだ。ただ己の身勝手な思想のために不特定多数の人間を巻き込んで、社会全体に不安という名の亀裂を広げたかっただけ。


 そんなくだらないエゴに老人の家族は巻き込まれてしまった。

 たまたまあの時間、あの場所に居合わせてしまったがために。


 運が悪かったと言えばそれまでだ。この世界は常の不条理。時間も場所も問わず、誰のもとにも不幸は突然やってくる。しかしだからと言ってそれを納得できる人間が一体この地球上にどれだけいるだろうか?

 少なくとも老人には無理だった。彼にはもう、復讐を否定してくれる理由さえ残されていなかったから。


 もはや奪われたものを奪い返すことは叶わない。

 だが、これからも奪い続ける害虫共を駆除することはできる。


 だから老人は自分に残ったもの全てを捨てた。

 祖国のために軍人として生きた輝かしい経歴。

 家族との幸福な思い出。

 自分の名前そんざいさえも。


 己の余生全てを捧げてでも、テロリストを一人残らず駆逐する。たとえそのために自分自身が同じ外道に身を堕とそうとも……必ず。

 それがB-Rabbitの処刑人ヘッズマン――復讐に身を焼かれ続けた男の成れの果てだ。



・2・


「来ます!」


 セドリックのその声に、カインと遠方のリオは身構えた。

 直後、光の柱が天を貫く。


「……ッ」


 凄まじい魔力……いや、プレッシャーがカインの全身を強張らせる。そして——


「避けろ!!」


 5秒先を見たカインが叫ぶ。

 次の瞬間、光に貫かれた天より数多の光矢が降り注いだ。それはまさに光の豪雨。下で戦う黒白どちらの騎士たちも構わず巻き込んで、光矢は辺り一帯を余すことなく焦土へと変えていく。

 それから豪雨は30秒ほど続いた。咄嗟にサンダルフォンの鋼の両翼を防壁にすることで、カインは自分自身とセドリックを守り切ることができた。残念ながらリオについてはここからでは分からない。


「……ッ、光の柱が」


 矢の豪雨が止むと共に、気付けば光の柱は消えていた。


「野郎……ッ!!」


 その時、カインの背筋が凍りつく。未来視を使わなくても分かる。だから見るよりも先に彼は背後に向かって引き金を引いていた。

 直後、ガギンッ! と魔弾が弾かれる甲高い音が鳴り、同時に何かが頬を掠めた。


「な……ッ!?」


 カインは驚愕する。ほんの数秒たらずで背後に回られたことにではない。そんなのは今更だ。むしろ彼が驚いたのは視界に捉えた敵の姿だった。

 飛行ユニットを備えた漆黒の戦鎧。おそらくはこれがウルの魔装。

 全長は2mを優に超え、一切の無駄を削ぎ落とし、洗練された機能美のみを追求したその姿はまるで軍用パワードスーツを彷彿とさせる。

 しかし何よりもまず驚くべきは——


(ライフルだと!?)


 処刑人ヘッズマンの新たな得物が火を吹き、螺旋回転する魔弾が放たれる。カインは咄嗟に右腕をかざしてありったけの魔力障壁を展開した。


「ぐ……ッ!!」


 致命傷こそ免れたが、セドリックもろともカインの体を吹き飛ばすほどの強烈な衝撃が全身を貫く。


「ッ……大丈夫ですか!? 申し訳ありません。私を守るために」

「気にするな。どの道今のはああするしか防げなかった。それにしてもジジイの武器……何で弓がライフルなんてもんに」

「魔装は所有者の適性に合わせ最適化されると聞きます。処刑人ヘッズマンにとってはあれが最も適した武器、ということなのでしょうね」


 銃を持つ権利が認められるアメリカならでは。いや、そうではない。処刑人ヘッズマンの卓越した技量を考慮すれば猟師、あるいは兵役経験者なのかもしれない。


「チッ……厄介な爺さんだ」


 カインは視線の先で宙に浮く鎧姿の処刑人ヘッズマンを睨んだ。

 とにかく今はあの魔装を攻略する事が最優先。新たな脅威となった魔装ライフルはもちろん、全身を包む鎧にもまだ見ぬ何らかの権能、あるいは兵装が隠されているはずだ。そして何より厄介なのはあの飛行能力。もとより着弾点に転移する能力があれば相手の意識の外側へはいつでも回り込める。その上で位置が割れたとしても、飛行能力は彼の逃げ道をさらに増やすだろう。むしろ今なら逃げずに自ら接近戦を挑む選択肢だってあるかもしれない。


「……お前たちに恨みは無い。だが、ここで消えてもらう。ワシの復讐のために」

「ハッ、聞けねぇ相談だ。テメェの事情なんざ知ったことかよ」


 カインは立ち上がり、リボルバーを構えた。そして視線を外さずにセドリックに問う。


「……狙撃手のガキは?」

「連絡はありません。ですがおそらく……」


 生きている。魔具持ちアストラホルダーならその可能性の方が高い。すぐに撃ってこないところを見るに、今は好機を窺っているといったところか。


「まぁいい。俺があいつを叩ッ切ればいいだけの話だ」


 いずれにせよここからは魔装同士の戦い。半端な援護を期待している余裕はない。そう割り切ってカインは大剣トリムルトを取り出し、自身の右腕に突き立てた。


「魔装・刃神Crazy Edge


 すると今までの白い鎧から一転、赤黒い魔力が彼を包み込み、その姿を死神の如き黒に染め上げていく。


「ほう……」

「第2ラウンドだ。その鎧、今から引っ剝がしてやるから覚悟しろ」


 黒き大鎌を肩に乗せ、カインは地を蹴った。



・3・


「来ましたか、魔犬部隊メイガスハウンド。であれば当然彼女も——」


 その先を答えるかのように、テラス席に座る帽子屋マッドハッターの目の前で地面が爆ぜた。爆発の中心に現れたのは黒い無機質な匣。それが開くと、中から碧い瞳を持つ金髪の少女が姿を現した。


「ようこそ、星付きの死神スター・リーパー。いえ、メアリー・K・スターライト。私は帽子屋マッドハッター。ジョーカーからあなたのお相手をするようにと仰せつかっております」

「御託は結構です。あなたにはここでジョーカーについて知っていることを全て吐いてもらいます」


 メアリーはベルヴェルークの先端を帽子屋マッドハッターに向けた。神槍の力についてはもはや説明は不要だろう。しかしそれでも彼は全く態度を変える様子はなかった。


「フフ、彼について知りたいのであればその叡智の槍を使えばいいのでは? 代償を払うことであらゆる『答え』を啓示する権能……私に聞くよりよほど正確だ」

「……」


 メアリーは黙り込んだ。

 言われなくてもそんなことはとうの昔に試している。何度も、何度も。

 なのにベルヴェルークはジョーカーの正体についてだけは——


「答えをくれない」

「ッ……!?」


 まるでメアリーの心の内を読んだかのように、帽子屋マッドハッターはそう呟いた。


「……どうして、それを」

「状況を見れば一目瞭然ですよ。それができていたなら我々の状況は180度変わっていた。というより、私はどうしてその槍が沈黙を貫き通すのか知っています。全てはジョーカーの計略ですから。何なら今ここでそれをお教えしましょうか?」

「……」


 取引なら応じるつもりはない。どの道、目の前の男はメアリーの仇敵だ。それに真偽の分からない情報に踊らされるほど彼女も愚かではない。


「ジョーカーの正体が分からない理由。それは――」


 だが、帽子屋マッドハッターはそんな彼女の考えを嘲笑うかのように、絶対にありえない『答え』を突きつけてきた。





「あなたはですよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る