行間4-2 -切り札-

「チェシャ、処刑人ヘッズマン、応答願います」


 帽子屋マッドハッターと呼ばれる黒と白のストライプシルクハットをかぶったスーツの青年はニューヨーク市内のとあるオープンテラスで通話をしていた。


「あなた、何でそんな場所でくつろいでるの?」


 ♥のキング――チェシャのその声は通信越しでも呆れているのがよくわかる。しかし帽子屋マッドハッターは特に気にする様子もなくこう答えた。


「木を隠すなら森の中って言うじゃないですか。あなた方と違って私は直接戦闘向きではないですから」

「隠れようとする人間がそんな目立つ格好をしていいのか?」


 もう一人。♠のキング――処刑人ヘッズマンは静かにそう言った。


「大丈夫ですよ。多様性を重んじるこの国において、私程度に奇異の目を向ける者などいません。それに……もうすぐの時間だ」


 辺り一面に充満する異様な熱気を感じ満足げに微笑みながら、帽子屋マッドハッターはテーブルに置いていたコーヒーを一口飲む。


「そんなことより首尾はどうなの? わざわざ連絡を寄越したくらいなのだからそろそろ私の出番なんでしょ?」

「えぇ、黒騎士ショゴスのデータは十分取れました。ここからは大掃除。次のイベントでは15000体の白騎士ルーカサイトが投入される手筈になっています。こちらはチェシャ、全てあなたの好きに使っていいとジョーカーから仰せつかっていますよ」


 帽子屋マッドハッターの報告にチェシャは満足そうに鼻を鳴らす。一方の処刑人ヘッズマンは相変わらず寡黙のままだ。


処刑人ヘッズマン、あなたには邪魔者の排除をお願いします。私がメアリーの相手に集中できるようにね」


 帽子屋マッドハッターは不敵に笑った。

 それもそのはず。彼はようやく『本来の存在意義』を全うできるのだから。


「……ジョーカーが創り上げたか」

「フン、金勘定だけの小賢しい参謀よりは幾分マシよ」

「ハハ、今回は誉め言葉と受け取っておきましょう」


 帽子屋マッドハッターは通話を続けながら支払いを手早く済ませ、カフェを後にする。


「どうかしくじることの無いように。でないと消えてしまうかもしれませんよ? 私と同じように、もしかするとあなた方もジョーカー創作物フィクションかもしれませんから」


 車道に出た彼は最後にそう言い残し、携帯端末をごみ箱に捨てる。そして熱気渦巻く人混みの中へと消えていった。

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