第131話 大掃除 -Triage-

・1・


 ――午後12時。


 市内に鐘の音が響き渡り、その瞬間は訪れた。


「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」


 怒号が一斉に鳴り響く。

 街そのものが振動するほどの雄叫び。それもそのはず。


 今、この瞬間から始まるのだ。


 力を与えられた名も知らぬ人々が一堂に会する『祭り』の時間が。


 ――壊せ。

 ――奪え。

 ――殺せ。


 虚構の体に宿る人の欲望が黒き泥の鎧に包まれ、各地で黒騎士ショゴスが召喚されていく。

 その数、およそ100万。


『お前ら、よく集まってくれた』


 突如、声が響いた。

 巨大な立体映像で映し出されたのは兎の面を付けた男――ジョーカー。この『祭り』の主催者にして、人々の悪意を扇動する者。


『さぁイベントタイムだ。ここまで生き残ったお前らに今日はとっておきの獲物ターゲットを用意してやったよ』


 ホログラムのジョーカーは遠方にある一際大きな建物を指差した。


『リングー社CEO、ギルバート・リーゲルフェルト。言わずと知れたこの国で最も影響力のある人間。つまり、お前らの大嫌いなこの退屈な世界の創造主の一人ってわけだ』


 ジョーカーの言葉に黒騎士ショゴスたちは一斉に声を上げる。彼らのほとんどはギルバートに対して何の恨みもない一般人だ。ただ単に欲望の捌け口として都合がいい。理由と呼べるようなものはそれくらいしかない。

 『叩いていい』という数に物を言わせた大義名分。

 何があっても自分は安全圏にいるという絶対の安心感。

 それらが彼らの理性を狂わせている。

 しかし、それもここまで。



『けど残念……



 そう言うと、ジョーカーはパチンと指を鳴らす。すると地面に光の魔法陣が描かれ、そこから黒騎士プレイヤーと全く同じデザインの白い騎士が一体召喚された。突然の事態に黒騎士ショゴスたちはざわつき始める。


『鈍いな。お前らは選ばれたんじゃなくて、炙り出されたんだよ』


 静かな……まるで鋭利なナイフで喉元を撫でるようなゾッとする声は熱狂を一気にどん底へと突き落とす。

 そんな中、どこからかこんな声が上がった。


「お、おい! どういうことだ!? ログアウトできねぇじゃねぇか!!」


 それを皮切りに、動揺はネズミ算式に拡散していった。常に彼らと共にあった『絶対の安心感』が揺らぐ。


『お前たちの魂はその鎧の中に封じてある。確かに体は今も別の場所にあるが、この場にいるのと何も変わらない状態と言っていい。今死んだら二度と目覚めないかもなぁ』


 ふざけるな、と激昂した一人の黒騎士ショゴスが剣を抜き、無防備な白騎士に攻撃を仕掛けた。しかし白騎士はそれをいとも簡単に避け、相手の腕を掴む。


「ひ……ッ!?」


 男は思わず声を上げた。掴まれた腕が徐々に白く石化し始めたのだ。そのまま逃げることもできず、彼は物言わぬ石像へと変わってしまった。

 それだけではない。先程の魔法陣が後方にいくつも展開され、白騎士の数はどんどん増えていく。


『どうした? ゲームはもう始まってるぞ? 白騎士こいつらを掻い潜ってギルバートの首を取ればお前らの勝ちだ』


 そうすれば解放される。だが負ければ……。


「「……ッ!!」」


 その末路こたえを目の当たりにした彼らは――



・2・


「何ですか……これは……ッ!?」


 ビルの屋上から市街を見下ろしたアリサたちは言葉を失った。

 そこにあったのは黒騎士ショゴスたちによる無差別な暴動などではない。その逆だ。いつの間にか彼らは『狩る側』から『狩られる側』になっていた。


「新顔がいるな」


 カインの言う新顔とは黒騎士ショゴスと敵対している白い騎士のことだ。黒騎士ショゴスと全く同じデザインなのも気になるが、特筆すべきはその身のこなし。遠目から見ても一体一体の動きが明らかに洗練されている。あれでは素人の黒騎士ショゴスが何人寄せ集まっても相手にならないだろう。


「……どうしますか?」

「……」


 レイナの隣でアリサはどうするべきか考える。だが先に口を開いたのはライラだった。


「白と黒の戦力差は歴然。数の上では黒が勝っていても、もってあと二時間というところでしょう。セドリック、あの白い騎士について何か情報を持っていますか?」

「いえ、ですが彼らに構うのは得策ではありません。まずはこの場を制御しているB-Rabbitの幹部キング三人を討つ必要があるかと」


 セドリックはそう進言した。


「チェシャ、処刑人ヘッズマン帽子屋マッドハッターだったか?」

「はい。いずれもジョーカーの優秀な配下です」


 幹部それぞれのコードネーム。これも事前にセドリックから共有された情報だ。彼は他にも多くの貴重な情報を提供してくれた。おかげでB-Rabbitの全容は見えつつある。だが同時にある疑問がカインの脳裏には浮かんでいた。


「あんた、何でそんなことまで知ってる? あのジョーカーがみすみすあんたみたいなのを野放しにするとはどうも思えねぇ」


 幹部の情報などそれこそ組織における最重要事項だ。とても簡単に手に入る代物ではない。セドリックは明らかに知りすぎている。


「それは――」


 その時、彼方の景色のある一点が僅かに光った。


「ッ!? 伏せろ!!」


 最初に気付いたカインは皆にはそう叫び、一番近くにいたセドリックを強引に右手で突き飛ばした。


「ぐ……ッ!」


 カインの右腕に激痛が走った。そこには漆黒の矢が突き刺さっている。


(狙いはセドリックか!)


 あるいは一撃で仕留めることができれば誰でもよかったのかもしれない。でも今はそんなことどうでもいい。問題は狙撃方法だ。右腕に刺さっているのは金属製の矢。おそらく弓だ。だが敵の狙撃距離は明らかに弓の範疇を逸脱していた。

 カインが矢に触れようとした瞬間、それは消失する。


「ッ!?」


 その代わり彼の目の前に一瞬で現れたのは黒いフードを被った男だった。すでに男はナイフを構えており、そのまま白兵戦を仕掛けてきた。対するカインは素早く神機ライズギアシャムロックを展開すると、銃身で刃を受け止める。大剣トリムルトでは分が悪いと咄嗟に判断したのだ。


「ほぅ、やるな小僧」

「……ッ、仕留められなくて残念だったな」


 顔はフードで隠れているが、声はかなり年老いた感じがした。しかしそれを微塵も感じさせない流れるようなナイフ捌きが襲い掛かる。五秒間――呼吸さえ忘れる攻防の末、カインは何とか距離を取ることに成功する。


「く、そ……ッ」


 ほとんど捌き切ったが、脇腹と左肩に一回ずつ貰ってしまった。


「カイン君!」

「カイン!」

「来るな!」


 レイナとシーレがこちらに駆け寄ろうとしたが、カインはそれを制止する。


「こいつは俺がやる。お前らは他当たれ!」


 二人は一瞬迷いを見せたが、黙って頷くと他のメンバーと共にこの場を去っていく。ただ一人を残して。


「助力します」

「……言っとくが、俺はまだあんたを信用してるわけじゃないぞ?」

「結構。ですが借りは返させてもらいます」


 セドリックはそう言うと、彼の隣で魔導式拳銃を構えた。

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