第130話 完全な魔装 -To be the next level-

・1・


「ったく、何で私がこんなとこまで……」


 ブツブツと文句を言いながら、エクスピアから派遣された九条秤くじょうはかりはカインとレイナ両名の神機ライズギアを点検していた。


「あはは……すみません」


 あまりにもうんざりとした秤の表情に気圧され、レイナはついつい謝ってしまう。もはや周知の事実だが、彼女は御巫刹那みかなぎせつなの熱狂的な信者ストーカーである。刹那がエクスピアに行くことを知った折には、即座に自分が復活させた錬金術の貴重な技術を売り込んでエクスピアに入社したほどだ。だから彼女にとって刹那のいないこの国にいる意味は微塵もない。『仕事』という当たり前すぎる理由を除けば、だが。


「そんなに嫌ならこの国で活動してる九条に任せればよかったじゃねぇか」

「はぁ……あんた馬鹿?」


 カインのその言葉に秤は溜息を吐く。


「錬金術は私しか使えないのよ? 構造すらまともに理解できない素人に何ができるってのよ?」


 元々神機ライズギア神凪夜白かんなぎやしろが製作したものだが、秤の錬金術が加わったことで大幅な改善が施された。これまで実現できなかった魔具アストラのような待機状態による最小・軽量化。そして展開する度に最高の状態に戻る再構築リビルド機能。他にも様々な機能が組み込まれている。

 しかしだからと言って秤の錬金術が万能というわけではない。


「錬金術は失われた叡智。いくら私がその技術を復活させたとはいえ、まだまだ未開の部分が多い代物なの。だからこうして経過観察をするのも必要な事なのよ」


 私の仕事に限ってミスはないけど、と付け加え、彼女は自分の仕事に戻る。しかしふと思い出したように、振り返らずこう告げた。


「あー、そういえばあんたたちがバベルハイズから送ってきた機械人形オートマタの残骸だけど」


 ピクッとカインの肩が震えた。

 件の機械人形オートマタ。それはバベルハイズでカインが倒した義母――リサ・ストラーダのことだ。彼は僅かに残った遺骸の一部をロンドン支部に送っていた。彼女の製造元を突き止めるために。


「何か、分かったのか?」

「……は?」


 予想外の返答にカインは思わず素っ頓狂な声を漏らした。


「し、仕方ないじゃない……サンプルが少ないってのもあるけど、現存するどの技術体系にも当てはまらなかった。魔術にもよ!? どうやって動いてるのかこっちが聞きたいレベルよ!」

「……」


 理屈は分からない。だが何故か動いている。

 そんな初心者みたいなセリフを彼女に言わせる時点で、事の重大さは見て取れる。


「引き続き夜白やしろが調べてるわ。私は完全にお手上げね。少なくとも魔術絡みではなさそうだし。ただ、

「……ッ、どこだ!?」

神和重工かむわじゅうこう……まぁ、あんたも予想はついてたんじゃない?」


 昨晩、神凪絶望かんなぎたつもと話した折にカインは彼女と神和重工かむわじゅうこうの関係を聞き出している。その時点でほぼ確定していた。


「仕組みはともかく、使われてる素材の中にリングー社系列の特許品がいくつか見つかってるみたいよ。私は専門外だからこれ以上の事は夜白やしろに聞いて……はい、メンテ終わり」


 そう言うと、神機ライズギアの調整を終えた秤は三つの腕輪をそれぞれの持ち主に放り投げる。


「レイナの槍は問題ないわ」

「ありがとうございます!」

「けどあんたのは問題大ありよ」


 秤はビシッとカインに人差し指を向ける。


「あ?」

「まぁ十中八九原因は報告にあった魔装ね。かなり武器がへたってる」


 と言われても、カインとレイナにはちんぷんかんぷんだ。それを察した秤は親指で外を差した。


「ちょっと、表に出なさい」



・2・


 ホテルの部屋を出たカイン達は秤に誘われるまま、郊外の広場に到着した。彼女は人払いの魔術を展開すると、カイン達に向き直る。


「魔装してみて。今ここで」

「は? 何で?」


 突然の要求にカインは首を傾げる。


「いいからいいから。さっさとやる」

「……はぁ、了解」


 彼は渋々それを了承すると、神機ライズギアトリムルトを展開し、自身の右腕を斬りつけた。

 魔装・刃神Crazy Edge

 戦いの中でカインが編み出した彼だけの魔装。禍々しい死神の鎧に身を包んだ彼を秤はまっすぐ見つめていた。黄金の瞳――千里眼で。


「ふーん。なるほど……そうなってるのね。あ、もういいわよ」


 約1分間、ただジロジロ見られ続けたカインは何か言いたげだったが、その場では言葉にすることはなく黙って魔装を解除する。


「で、何がなるほどなんだ?」

「別に。よくできた魔装だと思って感心しただけよ。ま、刹那様の神々しさには比ぶべくもないけど」

「……」


 秤は何故か自分の事のように胸を張る。そしてこう続けた。


「分かってると思うけど、あんたの魔装は普通じゃないわ。まぁ魔装に関してはそもそも『普通』の定義が曖昧なんだけど。とにかく他と決定的に違うのは神機ライズギアを利用していることよ」

「確かに……今まで魔装を使ってた人たちの中にカイン君みたいな人は一人もいなかったよね」


 レイナはうんうんと頷く。


「その右腕のことは私の千里眼でも全く分からないわ。けど喰らったものを自分の力にできることは分かってる。神機ライズギア魔具アストラをコントロールできる力。あんたはそれを利用している。そうでしょ?」

「あぁ、結局まだ俺一人じゃ伊弉冉こいつを完全には使いこなせてねぇ」


 正確にはその資格はある。夢の世界で伊弉冉いざなみの意志と対峙したカインは最終的に彼女に自分を認めさせたから。

 問題はその伊弉冉いざなみ神喰みぎうでの中にあるということ。

 人生を共にしてきたカインですら分からないことが多いこの腕から伊弉冉いざなみの力のみを引き出す方法。それが彼にはなかった。


「力を行使することはできる。けどそれはあくまでだ。不純物が混じった力で魔装はできねぇ」


 文字通り、魔装とは神という完成された力を鎧とする行為。例えどれだけ性質が似ていようが、コンバートされた力でそれは叶わない。そこに完全性は成立しないからだ。だからこそカインは神機ライズギアを使うことにした。右腕の中にある伊弉冉いざなみの権能だけを抽出するために。


「けどあんたが魔装を使う度、神機ライズギアは擦り減ってる。いくら錬金術で再構築できるといっても、絶対量リソースが失われれば構築のしようがないわ」


 問題は二つ。

 一つはカインの神喰デウス・イーター。先程秤が言ったように神機ライズギアが単純にその捕食に耐え切れないこと。

 もう一つは伊弉冉いざなみ魔遺物レムナントであるということ。魔具アストラの運用を前提に設計された神機ライズギアでは、その上位種である魔遺物レムナントを制御しきれない。現にカインは伊弉冉いざなみの権能を分割し、二つの魔装を作った。それが『刃神Crazy Edge』と『銃神Noisy Barrel』。特定の性質のみに特化した姿だ。


「要は完全にスペック不足ってことよ。今のままじゃこれはあんたの右腕にも魔遺物レムナントにも耐えられない。腹立たしいことにね」

「んー? あっ! じゃあもし神機ライズギア魔遺物レムナントを制御できるようになれば……ッ」


 気付いたレイナに秤は小さく頷いた。

 つまりこういうことだ。


「えぇ、それが可能になった時あんたは正真正銘、を手にできる」

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