第129話 至上の果実 -The biggest apple-
・1・
――リングー社、CEO執務室。
この部屋の主――ギルバート・リーゲルフェルトは特注のグラスに入れた赤ワインを片手に、輝く夜のニューヨークを見下ろしていた。
「やれやれ。一時はどうなるかとひやひやしたが、無事に彼女を取り戻すことができたようだね、アヤメ」
「フンッ……心にも無いことを」
そしてもう一人。
彼の妻であり共犯者であるアヤメ――否、
「やっぱり道具に感情は要らないわね。扱いにくいったらありゃしないわ」
「ハハハ、まぁそう言うな。来るべき日に備え、彼女には健やかに育ってもらわなくては。物を考えない人形ではそれこそこれ以上の成長は望めないだろう」
ギルバートは
「分かってるわ。そのための
彼女たちが求めるもの。それはワーロックのその先にある。
「アイツは死の
実際、彼は
「素晴らしい! まさに進化だ」
ギルバートは立ち上がり、両手を広げる。
「彼という存在はそのままメアリー君の可能性を示している。それだけでも大収穫だよ。Ms.
「それは噂の『ビゲストアップル構想』ってやつと関係が?」
その時、暗闇の中から兎の仮面をつけた男が音もなく姿を現した。
「やぁ君か、ジョーカー」
「たまたま近くを通りかかったもので」
対外的には敵同士のはずの二人はフランクな挨拶を交わす。
「何の用? 今はアンタの番じゃないでしょう?」
「まぁそう邪険にしないでくださいよ。俺だって一応この一連の計画の要だったわけですから。興味を持つなって方が無理な話だ」
「ふむ……」
現在、アメリカ全土において一般人に量産型
ビゲストアップル構想。
全てはそのための下準備。
それを描いたのがギルバートであり、彼に実現のための叡智と力を与えたのは
「確かに君は『
「残念ながら失敗作ですけどね」
ジョーカーは頭を掻きながら自分を卑下してみせる。
「問題ないさ。君がなれなかったものはメアリー君がしっかり引き継いでいる。それに君はこうして今も我々の役に立っているんだ。充分だよ」
ギルバートはジョーカーの肩に優しく触れる。仮面をつけている彼の感情は相変わらず読めないが、ギルバートはそれを全く気にしていない様子。
「ビゲストアップル構想……その最終目的はこの国に至上の果実を実らせることにある」
「至上の果実?」
「あぁ。人から無垢を奪った禁断の果実の毒をこの地から根絶やしにする。人種、性別、思想、言語、貧富……これまで人類が壊せなかった相互理解の壁を全て消し去る究極の果実だ」
ギルバートはジョーカーに背を向け、再び外の夜景を眺めながらこう言った。
「メアリー君はそのための大事な
・2・
「クヒヒ……準備は万端」
ニューヨーク地下に広がる未開発区画。人知れずそこで
「こうして見るとなかなか壮観だよなぁ」
彼女の
「で、お嬢。こいつらいったい何なんだ?」
「こ、この子たち、は……言うなれば、白血球」
「白血球?」
「ギ、ギルバート義兄さん、言ってた。
「ほぅ、なるほどねぇ」
ギルバートと
「ミュ、ミュトスみたいな超絶高度な、リアルタイム情報統括システムは……こ、構築できてないけど……戦闘データは
「ハッ、一体一体が一億人近い戦闘力の総体ってわけか。こりゃあ、ワンサイドゲーム待ったなしだな。まったく、つくづく人間ってやつは愚かだねぇ」
アグレアスは心底呆れたように溜息を吐いた。目の前の一体一体が人の悪意が育てた結晶だと言われればそうも言いたくなる。
「に、人間は……争い、だ、大好きだから……嫌いになるくらいの、絶望を植え付けるには……これくらい、は……しないと」
相手にとって最高の状態をお膳立てし、それを上回る絶望で完膚なきまでに叩き潰す。戦いが嫌いになるまで徹底的に絶望させる。それが彼女が武器を売る理由。このアメリカという大国を相手にそれが叶えば、それは世界でも通用する真理になるのだから。
「けどあの小僧どもを野放しにしてもよかったのかい? 絶対お嬢の邪魔してくるだろ?」
「クヒ……ッ♡ それならそれで、いいよ。
「……で、本音は?」
妙に弾んだ声に違和感を覚えたアグレアスはふと、彼女にそう尋ねてみた。
「カイン様の、ゆ、勇姿を……堪能、できりゅ♡」
「……アンタ、あの小僧さえいなければ歴史に名を残せるレベルの逸材なんだがなぁ」
「えへへ……」
悪行が回り回って人の世をより良くすることは珍しくない。いわゆる必要悪というやつだ。だがそれには並外れた覚悟が必要となる。周りに影響されず、非情な決断であっても迷いなく下せる覚悟が。あるいは万人から見ればそれはもはや狂っているとしか思えない人の形をした怪物なのかもしれない。ともかく長い人類史においてターニングポイントと呼ばれる場所には、必ずそういう人間がいることをアグレアスは知っている。
だからこそ分かる。
何せ彼女には『答え』が見えている。人類が平和を獲得するまでの道のり――その最適解が。
故に彼女は『答え』のためなら一億人を犠牲にすることも厭わない。そこに一切の罪悪感を抱かないし、迷いもしない。必要ならその中に自分の命さえも平気で含めてしまうだろう。それが彼女にとっての当たり前だから。
とはいえそんな彼女は今ちょっとバグっている。
(さしずめ、
しかしだからこそ、悪魔の本能が囁くのだ。
もしもこの少女のストッパーをぶっ壊してやったら、いったいこの世はどうなってしまうのかと。
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