第128話 絶望の守護者 -Agreas-

・1・


「出て来いよ。どうせ見てんだろ?」


 ――夜。

 海に面した廃工場に一人でやって来たカインは周囲に誰もいないことを確認すると、虚空に向かってぶっきらぼうにそう言った。


『クヒ……ッ』


 すると数秒遅れてローテンションな笑い声が響く。


『バ……バレ、ちゃった……?』

「……」


 カインは返答しない。すると痺れを切らしたかのように彼の目の前の空間が裂け、その少女は姿を現した。


「クヒッ……クヒヒ……お、お久しぶり、です。カ、カイン様」

「その気持ち悪い呼び方をやめろ」

「あう〜♡ 嫌、です」

「……チッ」


 彼女の名は神凪絶望かんなぎたつも

 一見、ひどく気弱な少女にしか見えないが油断は禁物。何せ彼女は先日バベルハイズ王国で起きた大事件を裏で操っていた張本人なのだから。もしカイン達が彼女の存在に気付いていなければ、そのままたった一人で王国を滅ぼしていたかもしれないほどの危険人物だ。

 そんな相手に臆すことなく、カインは絶望たつもを睨みつける。


「テメェと無駄話をする気はねぇ。俺の質問にだけ答えろ」

「はぅ〜、相変わらず、容赦ない……キュン♡」


 対して当の本人は罵声を浴びせられたというのに感極まっていた。あくまでローテンションは変わらないが、心なしかハァハァと息遣いが荒くなっている。非力な彼女がこうして人前に姿を見せること自体本来なら絶対にあり得ないのだが、相手がカインなら話は別。というのもどういうわけか絶望たつもは彼に対し、一方的に好意を抱いているのだ。

 とはいえ二人の関係はそう単純なものでもない。カインにとって絶望たつもは義母の死のきっかけを作った元凶。さらにはつい先日、その死体を弄ばれたばかりだ。そんな彼がわざわざここに来たのは、彼女からある情報を聞き出すためだった。


「ジョーカーに魔具アストラを回したのはお前だな?」


 ヴィジランテに入るよりもずっと前、カインはジョーカーの仕事を何度か請け負ったことがある。カインの知る限り、当時の彼にあそこまでの力はなかった。もしあったなら、そもそも他人を頼ったりしないはずだ。変な話だが、裏社会では『信頼』こそが何よりも優先される。誰かを傍に置くことは、裏切りのリスクを孕む行為でしかないからだ。それこそ幹部を血族のみで構成している組織だって存在する。


「ど、どうして……そんなこと、聞く、の?」

「黙って答えろ!」

「は、はひぃ〜ッ!」


 絶望たつも魔具アストラを取り扱うかなり特殊な武器商人だ。以前から疑問だった。魔具アストラを集めることは当然難しい。だがそれ以前にそれを売るのであれば、買い手側に適合していなければ意味がない。誰も使えなければ宝の持ち腐れになる。故に商品としてはかなり扱いにくい物のはずなのだ。

 しかし実際、絶望たつもはバベルハイズにシルヴィアとクルトが扱える魔具アストラを難なく手配した。つまり彼女はそれだけの数を常に揃えていることになる。おそらくそれは10や20の話ではない。そのカラクリについて先程のセドリックの情報を踏まえて考えると、カインの中で一つの可能性が浮かび上がった。彼はそれについても言及する。


「テメェが魔具アストラ機械人形オートマタを売り捌けるのは神和重工かむわじゅうこう……いや、神凪殺かんなぎあやめがバックに付いてるからだな?」

「ッッ!?」


 カインのその言葉にはさすがの絶望たつももかなり驚いた様子だった。それまでのヘラヘラとした笑いを止め、彼女の表情から感情の一切が抹消される。

 アヤメ・リーゲルフェルトの裏の名が『神凪殺かんなぎあやめ』であることはセドリックから得た情報だ。それが真実なら、当然絶望たつもとも繋がりがあるはず。


「……驚愕。も、もうあやめお姉ちゃんのことまで、嗅ぎつけてる。ど、どうして?」

「質問してるのはこっちだ」


 絶望たつもはしばらく考える素振りを見せ、カインの質問にこう答えた。


「せ、正解~。ジョーカー、に……ジャ、ジャバウォックを与えたのは、絶望たつも、だよ。あやめお姉ちゃんに、頼まれたから」


 カインの中で可能性が確信に変わる。同時にこれで神和重工かむわじゅうこうとB-Rabbitの繋がりにも裏が取れたことになる。


「なるほど、あいつの言ってたゲームってのはそのままの意味だったってことか」


 文字通り、終わることのない戦い。それが制御されたものなら当然だ。


「大方、あのメアリーってやつに魔具アストラを集めさせて、テメェがまたばら撒いてるってところか?」

「クヒヒ……それは、ノーコメント」


 大国アメリカには魔具アストラの過半数が集中していると言われている。おそらくそうなるように仕向けたのは絶望たつも神凪殺かんなぎあやめだろう。目的は分からないが、最低の自作自演だ。


「そ、そんな事が……き、聞きたかった、の?」

「いや、テメェがジャバウォックを売ったなら、当然その権能についても知ってるな?」


 カインがそう言ったその時――




「そいつはねだり過ぎってもんだろ?」




 どこからか男の声が聞こえてきた。


「ッ!?」


 足元から殺気を感じたカインは咄嗟に右手の包帯を解く。次の瞬間、赤い鱗に覆われた大きな腕が地面を裂いて彼に襲い掛かった。


「ぐ……がは……ッ!」


 赤鱗の大腕は神喰デウス・イーターごとカインの上半身を掴み、強引に彼を壁に叩きつける。


「な……んだ……ッ」


 そこにはワニのような頭を持つ人型の化け物が立っていた。体長はカインより一回り大きいくらいだが、彼を掴む腕だけが異様に肥大化している。


「ア、ア、アグちゃん!? カイン様、放して……ッ!!」

「何言ってやがるお嬢、こいつ敵だろ? 今ここで――」

「解雇ー! お前、クビー!」

「えぇっ!? 何で!?」


 何やら訳の分からないやり取りを二人がしている間に、カインは伊弉冉いざなみの魔装・銃神Noisy Barrelを展開し、強引にワニ顔の拘束から抜け出した。


「痛ってえな、このッ!」

「ご、ごめんなさいごめんなさい!」


 ワニ顔は怒りを露にし、絶望たつもはカインに平謝りという謎の構図。さすがのカインも状況が飲み込めない。


「……ッ、何なんだそのバケモン!?」

「こ、これは……その……わた、私の――」

「俺っちの名前はアグレアス。お嬢――この神凪絶望かんなぎたつも魔具アストラにして最強の守護者だ」


 ワニ顔の大男――アグレアスは誇らしげにそう名乗った。


魔具アストラが言葉を?)


 基本的に魔具アストラは武器だ。だから意思を持たない。持っていたとしてもせいぜいぬえのような理性なき獣が限界。人間と同レベルの言語能力を持つことはない。上位種である魔遺物レムナントと『ハンニバル』という例外を除き、現在確認されているものは全てそうだ。他に例外があるとすれば――


「もしかして隊長様の報告にあった『叡神グノーシス』ってやつか……?」


 神凪明羅かんなぎあきらが有する魔具アストラを変質させる何かしらの技術。彼女はそれで自身の魔具アストラアステリオスを強化している。報告は聞いていたが目にするのは初めてだった。さしずめ、アグレアス・叡神グノーシスといったところだろう。


「お、よく知ってんな。あぁ、俺っちは明羅あきら様に作ってもらったんだ。何せお嬢は戦闘力に関しちゃあゼロどころかマイナスだからな。ボディーガードが必須なんだわ」

「し、心外……」


 アグレアスの言葉に絶望たつもは頬を膨らませた。


「チッ、まぁいい。テメェをぶっ倒してからジャバウォックの情報を聞き出すだけだ」


 カインはリボルバーの銃口をアグレアスに向ける。


「フッ、やれるもんならやって――」

「……錬鉄開始ビルドアップ

「「ッ!?」」


 その時、ゴーンという鈍い鐘のような音と共に、アグレアスの頭部が地面に沈んだ。何者かが上空から彼の頭部に巨大な鉄の塊を叩きつけたからだ。


「……ッ、シーレ!?」


 カインの隣に降り立ったのはライラの護衛騎士――シーレ・ファルクス。


「カイン……偶然だね。これはもはや運命」


 偶然かどうかはさておき、彼女は小さくキメ顔でそう呟いた。



・2・


 新たに現れたシーレを交え、カインは絶望たつもに詰め寄っていく。


「さぁ、大人しく喋ってもらおうか?」


 しかし、彼女の様子はどこか変だった。


「……カイン様から離れろ木偶人形カイン様から離れろ木偶人形カイン様から離れろ木偶人形カイン様から離れろ木偶人形カイン様から離れろ木偶人形カイン様から離れろ木偶人形カイン様から離れろ木偶人形カイン様から離れろ木偶人形カイン様から離れろ木偶人形カイン様から離れろ木偶人形カイン様から離れろ木偶人形カイン様から離れろ木偶人形カイン様から離れろ木偶人形カイン様から離れろ木偶人形カイン様から離れろ木偶人形カイン様から離れろ木偶人形……」


 まるで呪詛の如く延々とそれを呟きながら、シーレを凝視している。オッドアイの瞳孔は限界まで開き、弱いはずの彼女から酷く不気味なオーラが醸し出された。


「おい」

「あ、はい……」


 だが再びカインの声を間近で聞くと、彼女はコロッと正気を取り戻した。そしておもむろに自分の携帯端末をチェックする。


「な、名残り惜しいけど……そろそろ、次の予定。アグちゃん」

「あいよ」

「何……ッ!?」


 カインは瞬時に状況を判断し、絶望たつもを拘束しようと右手を伸ばした。だがすんでのところでそれは阻止される。地面に頭部がめり込んで動けないはずのアグレアスがいつの間にかカインの前にいたからだ。


「カイン!」

「おっと」


 シーレが援護のために動く。それを見たアグレアスは口から黒い煙を地面に向かって吐き出した。さらがらロケット打ち上げ時のように大量の煙が猛スピードで視界を埋め尽くしていく。


「こんなものッ!!」


 カインは魔装を刃神Crazy Edgeに切り替え、召喚した大鎌の風圧で煙を全て吹き飛ばす。だがそこにはもう絶望たつもの姿はなかった。


「野郎、どこへ行きやがったッ!」

『クヒヒ……ご、ごめんなさい。で、でも私も……忙しい、から』


 姿は見えない。だが絶望たつもの声は周囲の大気を震わせ、響いてくる。


『お、お詫び、といってはなんだけど……カイン様にピッタリの商品、あげる』

「俺に?」


 その言葉を最後に、彼女の気配は完全に消えた。


「こいつは……」


 絶望たつもの立っていた場所には銀色のロストメモリーが落ちていた。

 そこに刻まれた神名は――サンダルフォン。

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