第127話 正義の在処 -Nowhere unconditional justice-
・1・
突然のライラの登場に一同が驚いたのも束の間、彼女の計らいでアリサ達は新しい部屋を手に入れ、そこで互いの状況を共有することになった。
「ご苦労様でした、セドリック」
「はい」
リオを撃退した初老の男性――セドリック・グレイスはライラの配下だった。彼は主からの労いの言葉に深く頭を下げると、静かに部屋の隅に移動する。
「さて、初めてお会いする方もいるので改めて自己紹介を。私はバベルハイズ王国第一王女、ライラエル・クリシュラ・バベルハイズです。長いのでライラとお呼びください」
「初めまして。遠見アリサです」
アリサの名を聞いた途端、ライラは瞳を輝かせた。
「まぁ! あなたがアリサなのですね。ユウトからお話は聞いていますよ。とても頼りになる眷属の方だとか。これから仲良くしましょうね」
「え……あの……失礼ですが、ユウトさんとはどういう?」
「将来の伴侶です♪」
「……は?」
伴侶、というワードを聞いた途端、アリサの目の色が変わった。そこには『またやりやがった……』という呆れと諦めの感情が渦巻いているのはもはや言うまでもない。
「あはは……と、ところでお二人はどうしてここに?」
殺伐とした空気を全力で回避するため、まずレイナが質問した。
「レイナ達のGPSを辿ってきました。あなた達が現在国内各地に出現している
まずアリサがそう答えた。すると次に一同の視線が自然とライラに向く。
「お察しの通り、私が渡米した理由は我が国の
「よくあの国王が許したな?」
カインの言葉にライラはフフッと笑う。
「真心を込めて丁寧に説得しましたので。ほら、日本の言葉にもあるでしょう? 『可愛い子には旅をさせよ』、と」
「あー……」
何となくその説得の光景が思い浮かんだレイナは空笑いする。
「で、護衛はそこのおっさんか?」
カインは壁を背にじっとしている男に視線を向けた。相当な手練れであることは認めるが、少なくともカインはバベルハイズで一度も彼を見かけていない。レイナもそれは同じだった。
「セドリックです。彼は現地の協力者といったところでしょうか。あとシーレも当然来ていますよ。あなたにとても会いたがっていたので、偵察から戻ったら是非相手をしてあげてくださいね」
「……」
カインは複雑な表情のまま、うんともすんとも言わなかった。
「ライラ、様。もうリングー社のギルバート氏とは面会されたのですか?」
アリサの問いにライラは小さく頷いた。
「えぇ、一週間ほど前に。ですが彼は槍の強奪には一切関わっていないの一点張りでした。全ては奥方であるアヤメ・リーゲルフェルトの独断だと。はぁ……困りましたね」
「じゃあ、鳶谷博士の件も……」
「リングー社は無関係で通すでしょうね」
アリサは顎に指を当て、思案しながらそう答える。
実際、リングー社の子会社とは名ばかりで、
「どこから切り崩す? 答えが出ない問題を考え続けても切りがねぇぞ?」
「分かっています」
目下、問題は二つ。
ベルヴェルークを奪った
そして国内でゲームと称したテロ活動を煽り続けるB-Rabbitのジョーカー。
両者は対立関係にあり、アリサたちはどちらにも肩入れできない第三勢力という事になる。
「えっと……とりあえずB-Rabbitをどうにかすればいいんじゃないの?」
「目的をはき違えるな。俺たちは都合のいい正義の味方じゃない。そもそもB-Rabbitと俺たちは何の関係もないだろ」
「で、でも……」
レイナは口ごもる。カインの言い分を理解してはいるものの、彼女の性格を考えれば無理もない。
「カインの言う通りです。私たちの最優先事項はベルヴェルークと御影の奪還。となると必然的に
アリサもカインの言葉に頷き、そう結論を出した。B-Rabbitの悪事はあくまでこの国の問題。深入りすれば必要以上の消耗は避けられない。ただでさえ向こうにはメアリーというユウトと同じ
「ちょっと、よろしいですか?」
その時、ライラが手を上げた。さすがは王女の風格といったところか。ただの一言で全員の注意を根こそぎ集めてしまった。
「おそらく我々を取り巻くこの状況はそんなに簡単なものではないでしょう。セドリック、あなたのお話を彼らに」
「はい」
ライラがそう指示すると、それまで沈黙を貫き通していたセドリックが前に出た。
「まず結論から言うと、
「「「ッ!?」」」
彼のその言葉で、室内の空気は一気に凍り付いた。
・2・
深刻なダメージを負ったリオを
「はぁ……どうして……」
自分には最強のワーロックの力がある。最強の槍だって手に入れた。なのに望み一つ叶えられないばかりか、仲間一人守れない。
「……感傷に浸るなら自室でやって」
「Dr.御影……」
同じ部屋の中で医療ポットのステータスを観察している
「リオはあなたの古巣のお仲間にやられたんですよ?」
「……ッ」
メアリーはらしくない、いやみたらしい言葉を思わず吐き出してしまった。対して御影は僅かに反応を示したが、何も言い返さない。
「すみません……言い過ぎました」
「……気にしていません」
その後十数分間、会話は一切なかった。メアリーはリオの回復を祈り続け、御影は黙って自分の職務を全うするだけ。
しばらくして、沈黙を破ったのは御影だった。
「……終了。リオ・クレセンタはもう大丈夫ですよ」
「ッ! ホントですか!?」
彼女のその言葉で暗い空気は一転、メアリーはしばらくぶりに太陽のような笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、Dr.御影!!」
「……近い。あまりくっつかないで」
無邪気に抱き着いてくる彼女を御影は困り顔で押し戻す。そしてメアリーの眼前で人差し指と中指を立てた。
「……二つ、気になることがあります」
「?」
「……一つはリオを撃退したという兵器についてです。ダメージの痕跡を見るにおそらくEMP兵器の類でしょう。ですが彼女の目や足といった
御影のその意見にメアリーは目つきを変えた。
「
「……あるいは……」
御影は何かを言おうとしたが、口を閉ざす。メアリーもそれを察したのか、次の話題に移した。
「もう一つは何ですか?」
「……彼女の体内からデキストロアンフェタミン、一種の興奮剤が検出されました。あなたの言っていた『普通ではなかった』原因はこれでしょう」
「興奮剤……」
ようやく合点がいった。普段のリオなら状況判断を間違えるなんて絶対にありえない。ましてやそれが人命に関わることならなおさら。彼女は戦場を俯瞰するスナイパーなのだから。なのにあの時は周囲への影響も全く考えず、直情的にトールを使用した。しかしそれが薬物のせいだというなら納得できる。
「彼女の義眼に特定の信号を受信した際に薬物を投与する機能が仕込まれていたようです」
「そんな……ありえません! どうしてそんなもの……ッ」
メアリーは絶句する。だが答えなんて一つしかなかった。
「……すでにその機能は潰しました。同じことはもう起こらないはずです」
「ありがとう……ございます」
消え入りそうな声でメアリーはそう呟くと、近くにあった椅子に倒れるように腰を下ろした。
「……所詮、彼女にとって私たちは実験動物ということです。あなただって薄々それは気付いていたでしょう?」
おそらくアヤメにとってメアリー以外はどこまで行っても捨て駒かそれ以下でしかないのだろう。御影がメアリーを押し付けられたのだって詰まる所、吉野ユウトという進化し続けるワーロックを一番近くで見ていた科学者だったからだ。アヤメは『碧眼の
「……」
もちろんメアリー自身もそれは何となく理解していた。アヤメが彼女たちに向ける視線は愛情とは程遠い。何年も接していれば嫌でも分かることだ。
だが実際、それでも彼女はアヤメに恩義を感じている。幼少の頃、親もなく、周り全てが敵で誰も助けてくれない地獄のような極限状態から自分を救ってくれたのは他でもないアヤメだったから。だから彼女の目論見が何であろうと、考えないようにしていた。
「……はぁ、コーヒー、飲みますか?」
「いただきます……」
御影は席を立つと、コーヒーメーカーのボタンを押し、出来上がったコーヒーをメアリーの前に静かに置いた。
「お聞きしてもいいですか? 吉野ユウトさんのこと」
メアリーはふと、御影にそんなことを聞いてみた。話題を変えたい彼女なりの足掻きといったところだろう。それに彼女にとってユウトは唯一、同族とも呼べる存在。もともと大いに興味はあった。
「……とても、優しい人です。優しすぎて、怖くなる……」
「怖い?」
メアリーは御影の言葉の意味が分からず首を傾げた。
「……あなたの大好きな正義の味方。それそのものだということです。私を含め、みんながそれを求めるから……あの人は戦いを止められない」
「……」
メアリーは何も言えなかった。むしろ震えていた。
正義の味方――メアリーの目標であり、生きる指針であり、尽きることのない憧れだ。しかし同時にそれは彼女にとって『都合のいい言い訳』でもある。
自分という異質な存在を大衆に認めてもらう。独りになりたくない。
そのためにはそうあらなければならない。でなければたちどころに幼い頃に逆戻りだ。他に道はない。形は全く違えど、昔と同じで今のメアリーも『普通』とは程遠い。そんな自分が善意だけのお人好しになどなれるはずがなかった。
だからこそ憧れのままの存在が本当にいるのだとしたら、打算まみれの
それがどうしようもなく――怖ろしかった。
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