第126話 再会の王女 -A princess going outside kingdom-
・1・
「く……ッ!!」
考えるよりも先に足が動いた。
アリサがビルから飛び降りたその直後に、背後から碧雷の奔流が押し寄せる。彼女はあらゆる武具を内包する
「……ッ」
幸い、そこは空き室だったようだ。約10m四方の広い空間には何もなく、人の気配もない。
「近距離攻撃型の
考えが甘かった。
このアメリカという国は世界で最も
「反撃を……ッ!?」
向かい側のビルを見上げたアリサは息を呑んだ。リオがハンマーの先端に左手で触れ、それを思いっきり回転させると周囲の物体がまるで重力を失ったかのように浮遊し始めたのだ。さらにはアリサの体までもが浮き始める。
(これは、磁場ッ!?)
半径100mは優に超える広範囲を瞬く間に雷槌トールの権能が支配した。
地中に含まれる砂鉄がコンクリートを突き破ってとぐろを巻き、車や電柱はリオの周囲をクルクルと旋回する。
「潰れろ!!」
彼女が指先をピンッと弾くと、それらは一斉にアリサに向かって発射された。体が宙に浮いたことで本来なら身動きが取れない。だが彼女は先程のワイヤーガンを駆使して迫り来る鉄塊の雨を何とか掻い潜る。
しかし――
「ッ!?」
リオの
「Fire」
引き金が引かれ、音もなく魔弾は発射される。炎の属性を付与したこの弾丸は対象を貫いたその瞬間、敵の体を瞬く間に火だるまにするだろう。
「ッ……魔装!!」
だがアリサも伊達に死戦を潜り抜けてきたわけではない。ネルガルの魔弾の危険性を瞬時に察した彼女は出し惜しみなど考えず、パンドラの魔装を解放した。彼女の周囲に展開された黒の武装が寄せ集まって盾となり、炎の魔弾を防ぐ。
「ッ!? 魔装……厄介」
これにはリオも驚いた表情を見せた。
「リオ!!」
その時、屋上のドアが開いて彼女の名前を呼ぶ者がいた。
・2・
「メアリー……よかった。無事?」
「えぇ、私は問題ありませんが……リオ、あなたは自分が何をやっているのか分かっているんですか!?」
奥の手であるトールまで持ち出して、周囲に甚大な被害をもたらしたのはどう考えてもやりすぎだ。メアリー、そしてレイナとカインの協力で下にいる一般人を避難させていなければ確実に破壊に巻き込まれて死者が出ていた。
「……私、は」
鬼気迫ったメアリーの表情を見て、ようやくリオは我に返る。彼女は右手に握るトールを見て、炎と瓦礫で埋め尽くされた街を見渡した。そして片手で頭を押さえながら首を振る。
「あの子が報告にあったユウトさんと同じ……」
パンドラの飛行ユニットを展開して上空からメアリーを見ていたアリサも攻撃の手を止めていた。
「アリサさん!」
「レイナ、無事ですか?」
スレイプニールを使って近づいてきたレイナは頷く。そして彼女が視線で促した先。メアリーの後ろにはカインもいた。
「……」
気付けば誰も動かなくなっていた。いわゆる膠着状態。
それもそのはず。ここにいる全員が強力な
「……メアリー、何でそんなやつらと仲良くしてるの?」
そんな中、最初に口を開いたのはリオだった。
「別に仲良くなどしていません」
「……ダメ、置いていかないで……私を、捨てないで……ッ」
「リオ……?」
メアリーは眉をひそめた。
リオの様子がどうもおかしい。シーマを失ってから彼女が精神的に不安定なのは承知している。だがそれでもメアリーの言葉にさえ聞く耳を持たないほど錯乱している今の状態は明らかに異常だ。
「カイン、でしたか。提案があるのですが……」
「内容次第だ」
「不本意ですが……リオを無力化します。理由は分かりませんが、今のあの子は普通じゃない。何かの拍子にトールの最大出力を出されたら、この街が地図から消し飛びます」
メアリーは振り返らず、しかし真剣な口調でカインに告げる。彼女の言葉が嘘ではないことはこの惨状を見れば嫌でも分かる。
「……チッ」
カインの舌打ちを了承と解釈した彼女は自身の赤い瞳を碧色へと変えた。
だがその時、ここにいる誰でもない『誰か』が動いた。
「ッ!?」
白髪の男。
30代くらいのその男は拳銃を構えながら一切無駄のない動きでリオに近づくと、迷わずその引き金を引く。
「ぐ……ッ、誰!?」
銃弾が当たったのは彼女の義足。まるで最初から狙っていたかのように、駆動部を的確に破損させた。
「このッ!!」
だがその程度でリオが止まるはずはない。むしろ激昂した彼女は襲撃者に向かってトールを振り上げた。
「まずい!!」
天より碧雷が落ち、莫大なエネルギーがトールの先端に集約する。ひとたび振り下ろされれば、メアリーが恐れていた事態が現実になるだろう。
「消えろぉぉ!!」
「……」
だが男は冷静だった。死を眼前にしてもなお、動きに迷いはない。
彼は懐から手榴弾のような武器を取り出すと、それをリオに向かって放った。その程度の現代兵器では
しかしその時――
「ッ!?」
青い閃光が炸裂し、リオの碧雷が打ち消される。しかもそれだけではない。
「うああああああああああああああ!!」
次の瞬間、彼女の体が激しく痙攣し、右の義眼から血を流しながらその場に崩れ落ちる。いったい何が起こったのか、誰も理解が追い付かない。だが事実として、臨界点に達しかけていたトールは急激に力を失い、窮地は免れた。
「リオ!!」
メアリーはすぐに駆け出し、彼女の体を支える。直前でカインは彼女を止めようとしたが、謎の男の銃弾が彼の行く手を阻んだ。
「テメェ……」
一時的にカインのマークから外れたメアリーは咄嗟に右手を虚空に向けると、自身の魔法――アブソリュート・ジェイルを発動する。直後、黒い匣が彼女たちを包むように顕現した。
「メアリーちゃん!」
「すみません……助けていただいたことには感謝しています。槍もいつか必ずお返しします。ですが今は、どうか私たちの邪魔をしないでください」
そう言い残して匣は完全に閉じられ、その場から消滅した。どうやらどこかへ転移したようだ。
「……ッ」
カインは神機シャムロックを展開し、謎の襲撃者に銃口を向けた。メアリーを取り逃がしたのはもうどうしようもない。それより今はまずここではっきりさせておくことが彼にはあった。
「テメェ、さっきの武器……バベルハイズの魔導兵器だな?」
「……」
男は答えない。しかしその代わり、カインの背後から拍手が聞こえてきた。
「さすがですね。一目でそれを見抜く観察眼には感服します。これもストラーダ卿の教えの賜物でしょうか」
「え……え、何でここに!?」
唖然とするレイナ。
当然だ。こんな場所で彼女と再会するだなんて誰も予想していなかったのだから。
「ライラエル王女殿下!?」
「フフ、お久しぶり……というほどまだ日は経っていませんね。皆さん」
バベルハイズ王国第一王女――ライラエル・クリシュラ・バベルハイズ。
彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます