第125話 碧雷の戦槌 -The another side of crescent-

・1・


「ごめん! 私もその……ちょっーとだけウトウトしてたから、カイン君が戻ってたの知らなくて……」


 レイナは両手を合わせ、メアリーにひたすら謝り倒していた。


「……いえ、私も不注意でした」


 ひとまずシャワーを済ませ、レイナが用意した服に着替えたメアリーはまだ頬を赤く染めながらも彼女の謝罪を受け入れる……のだが――


「ん? 何だよ?」

「~~ッ」


 自分の裸を見た当事者を恨みがましい目つきで睨んでいた。メアリー自身、自分の過失であることは分かっている。分かっているのだが、それで『仕方がないですね』と簡単に割り切れないのが年頃の少女というものだったりするのだ。


「はぁ……心配しなくてもガキみてぇな体で欲情したりしねぇよ」

「な……ッ!?」


 しかしそんな彼女の複雑な感情など露知らず、カインはむしろ容赦なく爆弾を投下する。


「カ、カイン君!?」


 これにはさすがのレイナもびっくりしたのか、思わず上擦った声が零れ落ちた。


「? いや、嘘じゃねぇって」

「余計悪いわ、この朴念仁! そういうとこだよ!?」

「あーもう、うるせーな」


 事故とはいえ裸体を見てしまったカインとしては、自分が過ちを犯すようなことはないと正直に言っただけのつもりだったのだが……どうも上手く伝わっていないようだ。


「ハ……ハハ……わ、私はこう見えても17の立派なレディーです。寛大な心で……心で…………グスン」

「こっちはこっちでめっちゃ泣いてる!? あ、でもそれじゃあ私と同い年だね♪」


 レイナは両手でギュッとメアリーの手を握り、笑みを浮かべる。対してメアリーはそんな彼女に虚を突かれたのか、少しだけ体を強張らせた。


「レイナ、そいつも目を覚ましたことだしそろそろ本題に入るぞ」

「え、あ……うん」


 カインはそのまま歩を進め、メアリーの前に立つ。そして彼女を見下ろしながら語気を強めてこう尋ねた。



「まどろっこしいのは無しだ。単刀直入に聞く。何でエクスピアうちが回収した魔遺物レムナントをテメェが持ってやがる? それにその目……テメェ、いったい何モンだ?」


 

 奪われたはずの魔遺物レムナント。そして吉野ユウトと同じ赤い目。さらにはその目があおく輝く瞬間を彼らはあの戦いで目の当たりにした。

 それぞれの事実から導き出される答えはもう見えている。これは単なる答え合わせ。


「……」


 始めは黙っていたメアリーだが、少し考えた後、カインの質問に対して真剣な表情で返答した。


「私は神和重工かむわじゅうこうの人間です。名前はメアリー・K・スターライト。魔犬部隊メイガスハウンドのリーダーをしています」

神和重工かむわじゅうこう……」


 その名前を聞いた途端、レイナの表情からさっきまでの明るさが消える。無理もない。つい先日、その名前を彼女たちは最悪の形で耳にしているのだから。


「チッ、やっぱりな。ならその槍は盗品だ。俺たちに返すのが筋ってもんだろ?」


 カインはメアリーの手の中にある待機状態メモリーのベルヴェルークに視線を向ける。眠っている間も彼女は決してそれを手放すことはなかった。


「それは……いえ、そういう訳にはいきません。私にはこの槍が必要なんです!」

「メアリーちゃん……」


 どうやら自分が褒められた立場にないことは自覚しているらしい。だがその上で、それでもメアリーはカインの言葉にNOを突き返す。


(こいつ……)


 彼女の目。その瞳の奥にあるものにカインは覚えがあった。

 復讐。それを為し遂げるためなら己の正義すら殺すことを厭わない者の目だ。


「あのジョーカーって人と何かあったの?」

「……ッ」


 沈黙は肯定。それ以上に憎しみに満ち満ちた彼女の目がそれを物語っていた。


「やめろレイナ」


 しかしだとするならばとカインは思った。


「悪いことは言わねぇ。これ以上ヤツに関わるな」

「は? 何故? あなたに指図される筋合いはありません!」

「こっちは親切心で言ってやってるんだ。お前みたいな馬鹿正直なガキがどうこうできる相手じゃない」

「私はワーロックですよ!? 世界最強クラスの魔法使いです! あんな外道なんかに……ッ!!」


 食って掛かるようにメアリーは叫ぶ。

 確かにメアリーはワーロックなのだろう。おまけにベルヴェルークもある。普通に考えれば最強に最強を組み合わせた夢のような足し算だ。実際、ただの一振りで戦場を凍てつかせたあの力には戦慄すら覚えたほどだ。

 だが結果はどうだ?


「その外道に正攻法で挑んで返り討ちにあったのはどこのどいつだ?」

「くっ……あれは……」


 まぐれ、油断、想定外。

 メアリーがどんな理由を並べても、敗北の事実は変わらない。そして負けたら次がないのが殺し合いだ。たとえ当人が生きていようがそれは同じ。彼女の深層意識にはすでに『ジョーカー=死』という等式が刻まれてしまっている。


「俺が知る限り狡猾さでヤツの右に出る者はいない。中途半端な覚悟は付け込まれるのがオチだ」

「カイン君、そんな言い方……」


 だがその先の言葉はなかった。レイナでさえたった一度の対峙で何となく理解しているからだ。何よりあのカインにここまで言わせるほどの存在というだけで理由としては十分すぎるほどである。

 こと人間同士の殺し合いにおいて、力の強さは勝敗を分かつ絶対条件にはなり得ない。猛毒を使えば素人でも戦士を殺せる。人質を取ればどんな強者も思いのままだ。人間という生き物は良くも悪くも弱肉強食の自然界とは全く別の法則の上に立っている。

 それに理由はまだある。


「それにお前、あの槍を使ってるだろ?」

「……ッ!? 何、で……」


 メアリーはカインのその言葉に驚きを隠せなかった。だが彼にしてみれば至極当然のことだった。カインは自身の異形の右腕に眠る魔遺物レムナントを呼び出す。


「ッ……あなたも」

魔遺物レムナント魔具アストラは完全に別物だ。こいつらには意志がある。気を抜けば逆に主人を支配しようと牙を剥きやがる。こいつは少し前に分からせてやったから今は大人しいけどな」


 彼はそう言うと用が済んだ伊弉冉いざなみを右腕に再び封印する。


「左目の視力を奪われたのだって、お前がベルヴェルークに認められてねぇからだ。資格なしでどうやってあそこまでの力を引き出してるのか知らねぇが、今のお前はワーロックだからマシに戦えてるだけだ。普通なら喰い殺されてる」


 おそらく使うだけで相当量の魔力を奪われているはずだ。魔力を与えれば与えただけ権能を発揮する魔具アストラならそれでもいい。だが魔遺物レムナントには意思がある。つまり交渉の余地があるという事だ。カインのように認められれば少量の魔力でも莫大な力を引き出せる。だが裏を返せばそうでない者は必要以上に魔力を絶えず貪られることになる。こうなってくるともはや足し算ではない。無限に等しいワーロックの魔力を無限に貪られながら戦う。それはベルヴェルークの力を最大限引き出せているとは到底言えない。ジョーカーはそこを必ず突いてくる。


「……ッ」

「分かったらとっとと――」


 その時だ。

 対面のビルが爆発し、炎と衝撃波がカイン達の部屋の窓を粉砕した。


「な、何……!?」


 スレイプニールの風の結界で味方を爆風から守ったレイナはすぐに煙を吹き飛ばして外に出ると周囲を見渡した。


「ッ!? 上!」


 対面のビルの屋上。そこには明らかに異質な稲妻が轟いていた。

 そしてもう一人。その轟雷と対峙しているのは――


「アリサさん!?」



・2・


「向かい側のホテル。メアリーがいるのはそこの304号室だ」

『うん、確認した。ありがと……トミタケ』

「気にすんな。これも俺の仕事だ」


 通信相手のリオ・クレセンタはトミタケ・ヒューガに小さな笑みを見せる。今まで彼女が人前で笑顔を見せるのはメアリーかシーマの二人だけだった。しかしシーマがいなくなってからというもの、心にぽっかり空いた穴を埋めるようにリオはトミタケに心を開いていた。


「あー、ところで今日もウチに泊まるのか?」


 トミタケは画面の向こうで狙撃の準備を進めるリオに気まずそうな声で尋ねてみる。


『うん……ダメ?』

「いやダメってことはないんだが……家族でもない年頃の女の子が男の部屋に住み着くのは色々問題が……主に俺の社会的立場とか」


 最悪、人の皮を被った上司あくまに殺される可能性すらある。


『私は気にしない。トミタケ弱いし』

「そこはせめて気にしてくれ……」


 弱いことを否定しないあたりが実に彼らしい。

 始まりはただ同じゲームで暇を潰すくらいの仲。そんなものだった。しかしシーマが死んだあの日から、二人の関係は徐々に変化していった。今やほぼ毎日家に上がり込まれ、徹夜でゲームに付き合わされる日々だ。


(別に迷惑ってわけじゃない……こいつの気持ちを考えれば今は誰かが傍にいてやる必要がある)


 本来その役割はメアリーが適任なのだが、彼女は彼女で自分の正義と復讐心の板挟み状態だ。余裕なんてない。それに成人しているトミタケとは違い、リオはまだ14歳。メアリーよりさらに若い。家族同然の存在を失い精神的に不安定な彼女を放っておけるほど彼は人でなしではなかった。


(まぁとりあえずメアリーちゃんはに任せるとして……俺はもうしばらくこいつの面倒を見ますかね)


 いつか、彼女が立ち直ってくれるその日まで。


『トミタケ?』

「あ、あぁ……悪い悪い。まぁ、いつも通りちゃちゃっと済ませて帰って来い。今日はいよいよラスボスを狩る日だしな」

『うん』


 いつも通り、小さく頷くリオ。トミタケはそんな彼女の見せる消え入りそうな笑顔を眺めながら通話を切った。



・3・


「……で、私に何か用?」


 通話を終了したリオはゆっくりと背後を振り返る。大きな室外ユニットの影から現れたのは奇妙な拳銃を持つ金髪の少女――遠見アリサだ。


「あの部屋を狙撃するならここが一番条件が良いですからね。来ると思っていましたよ、狙撃手さん」

「……」


 リオは微動だにせず、ここまでの自分の行動を振り返る。


(ここに来る前にドローンを使って周辺の状況は入念に調べた。誰か潜んでいたなら私が見逃すはずない……ならどうやって)


 彼女の存在に気付いたのはドローンではなく、右目のサーマルスキャンが反応したからだ。


「仲間にハッキングが得意な子がいましてね。ドローンの映像を差し替えてもらいました」


 アリサは銃口を向けながら、リオの正面に向かい合う。


神和重工かむわじゅうこうに狙撃タイプの魔具アストラを持つ人間がいることは調べがついていました。さすがにこんなに若い子だとは思いもしませんでしたが」

「……」


 リオは何も答えないが、その手が僅かに動いているところをアリサは見逃さない。


「無駄です。この距離なら私の方が早い」


 狙撃手の裏をかき、懐に入った時点でアリサの勝利は確定している。


「……邪魔」


 ただし、相手が、だが。


「お姉さん、B-Rabbitの人?」

「いいえ」

「そう……まぁどっちでもいいけど」




 その時、リオの周囲に碧い稲妻が迸った。




「ッ!?」


 全くのノーモーションだったため、驚いたアリサは反射的に後方へ跳躍していた。しかしそれがコンマ数秒、リオに時間を与えることになる。


「……それは」


 等身の3倍はある巨大なハンマー。それはリオが持つもう一つの魔具アストラ。むしろこちらが彼女の本命と言っても過言ではない。

 そう、リオ・クレセンタには『狙撃手』の他にもう一つの顔がある。


「いくよ……トール」


 碧き雷を纏いし神槌。それを振るう無慈悲な『破壊者』としての顔が。

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