第124話 混沌を望む者 -Halation Creater-

・1・


『演説ご苦労さまです、ジョーカー』


 眼鏡をかけた細身の青年が画面越しで小さく笑う。彼はB-Rabbitの幹部、帽子屋マッドハッター。組織の資金源を担う♦部隊のキングだ。


「ショゴスの売れ行きは?」

『順調ですよ。すでに前回の400%を超えている。我々の声明がデマカセではないと大衆が認めた結果だ。1億人を超えるのも時間の問題でしょう』


 国内外を問わず数多のフロント企業を管理する彼は、それらを駆使してを売りさばいていた。


「それは上々」


 8月3日のXデー。

 あの日、この国の根底が揺らいだ。

 国内全土において、かつてない規模の暴動が勃発したのだ。各地に出現したのは『ショゴス』と呼ばれる倒しても倒しても無限に湧いてくる正体不明の黒い騎士。質が悪いことにその行動原理には微塵も一貫性が見えず、それが事態の迷走にさらなる拍車をかけた。

 銀行や企業などを攻撃し、金銭を強奪する者。

 街中で無差別に暴れ狂う者。

 特定の人間を執拗に狙う者。

 中にはそんな彼らと敵対する正義のヒーロー気取りまで現れる始末。

 もはややりたい放題の混沌を極めている。


『しかし今更ですが、に『力』と『体』を与えてそのまま野放しにすることに意味があるのですか?』


 帽子屋マッドハッターはふと、前々から疑問に思っていたことを口にした。

 黒騎士ショゴスの正体――それはジョーカーがジャバウォックで用意した仮想の肉体。それをネットで購入した名も知らぬ一般人だ。彼らは専用の外神機フォールギアを介して遠隔でアバターを操作し、今もゲーム感覚で好き勝手に行動している。外神機フォールギアによって理性の枷が緩まっているとはいえ、それでもあくまで当人の意志でだ。


『現に我々に従わない者も一定数存在する。何よりわざわざ素人を使わなくてもあなたの魔本ジャバウォックなら優秀な兵隊はいくらでも用意できるはずだ』

「フッ、まぁ勝利の先を見ているヤツなら迷わずそうするだろうな。この業界は何においても勝たなくちゃ意味がない。何なら目の前の勝利は人の命よりも重いくらいだ」


 テロリズムは勝利を掴むための手段であって、目的ではない。その先には必ず当人の主張が存在する。だが多数派マジョリティに牙を剥く彼らの主張はいつだって絵空事でしかない。誰もがくだらないと嘲笑し、見向きもしないのが常だ。


「宗教、イデオロギー……まぁ何にせよ碌なもんじゃない。碌でもない奴らが己の主張を通すには、人間のプリミティブな感情を利用するのが一番手っ取り早い」

『恐怖、ですね』


 ジョーカーは正解とばかりに指をパチンと鳴らす。


「恐怖というミームを伝染させ、大衆の感覚を麻痺させる。勝った奴が正義を素で体現する最低最悪の人間、それがテロリストって人種だ」


 彼はグラスにロックアイスを入れ、そこにウイスキーを注いだ。


「けどこっちとしては勝者を出したくないんだよ。欲しいのは過程であって、俺たちの主役スターが輝ける『終わりのない混沌』だ。だからこのどんちゃん騒ぎをゲームって形にして、善良な市民を当事者テロリストに仕立て上げるのさ」


 事実は小説よりも奇なり。

 その役割はジャバウォックの虚構よりも現実に生きる人間こそが相応しい。十人十色の思想を持つ彼らに『都合のいい理由ちから』を与え、その数だけ『欲望』という名の小さなテロリズムを誘発する。善悪入り乱れ、相容れない欲望同士の闘争は人が人である限り決して終わりを迎えることはない。それこそ全ての人間が全く同じ理想を望まない限り絶対に。

 皮肉にもヒーローがヒーローたりえる場所はそんな地獄だけなのだ。そしてその地獄を終わらせないように常にバランスを保つことこそがB-Rabbitの本来の役割と言える。




『その主役をあっさりぶっ倒した身の程知らずはどこのどいつだったかしら?』




 その時、室内の投影モニタが起動して人影が映し出される。


「おっと、これは手厳しい」


 神和重工かむわじゅうこう代表アヤメ・リーゲルフェルト……ではない。今の彼女はもう一つの顔――神凪殺かんなぎあやめとしてここに現れた。

 ジョーカーは帽子屋マッドハッターとの通話を切り、ホログラムの彼女の正面に立つ。


『やってくれたわね、ジョーカー。私の大事なモルモットを傷物にしやがって』


 あやめは不機嫌そうな声で溜息を吐く。


「こっちとしても立て続けに居場所を特定されると仕事にならないんでね。少しばかりお灸をすえさせてもらいましたよ」

『チッ、シーマを切ってあの子の復讐心を煽ったのが裏目に出たわね。成長どころかよりによってに負けるなんて』

「……冷静さを欠いているのももちろんありますが、まだあの槍を完全制御するまでに至っていないようですね。彼女が本来の権能を100%引き出せていれば、俺がいくら小細工をしたところで秒殺されてるはずだ」


 ――失敗作。

 そう言われたジョーカーは文句の一つも言わず、雇い主であるあやめに自身の所感を伝えた。


「あぁ、あともう一つ。先の戦いでエクスピアの連中がメアリーに接触したようです。このまま放っておいても?」

『もうリオを向かわせてるわ。回収するまでお前は少し大人しくしてろ。せっかく完成させたワーロックの特殊個体イレギュラー。ここで失うには惜しいもの』

「仰せのままに」


 それだけ伝えると、あやめはそそくさと通話を切った。


「失敗作、ね……」


 ジョーカーはそう呟くと、兎の仮面を外し鏡を見る。


「よう、?」


 誰もいないはずの空間で一人、彼はそう問いかけた。



・2・


「……ん……」


 目を開くと、そこには見知らぬ天井があった。


「あ、やっと起きた」

「あなた……は……」


 どこかのホテルの一室だろうか? 自分が寝ているベッドの横に誰かが座っている。メアリーはゆっくりと上体を起こすと、落ち着いて何があったのか記憶を掘り起こし始めた。するとすぐに目の前の人物に見覚えがあることに気が付く。


「あなたは、あの飛行場にいた……?」

「うん。私レイナ。よろしくね。えっと……」

「……メアリーです」


 彼女が名乗ると、レイナの表情がパァっと明るくなった。


「メアリーちゃん! 良い名前だね!」

「あの……えっと……ありがとうございます」


 ここ最近戦いに明け暮れ、人とまともに会話をしてこなかった弊害か、メアリーは純粋に向けられる好意にすっかり耐性を無くしていた。


「あ、結構汗かいてる。とりあえずシャワー浴びよう? 私、着替えを準備してくるから」

「え、あ……ちょ……」


 有無を言わさず猛スピードで部屋から出ていくレイナ。メアリーはそんな彼女が消えたドアをポカンとした表情で見つめていた。


「……とりあえず、シャワー室へ」


 フラフラとよろめきながらもメアリーはシャワー室を目指す。まだ体が重い。頭もクラクラする。まるで夢の中にいるような心地だった。道中、汗で肌にピッタリまとわりついたシャツやショーツを何とか脱いで洗濯籠に入れると、彼女はシャワー室のドアを開いた。

 すると――



「へ……?」



 メアリーは言葉を失った。


「……あ?」


 目つきの悪い見知らぬ青年がいる。しかも裸で。目の前に。

 いや、よくよく顔を見るとこの青年もあの飛行場にいたような気がしないでもない。


「な……なッ……な……ッ!?」


 しかしそんなこと今はどうでもよかった。メアリーにとって重要なのは自分が今全裸で、目の前の青年にバッチリそれを見られているという事実のみ。


「メアリーちゃんちょっと待って!! もしかして今カイン君が――あ……」


 数秒遅れてレイナが慌てて部屋のドアを開けたが、時すでに遅し……。


「……ッッ!!」


 次の瞬間、ホテルが揺れるほどの大絶叫が炸裂した。

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