第122話 軍勢 -The force with paper-thin-

・1・


「つ……着いたぁぁ……ッ!!」


 毎度お馴染みの超音速ジェット機から降りたレイナ・バーンズは地に足をつけたその瞬間、両拳を空に掲げて涙を流しながら叫んだ。これも毎度のことだが、彼女はこの絶叫マシン涙目のモンスタージェットに乗る度、まるで寿命でも削っているかのように憔悴している。


「泣いてるところ悪いがまだ着いてないぞ」

「……え?」


 だが何気なく放たれたカインの言葉にレイナの表情は凍り付いた。


「ここはロサンゼルス。ニューヨークまではまだ4000kmはある」

「…………まじ?」

「マジだ」


 ここぞとばかりに意地悪な表情を見せるカインとは対照的に、レイナの顔はどんどん青褪めていく。


「整備が必要ってんで、ここで二時間休憩なんだとよ。まぁ、それでも夕方までには余裕で到着するだろ」

「イヤァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 待ち受ける地獄のおかわりを前に、レイナはただ叫ぶことしかできなかった。



***



「二時間……結構長いね」


 あれから一時間は経っただろうか? ただやることがないというだけで時間の感覚はこんなにも曖昧になる。数人の技師によって整備中のジェット機をただボーっと眺めているレイナはふとそんなことを呟いた。


「……」

「ん? どうしたの? カイン君」


 いつも通り皮肉交じりの反応が返ってくるものだと予想していた彼女は、鋭い視線で遠方を睨んでいるカインを見て首を傾げる。


「アイツら、

「え……」


 それを聞いたレイナもカインと同じ方角を向く。確かに数人の男女が飛行場の柵の向こうでたむろしていた。別にそれ自体は珍しいことではない。この場所にはエクスピアのチャーター機以外にも一般の飛行機だって集まっている。今まさに大空へ飛び立とうとする旅客機を間近で見たいと考える人間はどこの国にだっているものだ。

 ただ、彼らはそうではない。

 彼らの視線の先は飛行機ではなく、間違いなくレイナ達だった。


「……」


 ゆっくりと、カインは待機状態の神機ライズギアトリムルトを展開する。するとそれを待っていたと言わんばかりに、遠方の集団は動きを見せた。


「カイン君」

「あぁ、どうやら残りの時間は退屈しなくて済みそうだ」



・2・


「何モンだ、テメェら」

「……へへへ」


 威圧的なカインの言葉に対し、彼らはただ不気味に笑うだけだ。数はざっと30。見た目は一般人だが、漂わせる雰囲気はどう見ても普通のそれではない。


「ッ、あれって!?」


 そんな中、レイナは彼らの左腕に取り付けられた黒い腕輪の存在に気付いた。


「……外神機フォールギア


 見間違うはずがない。これまで何度も相対してきた神凪かんなぎの腕輪。それを全員が装着していた。だが相手はどう見ても一般人だ。こう言ってはなんだが、強大な力を扱えるような器には見えない。


「さぁ、Game開始だ!」


 先頭の男がそう宣言した次の瞬間――



Shoggothショゴス ..... absolution』



 彼らは一斉に外神機フォールギアを起動する。その身は一瞬で黒い泥に呑み込まれ、山羊……いや、悪魔を連想させる捻じ曲がった角を持つ黒い騎士へと変貌を遂げた。


「スレイプニール!」


 素早く両足に魔具アストラを展開したレイナが先陣を切る。カインも彼女に続き、最初から魔装・刃神クレイジーエッジを展開した。相手はあの外神機フォールギア持ち。しかも数の上でも圧倒的に不利ときた。出し惜しみをしていい状況ではない。


「「ッ!?」」


 しかし刃を交えてわずか数秒でカインとレイナはあることに気が付いた。二人は一度視線を交わし、互いに感じたそれを確信に変える。


「レイナ!」

「うん!」


 二人は呼吸を合わせ、一気の大技を仕掛ける。


『Rising charge!! Rakshasaラクシャーサ ... Spiral Sting!!』

『Rising charge!! Dvergrドヴェルグ ... Exceed Edge!!』


 共にコンクリートの大地に得物を突き刺した次の瞬間、敵の足元から鋭い刃が剣山のように隆起し、その身を次々に貫いていく。


「うわああああああああああああ!!」


 二人の予想通り、誰一人としてその攻撃から逃れることはできなかった。ある者は怯えてその場から動けず、またある者は逃げ惑って右往左往している。その結果、ものの数秒で30人近くいた敵は全員戦闘不能になった。


「なんていうか、その……」

「あぁ、どうにも。動きが素人だ」


 拍子抜けすぎる。武器の扱いから的確な間合いの取り方、数の優位を用いた戦略すらまともに機能していない。外神機フォールギアの力は警戒に値するが、それを扱う彼ら自身があまりにも弱すぎた。中には数人多少の心得を持つ者も混じっていたが、それでも過去の使用者とは比べることすらできないほどに練度の差は歴然だ。


「これ……本物、だよね?」

「待て、不用意に触るな」

「あ、ごめん。そうだよね」


 調べるまでもなく、彼らの持つ外神機フォールギア自体は本物だろう。はっきりとしたことは言えないが、あの腕輪が持つ不気味な力は確かに感じた。ただ間違いなくその使用者たちは素人だ。それこそどこにでもいる普通の――


Bravoブラボー! Bravoブラボー!」


 その時、二人の背後で何者かが手を叩いた。



・3・


 拍手をしていたのは妙な兎の仮面をつけた男。彼はたった一人でカイン達の前に現れた。


「……ジョーカー」

「あぁ、誰かと思えばカイン君か。どうりでコイツらじゃ相手にならないわけだ」


 兎面の男――ジョーカーは近くで倒れている黒騎士の一人を足で小突く。


「え、カイン君の知り合い?」

「昔……ちょっとばかしグレーな仕事でな」

「それ絶対真っ黒だよね!?」

「正直、二度と会いたくない部類のやからだ」


 カインは苦虫でも潰したような顔でそう答えた。


「ハハハ、酷いなぁ。俺たちはビジネスパートナーとしては結構良好な関係だったじゃないか?」

「寝言は寝て言え。それよりそこで寝てる雑魚共はお前の差し金か?」

「ん? あぁ、まぁそんな所」


 ジョーカーはそう言うと、指をパチンと鳴らす。すると次の瞬間、倒れていた黒騎士たちが一斉に消滅した。


「え!? 消えた!?」


 レイナは驚いて目を瞬かせる。カインはそっと彼女の前に立ち、それでいてジョーカーからは決して視線を外さない。


「油断するなよ。ああ見えてヤツはかなりヤバい」

「……うん」


 彼はレイナに小声でそう忠告する。


「今この国では大陸全土を股に掛けたとびっきりのゲームが進行中でな。邪魔されると困るんだよ」

「ゲームだと?」


 カインの反応が意外だったのか、ジョーカーは呆れたように両手を胸元の高さまで上げる。


「あれ? 知らないの? ダメだよカイン君。ニュースくらい見なきゃ」

「生憎そんな暇はなかったんでな。だがテメェが関わってる以上、碌でもないもんだってことだけはわかったよ」

「はぁ……相変わらず口の減らねぇガキだ」


 ジョーカーの声音がほんの一瞬鋭くなった。ファンシーな見た目からは想像もつかないプレッシャーに思わずレイナは一歩後ずさる。


「おっといけないいけない。悪いねお嬢さん」

「……」


 しかしすぐに先ほどまでの落ち着いた雰囲気を取り戻し、彼はレイナに深々と頭を下げた。


「さてと……久々の再開、昔話に花を咲かせたいところだけど生憎こっちも忙しい身でね」

「心配しなくても今日の予定は全部キャンセルだ。とりあえず知ってること全部吐いてもらうぞ?」


 カインは黒い大鎌を構える。ここでみすみすジョーカーを逃がすほど彼は甘くない。すでに辺り一帯は伊弉冉いざなみの間合いだ。


「フン……おっと、面倒なヤツに見つかったか」

「?」


 ジョーカーが後ろに跳躍した次の瞬間、天空から彼のいた場所に目掛けて何かが降って来た。まるでミサイルでも着弾したかのような圧倒的な衝撃にその場の全員が吹き飛ばされる。


「ぐ……何だ!?」


 痛みより先にまず感じたのは寒さだった。あたり一面が透き通るような氷で埋め尽くされている。そしてその中心には――


「あれは……ベルヴェルーク、か……ッ!?」

「カイン君! 上!」


 レイナの声で空を見るカイン。その先には人影が見えた。

 その何者かが指先を僅かに動かすと、着弾点に突き刺さった絶槍が独りでに彼女の手中に帰還する。


「見つけましたよ……ジョーカー!!」


 新たな槍の資格者――ブロンドヘアの少女は叫ぶ。


「誰だ……アイツ?」


 そのの奥に憎しみの炎を滾らせて。

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