第123話 変幻自在のトリックスター -Clown in the mirror-
・1・
「見つけましたよ……ジョーカー!!」
碧眼の
「ありゃりゃ、また見つかっちゃったよ」
「誰だ……アイツ?」
「怖~い正義の番犬ちゃん。ここんところしつこく付きまとわれててね。まったくどこで嗅ぎつけてくるんだか」
カインの質問にジョーカーはおどけた口調で答えた。
「いくら逃げても無駄です。このベルヴェルークは叡智の槍。私の望む『答え』をくれる」
メアリーが神槍を横薙ぎに振るうと、周辺の氷が全て砕け散った。
「みたいだな。けどその分ちゃんと代償を支払わないといけない、そうだろ?」
「……ッ」
風が吹き、髪がかかって隠れていたメアリーの左目が露になる。吉野ユウトと同様、規格外の魔力で碧く輝く右目とは対照的に、彼女の左目は完全に光を失っていた。
「ハハハハハ、図星? けど別に驚くことじゃない。北欧の主神オーディンは知識を得るためなら何でも切り捨てた狂人だ。それになぞらえた権能があってもおかしくない」
それはあらゆる『答え』を得る力。
ジョーカーの居場所を特定するため、メアリーは何度もこの主神の叡智を使った。その積み重ねた代償は彼女から左目の視力を完全に奪っていた。
「まぁ確かに厄介だが真っ先に俺の正体を探らないところを見ると、『答え』とやらもそれなりに制限があるみたいだな」
「問題ありません。あなたはここまでです。今度こそ……今度こそシーマの仇を!!」
「仇? あぁ、もしかしてコイツのことか?」
「……ッ!?」
そう言ってジョーカーは兎の面を取る。仮面の奥から現れた素顔は明るい長髪の美女だった。
「え、え……女性!? でも声が……ッ!?」
混乱するレイナ。さっきまで確かに男の声で喋っていたジョーカーが急に女の素顔を見せたからだ。しかしそんな彼女の何百倍も感情を揺さぶられたのはメアリーの方だった。
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
血が滲むほど強く神槍を握りしめ、メアリーはジョーカーに迫る。音を置き去りにする速さの突貫はコンクリートの地面を容赦なく破壊し、一瞬にして空港を凍土の大地に塗り替えた。
しかしそれでも槍は肝心のジョーカーを貫いていない。
「おー凄い凄い。こりゃあ当たったら本格的にマズいな。さすがは
「返せ! それはシーマの
メアリーの視線の先にはジョーカーの左指にはめられた
「おいおい、散々うちの
ジョーカーはそう言うと再び兎の面を被る。
「せっかくだからお友達の力、拝ませてやるよ。同じロキでも俺が使えばこういう芸当ができる」
彼は頭上で指輪をはめた左指をパチンと鳴らした。するとその姿がぼやけ、瞬時にレイナへと変わる。
「え、私!?」
「もちろん見た目だけじゃない。スレイプニール」
ジョーカーの言葉通り、変身した彼の両足にはレイナと同じ
「行くぞ?」
次の瞬間、ジョーカーの姿が消える。彼はスレイプニールの高速移動を難なく使いこなし、メアリーの死角に回り込んだのだ。
「後ろだ!!」
「ッ!!」
カインの助言が功を奏し、メアリーは神靴から放たれた風の刃を何とか受け流す。
「まだまだ」
ジョーカーの猛攻は止まらない。今度はカインに姿を変え、
「ぐ、あああああああ!!」
しかし同じ武器であっても衝突の余波で吹き飛ばされたのはメアリーの方だった。対するジョーカーは変身を解き、相も変わらず飄々と佇んでいる。
「視力を捨てたのは間違いだったな。死角が多すぎだ」
「く……ッ」
「正々堂々戦えば俺は君の足元にも及ばない。けどこれは試合じゃない。ルール無用ならやり様はいくらでもある」
兎面をトントンと突き、ジョーカーはそう告げる。
彼が扱うロキは他者の能力を丸ごとコピーする。ここでそれを見せつけたのはなにも己の実力を誇示するためではない。所詮は一時の仮初の権能。一番の目的はメアリーを牽制することにある。
(おそらくシーマと同じで、コピーには使用者本人が正しく対象を認識している必要がある……つまり――)
迂闊に他の
「さて、お遊びはここまでにしておくか」
「また……逃げる気ですか?」
メアリーは怒りに声を震わせる。
「フッ、安い挑発だな。ベルヴェルークの権能で傷口の時間が停止してるはずだ。どうせしばらくはまともに動けない」
「……情けをかけているとでも?」
「俺の仕事は君をどうこうすることじゃないってだけだ」
そう答えたジョーカーはポケットから携帯端末を取り出した。何やらピコピコと通知音が引っ切り無しに鳴っている。
「はいはい分かってるって。すぐに準備するさ」
彼は携帯端末を切ると、もう一つの
「来い、グリフォン」
その名を呼ぶと魔本の一節が輝き、彼の横に獅子の胴体にワシの頭と翼を持つ幻獣が顕現した。
「悪いけど客を待たせてる。そろそろ俺は失礼するよ。これに懲りたらストーカー行為は止めるんだな」
「待ちやがれ、まだこっちの話は終わってないぞ!」
勝手にこの場を去ろうとするジョーカーに向かってカインは走った。ジョーカーは懐から拳銃を取り出してカインに銃口を向ける。だが引き金を引くその瞬間、銃口の先は突然メアリーの方へと切り替わった。
「ッ!?」
引き金が引かれ、発砲音が鳴り響く。カインは咄嗟に魔装から空間跳躍を発動させ、メアリーの正面に移動すると自身の右手で弾丸を握り潰した。だが注意がそれたその僅かな時間は両者の距離を追跡不可能なレベルまで広げるには十分だった。
「チッ、逃がしたか。おい、お前大丈夫――」
しかしそこでカインは言葉を止めた。当のメアリーが気を失っていたからだ。
「カイン君、その子の槍って」
「……あぁ」
つい先日、
「どうやらさっそく面倒事に巻き込まれたみたいだ」
・2・
「アイツが、シーマを……ッ!」
奇怪な生物に跨り、空港から飛び去っていくジョーカーにリオ・クレセンタはスナイパーライフルの照準を合わせる。
狙うは仇敵の心臓。
「……逃がさない」
左の義足に取り付けられた鉄杭で足場を固定し、リオは静かな殺意を弾に込める。
「Fir――」
だがその瞬間、ありえないことが起きた。
「!?」
ガギンッ! と甲高い音が鳴り、ネルガルの銃口が弾かれたのだ。そのせいで放たれた銃弾はあらぬ方向に消えていった。
(狙撃!? どこから……いやそもそもどうやって!?)
ネルガルの権能で気配は完全に断っていた。この場所にリオがいることは誰にも察知できないはずだ。なのに撃たれた。
「く……ッ」
リオは固定用の鉄杭を収納し、すぐに近くの障害物の影に隠れた。ネルガルの銃口が弾かれた方向から敵は南東方面から狙撃したとおおよその予想はできる。そっと壁越しにそちらへ視線を向けると、彼女は右の義眼に搭載されたサーマルスキャンを起動させた。
「見つけた!」
距離にしておよそ300m。思った以上に近くに陣取っていたようだ。
サッと影から飛び出したリオは新手にネルガルを構える。黒いフードで顔は見えないが、どうやら敵もこちらに狙いを定めているようだ。
(大弓?)
あれほど精密な狙撃。敵の得物も自分と同じスナイパーライフルだと考えていたリオは一瞬驚く。だがすぐにそれが
「……邪魔」
リオがトリガーを引くと同時に、敵も大弓から矢を放つ。
弾丸と大矢が交差し、僅かに軌道がそれた敵の大矢はリオの背後の壁に突き刺さった。
「次で仕留め……ッ!?」
しかしリオはそこで目を見開いた。
(消えた……?)
まるで手品のように、目の前で敵の姿が突然消えたのだ。サーマルスキャンにもそれらしい熱源はどこにも見当たらない。
(どこに――)
その時、リオは背後から殺気を感じた。
「ッ!!」
いつの間にか背後に忍び寄っていた黒フードの刺客がナイフを突き出す。だがリオは咄嗟にネルガルを盾にして身を守った。
「ほう、良い勘だ」
「……ッ」
背後を取られた。それもわずか数秒で。300mという距離を一切気付かれずに。
普通ならありえない。故に普通ではない力が働いたことになる。考えられるとすれば黒フードの刺客が持つあの大弓だ。
「……矢の着弾点に転移する能力」
「洞察力も悪くない」
黒フードの男は小さく笑う。
「誰?」
「
そう答えると、
「ジョーカーが逃げる時間は十分に稼いだ。任務完了だ」
次の瞬間、天を目指す一矢は空で拡散し、無作為かつ広範囲に降り注ぐ。
(……ッ、しまった!)
その意味を察したリオはすかさずライフルを構えたがもう遅い。すでに
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