間章・第7話 正体 -The trickstar-
・1・
「……ッ!?」
違和感は唐突にやってきた。
万全の準備をした。計画通りに事も進んでいる。なのにそれら全てが言葉にならない虚無感に吞み込まれていく。
「不思議そうな顔してるな? まぁ、どうでもいいことだよ」
ジョーカーは開いていた本を閉じてそう言った。彼の足元には破かれた紙が落ちている。それが意味するのは――
(誰かが消えた……ジョーカーが生み出した誰かが……)
数分前、シーマはその『誰か』の潜伏場所を特定してメアリー達に伝えた。それはB-Rabbitにとってとても重要な人物。取り押さえれば彼女たちにとって大きなアドバンテージになるはずだった。
だがその『誰か』は泡のように消えてしまった。
たった一枚、本のページを破るだけでいとも簡単に。
「誰にも俺たちを捕まえることはできない。なぁ、『B-Rabbit』の意味、何だと思う?」
「……」
「
「何が代弁者よ……この国の人間があんたたちを支持してるとでも言いたいわけ?」
シーマの言葉にジョーカーはやれやれといった感じで首を横に振る。
「違う違う、逆だ。
無関心。ニュースで事故や事件が流れても、それを当事者として真剣に考える人間はごく僅かだ。その中で行動を起こす者は限りなくゼロに近いだろう。どこまで行っても所詮は画面の向こうのお話なのだから。
「
「ふざけたこと言わないで!!」
確かにこの国は敗者に対する風当たりが強い。国家がテロに屈したと公になればそれこそ国の基盤が崩壊しかねないほどに。
正義の名の下に、人はどこまでも残酷になれる一面がある。
だが、だからと言ってジョーカーの言葉が全て正しいということにはならない。
「俺は真剣だよ。
「……ッ!?」
ふと周りを見渡すと、先程まで叫び狂って逃げていた客たちがシーマとジョーカーを取り囲んでいた。彼らは一切口を開かず、虚ろな目でシーマを見つめている。
(しまった。こいつら全員……ッ!!)
「さぁ、楽しい殺戮ショーの始まりだ」
開演とばかりにお辞儀し、ジョーカーは再び魔本を開いた。
・2・
爆発と共にシーマは屋外に飛び出した。
「どこまで逃げれるかな子猫ちゃん!!」
煙の中からジョーカーの声が聞こえてくる。次の瞬間、名も無き二人の男が恐るべき身体能力を駆使して彼女の前後に立ち塞がった。
「く……ッ」
ジョーカーの
「アルブス、バンダースナッチ」
ジョーカーの合図で二体はシーマに襲い掛かる。しかしシーマは前後から挟撃を仕掛けてくる敵に対し、冷静さを忘れなかった。まず
「おぉ、やるねぇ」
「……」
シーマは何も言わず、鋭い眼光で拍手するジョーカーを睨む。
「でもまだ終わりじゃない」
「ッ!?」
直後、何の気配も感じる間もなく二匹のバンダースナッチがシーマの右腕と左足に嚙みついた。
(な……ッ!?)
間違いなくさっき殺したはずだ。ジョーカーが新たに召喚したようにも見えなかった。なのにバンダースナッチは生きている。しかも一匹増えていた。
「そいつは攻撃を受ける度に一匹ずつ増えてくんだよ。スライムみたいにな」
「この……ッ!」
鋼鉄をも貫く狂犬の牙。機械の右腕は痛みを感じないからいい。だが左足はそうもいかない。焼けるような激痛が脳天を貫き、彼女の視界を明滅させた。シーマはほとんど反射的に左足に噛みついているバンダースナッチを左腕で横殴りしていた。そして右腕に噛みついて離れないもう一匹は持っていたナイフで首を切断し、落ちた頭を思いっきり踏み潰す。
しかしそれは無意味な行為だ。絶命した二匹の体はおよそ生物とは思えない波打つような胎動を見せるとすぐにそれぞれ分裂し、新たなバンダースナッチが生まれてくる。
「――!?」
その時、シーマは背後から別の殺気を感じた。振り向いたその瞬間、白い鎧が目に入る。
(こいつも……ッ)
バンダースナッチのように増えてはいないが、へし折った右腕が元に戻っていた。それにもう振り下ろされる剣を避けきれないほど詰め寄られている。だから彼女は咄嗟に左腕でそれを受け止めた。
「ああああああああああああ!!」
何とか生身への直撃こそ防げたが、機械の左腕は無惨に粉砕され、衝撃も殺せずシーマの体はレンガの壁に打ち付けられる。
「……うっ……」
左腕は全壊。右腕もかろうじて動く程度。左足にいたっては出血が酷く、うまく力が入らない。さっきから回復魔術を施しているが、傷口が一向に塞がらない。さらに頭を打った影響で額からも血を流し、右の視界は真っ赤に染まっていた。
(これは……本格的にヤバいかも……)
考え得る限り最悪の状況だ。
この場から逃げる手立ては残されていない。メアリー達の応援も望めない。
「まぁぶっちゃけ、俺の前までこうしてやって来たのはお前が初めてだよ。
ジョーカーは楽しそうに破壊されたシーマの左腕を拾い上げると、その指から彼女の
「だからこいつは教訓としてもらっとくよ。いいよな?」
「……」
シーマは何も言わない。しかし彼を睨みつける眼光の強さだけは健在だった。
「いいね。まだ諦めてないって目だ」
ジョーカーが横を向くと、彼の隣には小さな少女が立っていた。あの地下会場で檻の中に閉じ込められ、売りに出されていた奴隷だ。
(この子も――)
「おっと、こいつは本物だ。俺が作った登場人物じゃないぞ?」
「ッ!?」
まるでシーマの心を見透かすように、ジョーカーはそう言った。
「ほら、こいつを使ってそこのお姉ちゃんを楽にしてやるんだ」
ジョーカーはひどく優しい口調でそう言うと、少女に拳銃を手渡した。
「何、を……」
「お前を殺せば自由にしてやると言ってある。この子のことを思うんなら潔く死んでやれよ。もっとも、薬の影響でぶっ飛んでる今のこいつに俺の言葉がちゃんと聞こえているかどうかは怪しいけどな」
「この、外道……ッ」
虚ろな瞳で拳銃を見つめていた少女は手を伸ばし、その銃口をシーマに向ける。そしてゆっくりと引き金を――
「ッ!!」
ダンッ!! 火花が散る。
少女が引き金を引くその瞬間、シーマは体を無理やり動かして少女に飛びついた。その時脇腹を弾丸が貫通したが、痛みを無視して彼女は少女の手にある拳銃に噛みついてそれを奪う。
「お前だけでも!!」
そしてうまく動かない右手で拳銃を持つと、彼女は一心不乱に引き金を引いた。
夜天に再び銃声が響く。
弾丸はジョーカーの兎の面を掠っていた。次の瞬間、仮面は粉々に砕け散る。
「……え……」
シーマは思わず息を呑んだ。
「あーあ……これ、お気に入りだったんだけどなぁ」
「何で、あんたが……」
素顔を晒したその男は笑みを浮かべ、シーっと人差し指を唇の前に置いた。
「待て待て。まだネタばらしには早い」
刹那、ジョーカーの蹴り上げでシーマの持っていた拳銃が宙を舞う。そして続く回し蹴りが彼女の腹に突き刺さり、シーマはゴロゴロと地面を無様に転がった。
「ぐ……あ……ッ!!」
逃がさないように壊れかけの彼女の義手を踏みつけながら、ジョーカーはちょうど真上から落ちてきた拳銃を右手で鮮やかにキャッチする。
「これからこの国ででっかい花火が打ち上げられる。火付け役である俺の正体は内密にってのがクライアントの要望でな」
(……メアリー達に、伝えないと……)
夜の闇で見間違えた。そう思ってしまうほど信じがたい事実を。
(……私たちの、敵……)
「だから悪いけど、お前はここまでだ」
――終幕。
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