間章・第6話 戯作 -Ground bait-
・1・
――ミシガン州。デトロイト。
ここはニューヨークに並ぶ世界有数の産業都市。テクノロジー、医療をはじめとするあらゆる分野において最先端の研究が行われる一方で、貧富の差が群を抜いて激しく『犯罪都市』としての一面も持つ特異な街だ。
そんな場所のとある高層ビルの一画では、今まさに黒煙がたち昇っていた。
「はぁ……はぁ、まさか……僕が逆探知されたのか!?」
B-Rabbitにおいて情報を司る
きっかけは先程幹部が一堂に会したあの通話。
「……ッ、ぐッ!!」
最初の一撃で左足をひどく負傷したモックタートルは懐から奇妙な装飾の短剣を取り出すと、それを躊躇いなく自分の胸に突き刺した。
痛みは一瞬。しかしそれはすぐに消えてなくなり、左足のみならず彼の全身が瞬く間に回復していく。
これが彼の
「それがあなたの
「ッ!?」
その声の主は満月を背にして夜空に浮かんでいた。碧い瞳を輝かせて。
「
碧眼の
「アブソリュート・ジェイル、展開」
彼女の周囲に四方10cmほどの黒い立方体が無数に生成された。それらは
「それほどの再生能力を持つのであれば多少痛めつけても問題ないですね」
「ッ!?」
次の瞬間、その全てが同時に火を噴いた。彼は死に物狂いで建物の奥に逃げる。
「無駄です!」
その言葉通り、圧倒的な暴力の炎はフロアを丸ごとぶち抜いた。
――
それはワーロックだけが扱える特別な魔法。複数の魔法を統合し、『大いなる一』へと昇華させたものだ。メアリーはそれを二つ持っている。
アブソリュート・ジェイルはそのうちの一つ。特殊な
メアリーがたった一人で『戦略級』と称される理由はこれにある。
「ッ!?」
だが今回の敵は一筋縄ではいかないらしい。
「……舐めるなよ、ガキがッ!」
その怪物は燃え盛る炎を切り裂き、獣のような唸り声を上げた。
モックタートルだ。先程までの青年の面影は完全に消え失せ、今の彼はかろうじて人の姿を保った全長5mほどの巨大な怪物に変化していた。まるでビルそのものを飲み込もうとするように今もなお細胞レベルで破壊と再生を繰り返すその姿は、テスモポロスの力を自身の体に過剰付与した『生命力の化身』といったところだろう。
彼は嗤いとも絶叫とも取れる叫び声を上げ、体から凄まじい蒸気を噴出しながらメアリーに無数の骨の弾丸を飛ばす。だが彼女は黒匣を集め盾として展開し、それを難なく防ぐ。さらに反撃とばかりに二門の大砲から放たれた弾丸が敵の体を貫いた。
「げへ……ぐ、がが……ッ」
しかしそれが決定打にはならない。損傷箇所は分厚い肉で瞬く間に塞がってしまう。こと再生能力に関して、今のモックタートルはこの世界に現存する全ての兵器を凌駕していた。
「厄介ですね……リオ、
「余裕。20秒で見つける」
メアリーのその言葉に、リオは通信越しから頼もしい返答をした。
・2・
「スキャン、開始」
その言葉を合図に、ライフルのスコープを覗くリオの右目が青い光を放った。彼女の右目は特別製の義眼だ。あらゆるエネルギーを可視化し、それを脳に直接イメージとして投影する。温度や電波、放射線といった目に見えないものはもちろん、魔力さえその対象に含まれる。
「……ッ」
欠点があるとすれば、それは脳との直接連結時に目の奥で痛みを感じる所だろう。だから長時間、及び連続使用は望めない。しかし障害物や敵の能力を無視して『見る』ことができるメリットはスナイパーにとって大きい。
そうしてきっちり20秒後、
「見つけた」
魔力が集中する場所――敵の核となる
「メアリー、見つけた。射貫くからあとはよろしく」
『万事了解です!』
リオは小さく笑い、抱えていたスナイパーライフルを構える。
ネルガル。リオが愛用するライフル型の
「まずはその厄介な再生力を削ぐ」
そう言うとリオは
「Fire」
引き金を引く。
音はない。光さえも発さず、夜の闇を一発の弾丸が駆け抜ける。
・3・
『カウント5』
通信越しのリオの合図を聞き、メアリーは空を舞う。
『4、3、2、1……』
次の瞬間、モックタートルの首の付け根をリオの魔弾が貫いた。
「ッ、ぎゃああああああああああああああああ!!」
摩天楼に絶叫が木霊する。無敵の再生能力を持つ巨体にたった一発の弾丸が当たったにしてはかなり大袈裟に見える。だがその理由はすぐに明らかとなった。
「が……ッ、何だ……これは……ッ!」
傷口が再生しない。それどころか弾痕を起点にモックタートルの肉体は徐々に変色を始め、亀裂のような赤い線までもが広がっていった。
「まさか……細胞が、壊死、しているのか!?」
「グッジョブです、リオ!」
敵の体内に潜む
「な……ッ!?」
消えた黒匣はメアリーの手元に再びその姿を現し、中に入っていた短剣は彼女の手中に収まる。
「か、えせー-ッ!!」
核を失っても、未だ巨体を維持するモックタートルはメアリーの背丈ほどもある巨大な掌を開き、彼女に襲い掛かった。
「これでジ・エンドです」
だが、
「な……ぜ……」
倒れた彼は目を見開いて絶句する。テスモポロスの能力が強制解除されたからだ。
本来の使用者であるモックタートルよりもメアリーの意志を優先して。
「もちろん、ヒーローなので」
彼女は凛とした表情でそう答えた。もちろん違う。
メアリーのもう一つの
「さて、シーマの情報によれば彼はB-Rabbitの幹部ということですが……」
『下が騒がしくなってきた。まずはそこを離れた方がいい』
「了解です。さぁ、行きますよ……ってあれ?」
そこでふと、メアリーは不思議そうに首を傾げた。
『メアリー、どうしたの?』
「い、いえ……その……」
胸がざわつく。何かがおかしい。
記憶と現実の辻褄が合わない。まるで何かが記憶からすっぽり抜け落ちたような――
「私たち……誰と戦ってたんでしたっけ?」
誰もいない崩壊したフロアで彼女はポツリと違和感の正体を口にする。
『……』
当たり前であるはずのその質問にリオも答えることができなかった。
「シーマの逆探知で敵の位置を把握して……それで……」
事実、ついさっきまでここで彼女たちは敵と交戦していた。その敵が持っていた
なのに――
誰と戦っていたのか全く思い出せない。
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