Epilogue EX
・1・
「嘘……」
シーマのもとに急いで駆け付けたリオは膝から崩れ落ちる。
「……」
一緒にやって来たメアリーは周囲を見渡した。この場所で激しい戦闘があったのは間違いない。破壊の爪痕がそこかしこに刻まれている。そしてその中でも一際目を引いたのがリオの目の前にある赤い血溜まりだった。
「そんな……」
中心には彼女の義手が転がっていた。それはその血が彼女のものであることを如実に語っている。だがシーマ自身はどれだけ探しても見つからなかった。
「メアリー……」
「……はい」
リオはフラフラとした足取りでメアリーに近づき、彼女の両肩を掴んだ。
「シーマは……ッ、シーマはどこ!? 眷属の場所……ッ! メアリーなら分かるよね!?」
まるで責め立てるように、リオは涙を流しながらメアリーに詰め寄る。メアリーはその必死な瞳から目を逸らせなかった。
当然だ。彼女にとってシーマは仲間である前に血の繋がり以上に大切な――同じ地獄を生き抜いた唯一無二の存在なのだから。
「シーマは……」
だからこそ声が震えた。どうしようもなく。
事実を伝えなくてはならない。しかし、それがどうしようもなく怖いのだ。言葉にしてしまえば、もう取り返しがつかない。
「もう……」
これが彼女なりの精一杯だった。
「……ッ、うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
メアリーの意図を察したリオはその場で蹲る。そして大声で泣き叫んだ。
(……シーマ)
ワーロックとその眷属は魔力のパスで常に繋がっている。その性質上、メアリーは彼女たちのだいたいの位置や状態を把握することができる。だが今、彼女はシーマとの繋がりを全く感じない。それはつまり――
プルルルル……ッ。
「ッ!?」
その時、メアリーとリオの携帯端末が着信音を鳴らした。絶望に打ちひしがれた今のリオに通話は望めない。メアリーはそう判断し、震える手で通話をオンにする。
「……はい。こちらスターライト。……ええ、私がお聞きします。はい……はい……ッ!?」
一人、通話の内容を確認していたメアリーは驚きのあまり言葉を失った。
「了解、しました……すぐに向かいます」
通話を終えた彼女は、気付けば血が出るほど強い力で拳を握りしめていた。
「ジョーカー……これがあなたのシナリオですか……」
彼女は赤い瞳を碧に変え、そこに憎しみの炎を宿す。
「お前だけは……絶対に……ッ!!」
――8月3日 23:00
この日、アメリカ国内で同時多発的に反社会勢力による一斉武装蜂起が始まった。
・2・
とある高層ホテルの一室。
そこから星々のように煌めく夜の街を見下ろす者がいた。
「……姫様、窓閉めて。危ない」
「ええ、ごめんなさいシーレ」
護衛騎士の少女に促され、バベルハイズ王国第一王女――ライラエル・クリシュラ・バベルハイズはそっとカーテンを閉じる。
「はぁ……初めての国外。楽しいものと期待に胸を膨らませていましたが……やはり思うようにはいかないようですね」
ライラは近くの椅子に腰かけると、小さく溜息を吐く。
「今国内に先行してた偵察部隊から連絡があった。各地で暴動が起こってるみたい」
「ミュトスの予測通り……ですか」
ライラは携帯端末に保存されたとある文書を開く。それはあの戦いで破壊されたはずのミュトスからある日突然送られてきたとある未来に関する演算結果だった。
そこにはこの国で今まさに起こっている暴動はもちろん、彼女にとってとても無視できない内容が記されている。
『碧眼の
文書にはそうあった。そして当然、そこに至るまでの詳細な過程も。
(まさか彼女があちら側に付くとは考えもしませんでした。もっと早く……彼女の体のことを知っていればあるいは……)
過ぎた事を悔いても仕方がない。だが自分の
「姫様、協力者の準備できた」
「ありがとう、こちらへ通してください」
ライラはシーレにそう指示を出すと、携帯端末を胸に当ててそっと目を閉じる。
(ユウトは……この国に来るのでしょうか?)
おそらく、これからこの国はかつてないほど苛烈な戦いの舞台に変わる。もはや力を失った一介の青年にできることは何一つない。
それでも……それでもライラの知っている『吉野ユウト』という人間なら必ずやってくる。だからせめてその前に――
「お初にお目にかかります。ライラエル様」
この命と、王国を救ってくれた彼の代わりに。
「ごきげんよう。調子はいかがですか? セドリック」
この身を尽くすと王女は心に誓う。
間章 碧眼の魔道士 -Starlight Peacemaker- 完
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