間章・第4話 魔女狩り -Into the Dark side-
・1・
深夜のニューヨーク。
光あるところに闇があるように、絶えず輝きを放つ大都市にも暗闇は存在する。
(確か、この辺りのはず)
ロキの権能でB-Rabbitの構成員グレオに変身したシーマ・サンライトは、煌びやかな摩天楼がそびえ立つ無音のマンハッタン大通りを一人歩いていた。日中は300万人以上が働く活気ある場所だが、実質そのほとんどは他地区からの通勤者。この時間帯になると深夜営業中の店にでも入らない限り人とすれ違うこともなかなかない。
(あった)
大通りから外れ、まともな街灯もない小道をしばらく歩き続けると、彼女は目的の場所に到着した。
「……紹介状を」
大柄な黒服と男が二人。そのうちの一人がシーマに一言そう言った。
「はい」
グレオの記憶を持つシーマは相手に何の違和感も感じさせず、いつも通りといった感じで『
「……確認しました。ようこそ、血染めの宴会へ」
「ありがとう」
シーマは青年の顔で微笑し、黒服の男たちが守っていた扉を開ける。
(さて……ここからが本番)
扉の先に見えたのは地下へと続く長い階段。実はこの先はマンハッタン区でも特に有名なあのメトロポリタン歌劇場の真下に繋がっている。そこはあらゆる公的な記録に記されていない『存在しないはずの空間』だ。それだけでも怪しさ満点といったところだが、そこがB-Rabbitの本拠地というわけではなかった。
(うわ……)
重い扉が開き、まず最初に彼女の目に入ったのは狂喜と絶望が一緒くたに渦巻く欲望の掃き溜め――闇カジノだった。
ニューヨークではカジノそれ自体は違法ではない。規制は厳しいが、正規の手順で許可を得た店舗であれば営業することができる。
だがここは違う。一夜で動く額も、そして取引されるものも。
「……ッ」
一瞬、シーマは両腕に酷く鋭い痛みを感じた。いわゆる幻肢痛。過去に失った自分の両腕にあるはずのない痛みを感じる症状だ。両腕が
しかしそれでも幻肢痛は発症した。今その理由は分からないが、一つだけはっきりしていることがある。
(……金と欲望の嫌な臭い)
シーマは遠くの方で檻に入れられた少女に目を向けた。少女はおよそ服とは呼べないみすぼらしい布で体を包み、光を失った虚ろな目をしている。おそらく何かしらの薬物で精神を壊されてしまったのだろう。
彼女はこの闇カジノの商品だ。そしてかつての自分の姿でもある。こういった場所では人の命でさえただの『物』に成り下がってしまう。
(虫唾が走る……ッ)
どんなに巨悪を滅ぼしても、その合間を縫うように新しい悪が生まれる。それをまざまざと見せつけられたようで、気付くとシーマは拳を強く握りしめていた。
「あぁ、お帰り
「……ッ」
そんな時、背後から突然声を掛けられた。全く気配を感じなかったのでシーマは一瞬動揺してしまったが、それを一切表に出すことなく彼女はゆっくりと振り返る。
「……任務完了しました。ジョーカー」
そこに立っていたのはこの場に似合わぬきっちりとしたスーツ姿の男。
(こいつが……)
そして彼をさらに場違いたらしめていたのは、その顔を隠すようにつけられた可愛らしいウサギのお面だった。
・2・
「よっと。まぁ君も座れよ。もうじき他のやつも集まるけど、全員今日は通信だから」
「……はい」
ジョーカーに誘われVIPルームに通されたシーマは彼の言う通りふかふかのソファに腰かける。場所はジョーカーから一番遠い対角の席。まだこちらから仕掛けるには早い。面をつけている以上、相手が本当に敵の首魁かどうか判断がつかないからだ。もし影武者だった場合、最悪今回のチャンス全てが水の泡になる可能性すらある。だから今はとりあえずどんな状況でも対処できる最適な距離を保つ必要があった。
「アイオーンは残念だったなぁ。結構大口の取引先だったのに」
「
ジョーカーは嘲るように鼻を鳴らし、グラスに酒を注ぐとそれを持って自分の席に座った。
「君も飲むか?」
「いえ……」
「相変わらず真面目だねぇ」
それが記憶から読み取ったグレオ・ビスタリカという青年だ。彼は忠誠心の強い人間だ。特にこのジョーカーという男に対しては盲目的なまでの忠誠を誓っている。実はこういう手合いはシーマにとってとても厄介な部類の人間だった。
ロキは完璧な変身能力を有している。細胞の一片から記憶の細部に至るまで、使用者を完全な別人に作り変える。それは言い換えれば対象と同化する能力。つまり相手の精神力がシーマの精神力を上回っていた場合、逆に彼女の精神が喰われる危険性があるということだ。狂信的な人間は良くも悪くもこの精神力が強い傾向にある。だから気を抜くとふとした瞬間に思考が持っていかれる可能性があるのだ。
「まったく……情報管理の徹底は組織運営の基本でしょうに。これだから馬鹿でかいだけのオールドタイプは」
ジョーカーはストローをグラスに突っ込み、酒を飲む。兎面を取らないためなのだろうが、何とも異様な光景だ。
そんな時、VIPルームのモニターが独りでに点灯した。
「お、来たか」
ジョーカーはグラスを置き、画面の前に立つ。
画面に映ったのは4つの絵柄。♠、♥、♦、♣――それぞれトランプのマークだ。
グレオが所属する
「アイオーンが死神に狩られたらしいわね」
高飛車な物言いの女性は♥のキング――チェシャ。
「全くもって嘆かわしい。おかげでこちらは昨夜から資金調達の再編成で大騒ぎですよ」
紳士的な口調の男は♦のキング――
「……所詮はその程度だったという事だ」
ただ一言そう言った男は♠のキング――
「
そして最後に♣のキング――モックタートル。グレオの直属の上司にあたる男だ。
「お疲れさん、みんな。相変わらず元気そうでなによりだ」
ジョーカーは両手を広げ、まずは仲間の壮健ぶりを祝福する。
「今日集まってもらったのは他でもない。俺たちの目の上のたんこぶ。
彼はそう言うとシーマを紹介するように手を伸ばす。応じてシーマもゆっくりと頭を下げた。
「ジョーカー、あなた確かワーロックとはいえ所詮はガキ。正面からぶつからなければ怖くないって言ってなかったかしら?」
チェシャの棘のある言葉にジョーカーは兎面を押さえ、天井を見上げる。
「いやー面目ない。思った以上に優秀なヤツが敵さんにいるっぽいんだよね」
「まず狙撃手が一人。
(ッ!? こいつ……)
基本的にシーマとリオは戦闘中に表に出ることはない。確かにワーロックであるメアリーは強力な力を有している。だがそれは個としての力。彼女がいくら無敵の存在であっても、戦場の全てを相手取れるとは限らない。計略に引っかかってしまえばそれこそ相手の思う壺だ。だからこそシーマとリオの存在が重要になる。
メアリーが圧倒的な力を振るい敵の注意を集め、その隙にリオは外から、シーマは中から敵を破壊する。そうすることでメアリーという力は最大の効果を発揮するのだ。
「あら可愛い女の子」
「……」
モニターに映し出されたのはアイオーン戦闘時のリオの写真だった。
「
「あぁ」
「だが見つけられなかった」
「何それ? 使えないわね」
チェシャの言葉に
少ししてジョーカーは
「あぁ、なるほどね。そいつがアイオーンの情報を流したってところか。確かに内部に潜り込みでもしない限りあんな数の中から正確に大将首取れないもんな。なるほどなるほど。潜入捜査……ハハッ、君の同業者だな」
「は、はい……」
急にジョーカーはシーマに話を振ってきた。彼は氷に刺さったアイスピックを引き抜き、手元で弄びながらこう続ける。
「せっかくだから一つ教えてくれよ。仲間を裏切る気分ってのはどんな感じなんだ?」
次の瞬間、ジョーカーはアイスピックをシーマに向かって投げつけた。
「ッ!?」
咄嗟に反応したシーマは迫りくるアイスピックを避けて後方に大きく飛ぶ。そんな彼女をジョーカーは拍手で賞賛した。
「おぉ凄い凄い。今のを避けちゃうか」
「……どういう、つもりですか?」
ロキの変身は完璧だ。それをジョーカーが見破ったとは考えにくい。だが彼は躊躇なく仲間を殺そうとした。いったい何故――
「別に何も? 君が裏切り者だったらヤダなーと思ってさ」
「言ってる意味が分かりません……」
「疑わしきは罰する。こっちの世界では常識でしょ?」
ジョーカーは二本目のアイスピックを手に取ってそう言った。
「あらら、みんな帰っちゃった?」
気付くとモニターが真っ黒になっていた。四人とも通信を切ったらしい。
「さすがに冗談が過ぎますよ?」
シーマは一歩下がる。
「冗談? いいや俺は本気だよ?」
また一歩……下がる。
(こいつ……何なのッ?)
シーマの目に映るのは何の根拠もなしに仲間を殺そうとする狂人の姿だった。
「大丈夫、俺は人を見る目だけは自信があってさ。君がボロを出さない限りは殺さない。神に誓ってもいい」
「……ッ」
本気だ。ふざけた兎の面で表情は読み取れないが間違いない。彼の言葉に背筋が凍るような恐怖を感じたシーマは確信する。これは――
「だから頼むからボロを出さないでくれよ?」
――魔女狩りだ。
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