間章・第2話 任務 -A secret mission-
・1・
ギルバート・リーゲルフェルトがCEOを務めるリングー社。その傘下にある一企業だ。彼の妻――アヤメ・リーゲルフェルトが社長に就任してからは、主に兵器開発及びエネルギー関連の事業に従事している。
リングー社という超大企業の恩恵もさることながら、アヤメの経営手腕も相当なもので、わずか数年でアメリカの軍需産業その全てを完全に掌握するという偉業を成し遂げた。今やアメリカ軍が使う兵器は銃の弾丸からミサイルまで例外なく全て
そしてそんなアヤメの意向で結成されたのが対
メアリー・K・スターライト。
シーマ・サンライト。
リオ・クレセンタ。
三人が所属する
・2・
メアリー達三人は
「トーミーターケーッ!!」
(((またか……)))
最上階に到達したエレベーターの扉が開くと同時に怒鳴り声が響き渡る。その瞬間、メアリー達はこの後の展開を悟った。
「ま、待――ぎゃー--ッ!!」
正面の豪華な扉をぶち破り、男が面白いくらい鮮やかな軌道を描きながらメアリー達の前に吹っ飛ばされてきた。全くもって思い描いた通りに。
「いてて……」
「トミタケ、大丈夫ですか?」
「ん? あーメアリーちゃんたちか。いやまぁ、いつものあれだ」
男は頭を擦りながらゆっくりと立ち上がる。あれだけド派手に吹き飛ばされたというのに、彼は何事もなかったかのように服についた汚れを払った。
トミタケ・ヒューガ。彼はアヤメの秘書をしている青年だ。歳は二十代前半のはずだが、積もり積もった心労のせいかどことなくそれ以上にも見える。
「相変わらず頑丈だねぇ、トミィ。で、今度は何やったん?」
シーマが気さくにトミタケに話しかけた。三人の中で唯一、彼女だけがトミタケを愛称で呼ぶ。別に特別な意味があるわけではない。ただ、傍から見ても二人は結構馬が合う。
「いや、それが昨日コーヒーにミルク入れろってぶっ飛ばされたから、今日は気を利かせて入れてったんだよ……」
「そしたらぶっ飛ばされたと」
彼女の言葉にトミタケは両手で顔を覆った。
「マジであの女が分からん……」
「トミィ、愛されてるねぇ」
「は!? ふざけんな! 誰があんな年増――」
「ト・ミ・タ・ケ♡」
背後から突然聞こえてきた甘い声にトミタケの背筋がガチガチに凍り付く。
ゆっくりと、声を震わせ振り向くと――
「私が、何だって?」
青みがかったブロンドヘアをかきあげ、彼の上司が
「……い、いや今のはその……言葉の綾といいますか……」
「体を縦と横に引き裂かれて畑の肥料になるのと、コンクリ詰めにして太平洋に沈められるの、どっちがお好み?」
「すみませんでしたぁぁ!!」
「あ、あの、アヤメさん!!」
冗談抜きでトミタケの死刑が実行されそうなので、メアリーが堪らなくなって二人の間に強引に割って入ってきた。
「……トミタケ、三人の端末に詳細を転送」
「あいよ」
怒りが収まったのか、アヤメはクルリと踵を返し自分の執務室に戻り始めた。しかしふと、彼女はその足を止める。
「あ、そうだ。扉の修繕費、アンタの給料から差っ引いとくから」
「やっぱお前人間じゃねぇ!!」
・3・
「悪いわね、こんな時間に来てもらって」
執務室に入った三人はそれぞれ椅子に腰かけると、トミタケから送られてきた資料を読みながらアヤメの言葉に耳を傾ける。
「いえ、それよりこんな時間にわざわざ呼び出したという事は」
「えぇ、ようやく『B-Rabbit』の足取りを掴んだわ」
その言葉にメアリー達の目の色が変わった。
ここ数年でアメリカ国内のテロ組織は急激にその活動を活発化させた。国内で流通している武器は全て
それも全て
B-Rabbit。
それはそんな時代の
構成員、規模、拠点、主義思想。そのどれもが闇に包まれている謎の集団。『B-Rabbit』という名称を知っているのは、メアリー達が今まで潰してきたテロ組織を調べた際、必ずと言っていいほどその名前が挙がってくるからだ。
「今日アンタたちが潰したヤツら。名前は……何だったかしら?」
「
トミタケがそっと名前を告げた。
「あーそれそれ。そこのトップをちょっと締め上げたら吐いてくれたわ」
「……ちょっと?」
リオがトミタケの顔を伺う。当の彼は青ざめた表情で天井を眺めていた。
「ジョーカー。それが『B-Rabbit』を仕切っている男の名前だそうよ」
「ジョーカー……」
メアリーは端末に表示されたその名前を睨んだ。
「国籍年齢経歴不詳……何この可愛いウサギの仮面を被ってるってやつ?」
「知らないわよ。あのおっさんが言うにはそうらしいわ」
首を傾げるシーマの横でアヤメが溜息を吐く。そんな彼女を横目に見たトミタケはさらなる情報を読み上げた。
「どうやらアイオーンのトップはジョーカーと直接取引をしたらしい。つっても映像越しでらしいけどな」
「けどそんな前例は今まで一度もありませんでした」
メアリーの言葉にトミタケは頷いた。
「『B-Rabbit』の構成員は切り捨ての末端でさえ確認されたことがない。けどどうやら今回は思わぬ大物を釣り上げたらしい」
「エシュタル、アルラトゥ、来なさい」
アヤメの声に反応し、奥の扉から双子のメイドが姿を現した。
「はいはい、お呼びでしょうかご主人様?」
「……」
一人は気怠そうにスカートの両端を吊り上げ、もう一人は黙ってお辞儀をする。
「あのオヤジはもう用済みだからサクッと
「キャハハハ、エシュちゃんお楽しみタイム入りまーす!」
「承りました。ぶっ殺してきます」
アヤメの指示を受けた二人はすぐに部屋を出ていった。
「相変わらずおっかねぇ……」
「そう? 可愛い子たちじゃない。素直で」
「いやあれはどう見ても素直とは違うだろ……」
アヤメととことん意見が合わないトミタケは頭を抱えていた。そんな彼を他所にアヤメは話を続ける。
「数日中にはジョーカーの居所が分かるはずよ。まずはいつも通りで行くわ。シーマ、準備して」
「
シーマは敬礼すると執務室を後にした。メアリーとリオも彼女に続く。トミタケは自分の仕事に戻るため隣の部屋に移動した。
残ったのは部屋の主たるアヤメだけ。彼女は窓際に立つと窓下に広がる夜景を見下ろしながらニヤリと嗤う。
「さーて、ゴミ掃除の時間よ。せいぜい頑張って私の国を綺麗にしてちょうだい」
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