第116話 過去を超えて -The origin one-

・1・


 くろあお――二つの力が交差する。


「はあッ!!」


 魔剣と白刀が衝突し、溢れ出た激しい魔力の奔流が虚無の世界で反響した。


「行ける!」


 今まで使用する度にユウトの意識を断ち、暴走させた外神機ティルヴィングの呪い。それが今は全くない。カーミラがユウトに託した魔遺物レムナント――クロノスが呪いの進行を完全に止めているのだ。クロノスは魔力ではなく時間を喰らう。そこに他の魔具アストラのような素養は必要ない。彼女は自分に残された全ての時間をクロノスに捧げ、消滅して尚もユウトを守っていた。

 一度距離を取り、ユウトは籠手に魔剣を装填する。


『Charge ......』


 すると黒き魔道衣オルフェウス・ローブが暗い光を放ち、全身に力が漲った。魔剣ティルヴィングの刃が敵に触れる度に奪っていた魔力を自身に還元したのだ。


『Blade ...... Overflow』


 奪ったのは白刀の力。つまり刹那の魔力メモリー

 稲妻が落ちた次の瞬間、蒼き獣が顕現する。その姿は以前、ガイとの戦いで召喚した時よりもさらに雄々しく洗練されていた。


「Graaaaaaaaaaaaaaaaa!!」


 蒼き獅子の咆哮が無数の雷を敵を殲滅する槍と変え、天から一斉に降り注ぐ。


『Eclipse Overdrive!!』


 だがその全てがただの一矢によって消滅した。


「……ッ、やっぱり簡単には行かないか」


 敵は己自身。こうなることは予想していた。ついこの前まで自由に扱えていた蒼眼の魔道士ワーロックの力。伊弉冉いざなみが作り出した虚像とはいえ、いざ敵に回すとやはり厄介極まりない。


『Drain』


 虚像のユウトの手元に飛角のメモリーで生成した大槌が現れる。


『Bios』


 彼はさらに御影の魔力をその大槌に付与し、虚無の足場に向けて一気に振り下ろした。


「うあ……ッ!?」


 何かが砕ける音。それと同時に胃が迫り上るような浮遊感が襲った。真っ黒だった世界に亀裂が走り、そこから一気に光が流れ込む。

 落ちた先はモノリスタワーの頂上。皮肉にも3年前、この海上都市イースト・フロートで最後に戦った場所だ。


「……」


 空を見上げるとそこには光の球体が浮かんでいる。その中には眠り続ける伊紗那いさなの姿が見えた。

 虚像のユウトはその前に立ちはだかり、ゆっくり左手を天に掲げる。


「ッ!!」


 ガラスのように砕け散った虚無の残骸。それらが彼の魔力を帯び、空中で制止していた。そして虚像のユウトが手を振り下ろすのと同時に雨のように降り注いだ。


「ッ、あああああああああああああああああああああ!!」


 身を切り、骨を砕き、ユウトの心さえ折らんとする破壊の雨。それはほんの一瞬のことでありながら、彼にとっては数十分以上にも思えた苦痛だった。

 モノリスタワーの頂上が煙に包まれる。力なく膝を付くユウトを虚像のユウトが静かに見下ろしていた。


「……ッ、まだ……だ……」


 ――まだ諦めない。


 虚像のユウトはゆっくりとユウトに近づき、彼の胸倉を掴む。そしてその腹に膝をめり込ませ、そして僅かに浮いた体を上から容赦なく叩きつけた。


「う、が……ッ」


 仰向けに倒れたユウトをさらに追い詰めるように、虚像のユウトは彼の胸を踏みつける。


「ぐ……あああああああああ!!」


 万力のように徐々に踏みつける力が強くなる。体の中で骨がギシギシと音を立てているのが聞こえた。


「……どうして、諦めない?」

「!?」


 その時、虚像のユウトが言葉を発した。


「俺はお前……伊紗那いさなを守る理想のお前だ。なのに何で否定する?」

「……ちが、う!」


 ユウトは虚像の足を掴み、強引に万力地獄から抜け出す。そして胸を押さえながらゆっくり立ち上がると、虚像に向かって拳を放った。しかし敵はその拳を軽々と掴み、ゆっくりとユウトの腕を曲げていく。


「ぐ……ッ」

「お前が望んだ俺だ。勝てる道理がない」


 虚像のユウトが手を離したのと同時に、もう片方の魔力が宿った拳をユウトの腹に叩き込んだ。為す術もなく彼の体は宙を舞う。


「が、は……ッ」

「これで終わりだ。この幸せな夢は終わらせない。永遠に俺が守ってやる」


『Longinus』


 神殺しの槍を召喚した虚像のユウトはゆっくりとユウトに迫る。だが――


「ハ、ハハ……」

「……」


 この絶望的な状況の中、ユウトが笑った。


「何故、笑う?」

「やっぱり、

「……」


 虚像のユウトは歩みを止めた。心なしかその顔は驚いているようにも見える。


「確かに……俺は伊紗那いさなを守りたい。でも……それだけじゃない!」


 ユウトはありったけの声を上げ、立ち上がった。理想写しイデア・トレースの籠手からティルヴィングを引き抜き、再び虚像の自分と剣戟の応酬を繰り広げる。


「俺がここまで強くなれたのは、かけがえのない仲間ができたからだ!!」

「ッ!?」


 僅かに生じた隙。ユウトはそこに今のありったけを叩き込んだ。魔剣の刃が虚像の横腹を抉り、切り裂く。


「……ッ」

「だったら……俺たちが守りたいのは伊紗那いさなだけじゃないはずだ! みんなを、吉野ユウトを強くしてくれた仲間を守らなくて何が理想だよ!!」


 吉野ユウトは一度たりとも自分一人で戦ったことはない。例え一人でも、その傍らには常に誰かの強い想いがあった。理想写しイデア・トレースはそれを形にする魔法。だから強くなれた。


「俺は伊紗那いさなを救う。そしてみんなも」

「そんなこと――」

「できる!」


 虚像にせものの言葉をユウトは否定する。


「どっちの理想ねがいが本物か、俺が証明してみせる!!」


『Charge ......』


 籠手に魔剣を突き刺し、ユウトはそう宣言した。



・2・


 二人のユウトの戦いは続く。


「ハッ!」

「あああああああああああああああ!」


 同じ魔法をぶつけ、砕け、そしてまた次の魔法を放つ。そんな応酬を延々と繰り返しながら、激しい接戦を繰り広げていた。


『Blade Overdrive!!』

『Blade ...... Overflow』


 雷の獅子と斬撃。


『Eclipse Overdrive!!』

『Eclipse ...... Overflow』


 漆黒の天馬と矢。

 それぞれ激しくぶつかり合い、撃音が轟く。


「ハァッ!!」


 神殺しの槍を使い、召喚した二体の獣を虚像が破壊する。直後、ユウトの籠手に収まった魔剣に亀裂が走る。


「ッ!?」

「無駄だ。このまま続ければお前が負ける。分かっているはずだ」


 確かにワーロックの力を封じられている今のユウトの魔力には限りがある。対して向こうは無尽蔵。加えて頼みの外神機フォールギアも限界ギリギリ。このままこの状態を続ければ負けるのは必定。そもそも始めから勝てる要素なんてどこにもない。

 だが、それでも不思議と負ける気がしない。


「それは……どうかな?」

「……ッ、何!?」


 魔剣を引き抜き、ユウトはそこにメモリーを装填した。


『Eclipse』


 理想写しイデア・トレース

 その中でもユウトが最初に使った魔法だ。

 まだワーロックの力は封じられている。しかしユウトが自分自身と戦う中で、その封印は着実に弱まっていた。

 そして今ようやく、原点スタートラインまで戻ってこれた。


「今更そんな魔法で!」

「……勝てるさ」


 漆黒の大弓を放つユウト。対して虚像は神殺しの槍を投擲する。

 一人の理想と大勢の理想。どちらが勝つかは明白。

 だが、そもそも


「俺は仲間を信じてる!!」

「ッ!?」


 両者の攻撃は相殺した。


『Eclipse Overdrive!!』


 ユウトは走る。一歩一歩、虚像が無数の魔法を放つ中、再び漆黒の矢を握りしめて。

 実力差は歴然。それがひっくり返ったわけではない。それでも、この場では想いが勝る。だからたった一本の矢が勝利をもたらす。そんな奇蹟だって起こる。起こしてみせる。


「これで、最後だああああああああああああああああああああああ!!」


 嵐の中を潜り抜け、ユウトはその手にある矢を――

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