第115話 混沌神機 -Chaos gear-

・1・


 神凪滅火かんなぎほろびが取り出したのは二つのメモリーだった。


「ッ……あれはリサの!?」


 そのうちの一つにカインは見覚えがあった。バベルハイズでリサ・ストラーダが使用していた魔具アストラに非常に酷似した何か――『ファロール』と呼ばれる力を内包した黒いメモリー。

 そしてもう一つは黄金のメモリー。形状から察するにこちらはおそらく魔具アストラだ。


「チッ、混沌神機カオスギア……明羅あきらちゃんからそれとなく聞き出してはいたが、完成してやがったのか」

「随分彼女とは仲が良いようだ。だが機密まで漏らしているのであれば対応を考えなければならんな」


 滅火ほろびはそう言うと、黒いメモリーファロール混沌神機カオスギアと呼ばれた籠手に装填した。


『Chaos on ......』


 続いて黄金のメモリーを装填。

 その直後、彼の背後で黄金の龍がとぐろを巻き、次いで現れた黒い影が同じ龍の形に変わる。光と闇、二対の龍が滅火ほろびの体を包み込んだ。


「まだ調整段階だ。加減は期待するな」

「「……ッ!?」」




『Distort ...... Omega Extended!!』




 次の瞬間、その全てが砕け散った。


「く……ッ、何が……!?」


 あまりの眩しさに目が眩んだカインはゆっくりと瞼を開く。そこにあったのは黄金の鎧を纏った滅火ほろびの姿だった。


「あれは……魔装、なのか?」


 滅火ほろびは手元に黄金の槍を召喚した。それを見たドルジは唇を吊り上げる。


「大層派手な演出だが、結局は堕天の範疇って所か? 舐められたもんだねぇ」

「フン、混沌神機カオスギア魔遺物レムナントさえも堕天させる。その意味を身を以て味わうといい」


 互いに素早く地面を蹴る。両者の武器が正面から激突し、その余波で隔絶された世界が震えた。


「ハッ、確かに黄龍こうりゅう魔遺物レムナントの中でも厄介な能力を持ってやがるが、知ってりゃ怖くねぇんだよ!」


 ドルジは黄泉津大神よもつおおかみの権能で複数の幻影を召喚し、全方位から同時に滅火ほろびに迫る。対して滅火ほろびは冷静にそのうちの一体を槍で突き刺した。


「残念、ハズレだ」


 偽物は消失し、残る幻影が一斉に攻撃を加える。


「ッ!?」

「どうした? そんなものか?」


 しかし滅火ほろびは余裕を崩さない。ドルジの幻影の数は優に十を超えていた。その一斉攻撃を以てしても、彼の鎧には傷の一つさえ付いていなかったのだ。


「チッ、さすがに見掛け倒しじゃねぇってことか」


 しかしそれはドルジも想定内。彼は満身創痍のカインに狙いを定めると、一気に距離を詰め回し蹴りを放つ。


「ヒャッハーッ!!」

「く……がッ!」


 カインは咄嗟にガードするが、魔装で極限まで強化された身体能力を適切に捌ききれずに吹き飛ばされてしまう。


「テ……メェ……ッ」


 ドルジは彼のポケットからこぼれ落ちたロストメモリーを拾い上げた。


「お、いいモンみっけ♪」


 彼の狙いは最初からカインの魔具アストラだった。ドルジは自身の得物である一対の短剣をしまうと、腰に差していた直剣を引き抜く。そしてそれに奪ったロストメモリーを装填した。


Messiahメサイア ...... Loading』


 刃は破邪の光を灯し、灼熱を帯びる。


「……アイツ、神機ライズギアまで」

「ヒャハハ! こいつでも喰らってろや!」


 ドルジは剣を振り、カインよりも巨大な炎撃を放った。

 しかし――


「フン」


 滅火ほろびはそれを避けることもせず、あろうことか正面から槍で迎え撃つ。


『Injection ...... Locking Down』


 次の瞬間、


「……ッ!?」


 それだけではない。ドルジの神機ライズギアに収まったロストメモリーが黒い魔力に侵され、その色を失った。そして独りでに神機ライズギアから抜けたかと思うと、滅火ほろびの槍へと吸い込まれていく。


「おいおい!? そういうことかよ!」


 封槍メモリーロッカー。

 混沌神機カオスギアに搭載された対魔具兵装アンチアストラウェポン

 『摂理』を司る魔遺物レムナント――黄龍こうりゅう混沌神機カオスギアにより堕天したことでを得た。その力に侵された神の力は分解、暗号化される。さらに分解されたことで本来の完全性を失い、その機能も停止する。

 それが意味するのはすなわち――魔具アストラの封印だ。


「これでこの魔具アストラはもう使えない。次はその伊弉冉いざなみもどきだ」

「ッ……、冗談じゃねぇ!」


 ここに来て初めて明確な焦りを見せるドルジ。彼は幻影を纏い、その姿を再び闇と同化させるが――


「無駄だ」


 滅火ほろびは槍に取り付けられたトリガーを引く。するとその表面を光が走った。


『Messiah ......』


 光は彼の周囲で四つのプリズムを形成する。


『Decoding Break』


 電子音の後、プリズムは高速で四方に展開する。そして強烈な光で広範囲を余すことなく照らし出した。そのあまりの光量に全てが等しく白に染まる。そして闇に隠れた魔人が強制的に引きずり出された。


「そこか!」

「チ……ッ!」


 すかさず滅火ほろびはドルジに向かって封槍を投擲する。


『Injection ...... Locking Down』


 槍はドルジに直撃し、魔人の体を容赦なく吹き飛ばした。ドルジの体は幻影のビルをいくつも貫通する。


「ジャブダル……狙ったものとは違うか。器用なヤツだ」


 封槍を手元に再召喚し、滅火ほろびはドルジから奪い取った魔具アストラを確認する。どうやらドルジは黄泉津大神よもつおおかみの鎧に封槍の先端が当たる直前、別の魔具アストラを身代わりにしたようだ。


「……あの野郎の気配が消えた」

「そのようだ」


 混沌神機カオスギアの鎧を解除した滅火ほろびはカインの言葉を肯定する。そして胸ポケットから眼鏡を取り出してゆっくり掛けた。


「まだ立てるだろう? 伊弉冉いざなみは一本あれば十分だ。すぐにここから出るとしよう」

「……アンタ、そんなおもちゃのためにリサを利用したのか?」


 背を向ける滅火ほろびにカインはナイフのように尖った言葉を浴びせる。


「……その通りだ」

「ッ――」

「勘違いするな」

「!?」


 滅火ほろびはゆっくりと振り返り、カインを睨む。


「私たちは敵同士。私を義母の仇と思うのなら、君が持つべきは言葉ではなく刃だ」

「要するに……文句があるなら掛かって来いってことかよ?」

「君に譲れない物があるように、私にも成し遂げなければならない使命がある、ということだ」


 気のせいか、滅火ほろびは少し悲しそうな表情でそう返した。


「……教授」


 そんな時、物陰から車椅子に乗った白髪の女性が現れた。

 エトワール。滅火ほろびが危険を冒してまでこの世界ゆめにやってきた理由。


「あの女がその使命ってやつなのか?」

「……君には関係のないことだ」


 エトワールはゆっくりと滅火ほろびに近づき、その手を取る。二人は何か会話をしていたが、カインはこれ以上の追求を止めた。


(リサを利用した報いは必ず受けさせる。けど今は――)


 カインは海上都市の中央にそびえ立つ黒き巨塔を見る。


「仕方ねぇからアンタを優先してやる。だからさっさとこのくだらねぇ夢を終わらせろ」


 そこで戦っているはずのユウトに向けて、彼は独り言のように呟いた。

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