第114話 もう一人の資格者 -The first sin-
・1・
「カ……グ、ラ……」
「よぉ、久しぶりだなクソ女」
「て、めぇ……ッ!!」
カインは
「……ッ、誰だテメェ!? どっから湧いて出やがった?」
「ギャーギャー騒ぐなよ。興が覚めちまうだろ」
魔人、なのは間違いない。人のものとは思えぬ生気の抜けた灰色の肌はそれをありありと物語っている。だが今まで対峙してきたどの魔人でもない。そしてそのどれよりも明確な悪意を感じる4人目の魔人。
「主……様……」
「ッ、黙ってろ! 今はお前に構ってる暇は――」
「逃げ、て……」
「!?」
腕の中で弱弱しくカインに寄りかかる彼女は予想もしなかった言葉をこぼす。
「今の主様では……カグラに、勝てない……」
騙すでもなく、見下すでもなく、その言葉はカインのことを本気で案じている。それが一層、目の前にいる男の危険性を如実に表していた。
「カグラ……その名前どっかで……ッ!?」
そこでカインはハッと気付く。
――
覚えがあるも何も、御巫の里で
約1000年前の
「あー違う違う。俺様今はヴェンディダードの魔人――ドルジで通してるんだ。とっくの昔に捨てた名前で呼んでくれるなよ」
「その魔人様が今更何の用だよ? まさか俺とコイツが相打ちするのでも狙ってたのか?」
カインの挑発にドルジは両手を上げ、肩をすくめる。
「まぁ、ぶっちゃけそうなりゃ御の字くらいには思ってたよ。テメェがそのクソ女相手に予想以上の健闘しやがるから今の今まで忘れてたがよぉ」
「……」
「そう睨むなよ。これでも褒めてるんだぜ? ほら、喜べよ?
「ハッ、生憎そういうのとは無縁でな。先輩面したいなら他当たれ」
「口の減らねぇガキだ。ちっとばかし躾けてやるか」
魔人ドルジが小さくため息を吐いたその時、彼の背後に人影が現れた。
「――ッ」
「おっと」
一切の気配なく、突如現れた人影――
「な……ッ!?」
「おやおや誰かと思えば
「……ッ、刹ちゃん!!」
燕儀が叫ぶ。そして間髪入れずに彼女と入れ替わった刹那は炎雷を纏わせた
「ぐっ……お、おおおおおおおおおおおお!!」
魔人の悲鳴が木霊する。
黒刃はドルジの首から胴を容赦なく縦に切り裂いた――はずだった。
「なんてな♪」
「ッ!?」
しかしそんな刹那を嘲笑う声が周囲に響き渡る。次の瞬間、彼女が切り捨てたドルジが眼前で霧散した。
(幻!? でも確かに手応えは……まさか!?)
刹那はカインを見た。正確には彼が抱きかかえている
「ねぇ、今のって」
どうやら
「えぇ、今のは間違いなく伊弉冉の権能。でもあれはまだカインの手にあるみたい」
刀としての
「何も不思議じゃねえ。
何もない空間が十文字に切り裂かれ、その裂け目からドルジが再び姿を見せる。
「……
刹那は再度刀を構え、確信する。
――神格共有。
「
ドルジの場合はそのさらに上。『神格剥奪』とも呼べる代物だ。
魔人は
「リハビリついでに見せてやるよ。こいつの正しい使い方ってやつを」
空気が凍り付く。まるで世界の全てが魔人に吸い込まれるかのように、ドルジを中心に景色そのものが歪曲し始めた。
「――魔装、
次の瞬間、漆黒が弾けた。
「……ッ! 魔装!!」
刹那も即座に
「オラ、行くぞ!」
「ハッ!」
闇が濁流となって襲い掛かる。
「ヒャハハハハ! どこ見てやがるうすのろ!!」
「そこッ!!」
分かっている。しかし今度は外さない。
返しの一閃。刹那は刃の速度を一切落とさず、背後の闇を再び斬った。
「ザンネ~ン♪」
だが次の瞬間、刹那の体から血飛沫が飛び散った。
(な……ッ!?)
斬られた。しかし理解が追い付かない。
目の前に自分がいる。まるで鏡に映った自分を見ているようだ。そしてそれを斬った刹那自身が、何故かその手にある二つの刃で斬られていた。
(何……が……ッ)
「刹ちゃん!!」
魔装が解け、力なく落下する刹那を燕儀が何とか受け止める。
「刹ちゃん! しっかりして!!」
「姉、さん……ごは……ッ!」
大量の血を吐く刹那。
燕儀はすぐさま回復魔術を施すが、傷がかなり深い。自分で自分の全力の一太刀を浴びたのだから無理もない。
「おいおい今どきの退魔士ってのはどいつもこいつも頭お花畑か? 敵に背を向けて仲間の回復とは泣かせるねぇ」
「く……ッ!!」
無論、燕儀もその危険性は重々承知している。しかし他に選択の余地はない。それほどまでの深手を刹那は負ってしまったのだから。
不可視の刃が燕儀に襲い掛かろうとしたその時――
ガギンッ!!!!
その斬撃を『認識』できるもう一人がそれを受け止めた。
「あ?」
「ッ……無視してんじゃねぇよ。テメェの相手はこっちだクソ野郎!!」
魔装・
・2・
――数分前。
「あの野郎……ッ」
理屈は全く分からないが、それだけは事実だ。
「……主様」
刹那たちがドルジと応戦している最中、それを見ていることしかできなかった満身創痍のカインに
「つまらねぇ話なら後にしろ」
「主様は、
「ッ!? ……続けろ」
その意味が分からないカインではない。彼は
「
魔人の持つあの刀。もはやあれはもう一本の『
「主様が望むのであれば……僅かばかりの力は残せましょう」
核となる部分。それさえ奪われなければ、例え力を失ったとしても
「急に協力的になったな。何を企んでやがる?」
「フフ……企むなんてとんでもない。
カインにはその資格がある。彼女はそう判断したのだろう。
「……分かった。お前の力、今度こそ貰うぞ」
「フフ、ご随意に」
そう言うと、
そして、カインはその
・3・
二つの漆黒が衝突する。
その衝撃で闇は祓われ、禍々しい黒の鎧を纏ったドルジが姿を現した。
「へぇ、まだ力が残ってやがったか」
「――ッ!」
目にも留まらぬ斬撃の応酬。互いの不可視の刃が衝突する度に雷のような光が次々と炸裂する。
「ヒャハハ! 差し詰めあの女を喰って強引に力を増幅させたってところか? なかなかエグいことするねぇ」
「うるせぇ野郎だ! 一発キツいの喰らわせて黙らせてやる!」
カインは漆黒の大鎌を横に振るう。黒刃は闇を切り裂き、その先の虚像のビルさえも容易に切断した。
「あーダメダメ全くなってねぇ。ほら、こうやって使うんだよ!」
ドルジは両手に逆手で持ったナイフ上の刃を交差させ、再びその姿を消す。
「チッ、ちょこまか隠れやがって!」
「隠れる? 違うな。ほら目の前に――」
次の瞬間、カインの背中が二つの刃で切り裂かれた。
「が……ッ!?」
「ヒャハハハ! バカかテメェ!? 俺様が正直に自分の位置を教えるとでも思ってんのか? とんだ甘ちゃんだなぁ!」
「クソッ!」
翻弄されている。しかもただ狡賢いわけではない。練度も正確さも圧倒的に向こうの方が上だ。どんなに大鎌を振るっても確実にその隙を突いてくる。例え同じ条件の下で戦ったとしても勝てるかどうか怪しい。そのうえで狡猾さが毒牙となってカインの精神力を削っていく。
「オラオラどうしたもう終いかぁ? 俺様に一撃喰らわせるんじゃねぇのか? あぁ!?」
「……ッ、
縦横無尽に襲い掛かる斬撃の雨の中、瞬時に魔装を切り替え白銀の騎士鎧を纏ったカインは、生成した銀の弾丸を左手のリボルバーに装填して二発撃ち込む。
「ッ!?」
一瞬、ドルジが黙った。しかしすぐに下卑た嗤い声を漏らす。
「ククク、なるほど。少しは頭を使ったってわけだ」
闇そのものだったドルジが急に姿を現した。その右肩からは血が流れている。カインの弾丸が彼を貫いたのだ。
「ハッ……どうだ? 一発喰らわせてやったぞ?」
「チッ、この程度で浮かれやがって」
それは相反する力をぶつけて対象を相殺する
「だが今ので俺様を仕留めきれなかったのはマズかったなぁ。もう同じ手は通用しねぇぞ?」
「……ッ」
実際、その通り。完全に手詰まりだ。
認めたくないが地力で負けている。一発当てるのが精一杯だった。
ドルジは卑怯な戦い方を好んで使うが、それは弱さを隠すためではない。むしろ楽しむためだ。もし遊びを止めて本気で殺しに来れば、おそらくカインが負ける。
「そこまでにしてもらおう」
その時、頭上から男の声が降ってきた。
「あ?」
いい所を邪魔されて不機嫌になったドルジが上を向く。
「ククク、これはこれは……いったいどういう風の吹き回しだ?」
「!? 何で……」
カインも内心驚いていた。何故ならカインとドルジの対決を止めたその男は
「愚問だな。私は
「相変わらずカーーッコいいねぇ!! けどまぁ、俺様のお楽しみを邪魔するのはいただけねぇなぁ」
「今回は
そう言って
「ッ!? テメェ、そいつは……」
ドルジが驚いている。そんな彼をよそに
まるでユウトの
「私の障害となるのなら、遠慮なく排除させてもらう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます