第112話 変わらないけど変わるもの -It is a hope, not a wish-

・1・


『Wake up!! ...... Lock break!!!!!!!!!!!!!!!!!!』


 かつての咆哮が木霊する。

 再び纏うは白と赤の神装束オルフェウスローブ

 タカオとガイ。二人の力が共鳴して生まれた擬似ワーロックイレギュラー


「喰らいやがれ!!」


 極光を纏いタカオの拳に追従する一対の金剛石の拳が悪夢を貫く。射線上の魔獣の影は残らず塵と消え、その直後、世界が今までにないほど明確な悲鳴を上げた。


「凄い……」


 それを間近で見ていたレイナは思わずそんな言葉を零す。

 文字通り、世界を震撼させるほどの一撃はこの絶望的戦況をひっくり返すには十分すぎた。その脅威を目の当たりにした全ての魔獣の視線がタカオに集中する。タカオは狙い通りといったように不敵に笑うと、飛角とカインに向かってこう叫ぶ。


「雑魚とネフィリムは俺が片付ける!! お前らは自分の戦いに集中しろ!!」


 それを聞いた二人はどちらも黙って頷いた。


「よっし。というわけでレイナちゃん」

「は、はい!」

「君にはユウトを任せる。あいつのサポートをしてやってくれ」

「わかりました!」


 レイナは背筋を伸ばして返事をする。そして両足のスレイプニールに風を収束させると、一気に空へ舞い上がった。向かう先は黒き巨塔――モノリスタワーだ。


「やっぱどいつもこいつもとんでもねぇな、魔具アストラってやつは」


 すでに遥か彼方へと行ってしまった彼女を見送るタカオは自然と溜息を吐く。強力だが個人にその能力を依存する魔法と違い、適合さえしてしまえば魔具アストラは誰でもその力を行使できる。仲間ならもちろん頼もしい限りだが、それが敵の手に渡ってしまうリスクは無視できるものではない。


『俺からしてみればタカオの方がとんでもないよ。俺の呪いちからは本来人間とは相容れないもののはずなのに。それを……』

「そうか?」

『え……?』

「前にこの力を使った時にも思ったけど、『呪い』だろうと『祝福』だろうと大して違いはないんだよ。たぶん、人がこうありたい、こうしたいって願う心だ。なら尚の事、どっちに転ぶかは使い手次第だろ?」

『……』


 彼のその言葉にガイは押し黙る。

 呪いは人に害をなすもの。それ以上でもそれ以下でもない。その性質は絶対不変であり、だからこそガイはこの奇蹟のような世界ゆめに縋った。ここより他に人間になりたいという彼の願いを叶えることができる場所は存在しないから。


『……そう、なのか……』

「そうさ。だいたいテメェの呪いが本当にそんなたちの悪いもんなら、『ガイ』は生まれてこねぇだろ?」


 事実、タカオは新たな可能性をこうして証明した。『呪い』はその性質を変えず、しかし純粋に彼の力へと変わった。そうガイ自身が願ったから。例えこれが一時の奇蹟だとしても、その事実は本物だ。ならば……考えを改める必要がある。


 例えどうしようもないほど黒く悍ましい『呪い』そのものだとしても――

 数多の世界で命を奪ってきた災厄だとしても――

 人の幸せを願ってもいいのだと。


「まぁ納得がいかねぇならこれから証明してやるよ!」


 タカオは右の拳を振り抜き、正面から襲い掛かってきた牛頭の魔獣センティコアを捻じ伏せ、返り討ちにした。吹き飛ばされた敵はすぐに再生を始めたが、彼はさらに両脇に追従する龍の拳の連打を放ち、その体を完膚なきまでに破壊する。もはや再生が追い付かなくなったネフィリムの影はそのまま黒い霧となり消滅した。


「あと二匹。もう覚悟はできてるよな?」

『あぁ、俺も見てみたくなったよ。この先を……タカオと』

「ハッ、なら存分に暴れようぜ!!」


 二人は揃って大地を蹴る。音速を超え、まっすぐに。

 過去の後悔も、諦観も、その全てを振り切って――

 最後の拳が轟音を響かせる。


・2・


「……ッ、おのれ……人間風情がッ!!」


 先ほどのタカオの一撃は黄泉津大神よもつおおかみに深刻なダメージを与えていた。世界ゆめとはすなわち彼女自身。それが砕け散る寸前までいった一撃を受けて平気なはずがない。その証拠に生物ではないため血は流さないが、明らかに苦しそうに呻いている。


「ありえぬ……わらわが御せぬ力を、あんな……あんな男が使いこなすなど……」

「随分苦しそうじゃねぇか?」

「!?」


 直後、魔力の弾丸が黄泉津大神よもつおおかみの長い袖を貫いた。


「く……ッ!」


 弾丸はさらに三発。続いて乱回転する長剣トリムルトが彼女に襲い掛かる。黄泉津大神よもつおおかみは召喚した幻影の剣でそれを弾くが、すでにその時カインは彼女の背後を取っていた。


「ッ!?」

Jackpot大当たりだ


 次の瞬間、銃口から放たれた弾丸が神の背を貫いた。

 声すら上げず、黄泉津大神よもつおおかみは地に落ちていった。


「……ッ、がは……ッ」

「登るまでもなくそっちが降りてきたな」


 無様に落下した彼女に向けて、カインはここぞとばかりに皮肉を浴びせる。


「クク……主様も、お人が悪い……」


 腐っても神か。どうやら今の一撃では足りなかったらしい。黄泉津大神よもつおおかみは胸を押さえ苦しそうではあるが、その瞳にはギラギラとした悪意の炎が未だ燃え盛っている。

 カインは油断せず、右腕を開放する。ここで一気に勝負を決めるために。


「終わりにしようぜ」


 血のように赤いオーラが迸る。気のせいか、黄泉津大神よもつおおかみはその光を愛おしそうな目で見つめていた。


「……」

「……」


 互いに緊迫する中、最初に動いたのは黄泉津大神よもつおおかみだった。周囲から100を超える幻影の刃を召喚し、その全てを同時に射出した。カインは立ち止まらず、しかし最小の動きでそれらを避けながら敵を目指す。


「あぁ……ッ♡ 昂ります! 昂ります主様ぁ!!」


 興奮が苦痛を上回ったのか、瀕死の重傷など気にも留めず彼女は狂喜する。自分を心底憎み、殺そうと足掻く。それは裏を返せば自分のことをこれ以上ないほど想ってくれているということ。醜く、忌み嫌われ続け、その果てに夢へと堕ちた彼女にとってそれは最上級の愛に他ならない。


「ッ!!」


 避け切れない幻刃をカインは咄嗟にシャムロックを投げつけて弾く。そして眼前で地に刺さったそれを右腕で掴むと、その権能を支配した喰らった


「あはッ♡」


 黄泉津大神よもつおおかみの背筋が凍った。爪先程度とはいえ自分自身が喰われる感触。しかしそれすら彼女にとっては身悶えるほどの快楽だ。


 あと5m。


 右手には幻刃。左手には神機トリムルトを従え、カインは駆ける。途中、避け切れなかった刃が肩や背に突き刺さるが、それでも彼は止まらない。ここが最初で最後のチャンスだと彼の勘は告げていた。


「ッ……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 カインは最後の一本を右の幻刃で相殺し、すれ違いざまに左の刃で彼女の体を斬った。


「はぁ……はぁ……」

「……」


 互いに背を向けあい、糸が切れた人形のように膝を付く。


「……フフ、フフフ……」

「何笑ってやがる?」

「いえ……お気になさらず。人の子に分かる道理はありませんので」

「テメェ……」


 最後の力を振り絞りカインは再び右腕を光らせ、ゆっくりと黄泉津大神よもつおおかみ――伊弉冉いざなみに近づいていく。


「フフ、くれぐれもお気をつけて。喰らったはずが逆に喰い殺されていた、なんて事にならないように。『支配』こそがわらわの権能なのですから」

「……いらねぇ心配だ」


 カインは伊弉冉いざなみを見下ろしながらそう答えた。


「あぁ……♡」


 負けたというのに彼女の恍惚とした表情にどこか不気味さを感じるカイン。しかし迷わない。この神喰みぎうでで彼女を喰らえば全てに片が付くのだから。


「これで――」

「…………ッ!?」


 その時、不意に彼女の胸からが飛び出した。


「何ッ!?」


 咄嗟にガードしたカインの右腕に謎の刃が突き刺さる。


「ぐ……ッ」

「いやー、ナイスファイト! 俺様久々に胸が熱くなったよ。いやマジで、ククク」

「テ、メェ……!」


 伊弉冉いざなみの背後に誰かいる。背後から刀で彼女の胸を貫き、カインの右腕を突き刺した何者かが。


「カ……グ、ラ……」


 生気を失った伊弉冉いざなみの唇が僅かに動く。

 主張の強い黄色のフードを被り、その奥には人ならざる灰色の肌が見えた。


 その男は――魔人だった。

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