第106話 裏切りの眷属 -The trigger of all-

・1・


「吸血鬼って……あの?」


 文字通り何もない場所から急に現れた自らを『吸血鬼』と呼ぶ少女。

 吸血鬼ヴァンパイアなど突拍子もない話だが、考えるよりも先に刹那と燕儀はその言葉に嘘偽りがない事を直感していた。


「……刹ちゃんアレ、感じる?」

「ええ、でも……何か、変な魔力」


 カーミラが身に纏うオーラは魔力であって魔力ではない。何と言えばいいか……まるで1+1が2ではなく、別の何かになってしまうような……。理解はできる。しかし予測ができない。ピタリと当てはまる言葉が見つからないが、とにかく彼女たちが知る魔力とは似て非なるものを彼女は持っている。


「その女は正真正銘の人外。人の理で推し量れるものではない」

「……ッ、伊弉諾いざなぎ!?」


 いつの間にか刹那の横に並んでいた伊弉諾いざなぎがカーミラを見据えながらそう言った。


「あら、ようやく伊弉冉かのじょに解放されたのね」

「フン、あの小僧どもが暴れてくれたおかげでな。血相を変えて消えよった」

「フフフ」

「……アンタたち、もしかして知り合いなの?」


 基本的に伊弉諾いざなぎは進んで赤の他人と会話をするような性格ではない。そんな彼がカーミラとは自然に言葉を交わしている。


「知り合い……まぁそう表現しても私は一向に構わないけど? それとも人の子から見れば長い付き合いだから、この際『友人』に格上げしてみるのも一興かしら?」


 カーミラは意地の悪い視線を伊弉諾いざなぎに向ける。対する伊弉諾いざなぎは予想通りの不愛想でこう答えた。


「勘違いするな。この女は零火れいかと同じだ」

「……え」

「ワオ」


・2・


「改めまして、私の名はカーミラ・エアリード。永遠とわを生きる吸血鬼にしてこの夢幻の監視者……いえ、もうそれも過去の話ね」


 カーミラはどこか自嘲気味にそう付け加えた。


「ちょっと待った」

「何かしら?」


 先程から神妙な面持ちをしていた燕儀がたまらなくなって手を上げる。


「さっきから『吸血鬼』ってワードが気になって仕方ないんだけど、そもそも吸血鬼なんて存在するの? もしかして私たちが考えてるものとは違う何かを指してたり?」

「はぁ……先に言った通りだ。その女は人間ではない。そういうものだと理解していればそれでいい」


 彼女のその言葉に伊弉諾いざなぎは溜息まじりに口を挟んだ。


「あら、つれない事を言うのね伊弉諾いざなぎ。私達、でしょう?」

「うるさい」


 人ではないからか、それとも既知の仲だからか。カーミラは伊弉諾いざなぎを畏れる素振りを一切見せない。伊弉諾いざなぎもまたそんな彼女がどうやら苦手らしい。


「そんな事より、その様子だとあの男にまんまと出し抜かれたようだな?」

「……えぇ、面目次第もないわ。アベルかれとの最後の約束を私は果たせなかった」

伊弉諾いざなぎ、あの男って……」


 刹那は薄々勘付いていた。ここまで幾度も話に出てきた最初の魔道士ワーロック――アベル・クルトハル。そしてその眷属たち。


 須佐之男スサノオの資格者、竜胆棗りんどうなつめ

 伊弉諾いざなぎの資格者、御巫零火みかなぎれいか

 ベルヴェルークの資格者、ソフィア・フラムベルグ。

 そして目の前の彼女――カーミラ・エアリード。


 だがもう一人、そんな彼女たちと同格の人物が一人だけ残っている。


夜式やじきカグラ。伊弉冉いざなみの資格者にして、私がこの地に封じていた裏切り者。そしてあなた達が海上都市で殺し合いをするように裏で糸を引いていた男よ」


 夜式真紀那やじきまきなを始め、何百年にも渡り御巫で迫害され続けた呪われし一族。その引き金となった男の名をここでカーミラは告げた。


「……ッ」


 刹那は思わず息を呑む。

 全て……あの海上都市で起こった全ての因果がその男の手のひらの上の人形劇にすぎなかったのだ。


「……何があったの? 里でぬえを暴走させたって話はお婆ちゃんから聞いてるけど」

「え、そうなの? 私聞いてない」

「姉さんは曹叡に斬られて入院してたでしょ」

「あー……」


 苦い過去を思い出した燕儀は思わず渋い顔をする。


「カグラは……」


 カーミラは一度口を噤む。彼女は伊弉諾いざなぎに視線を送った。


「構わん。主様もそこの女も、もうそこまで弱くはない」

「アンタ、一言多いわよ」

「そうだよ。私は刹ちゃんより強いもん」

「姉さんも黙ってて」


 そんな刹那と燕儀の反応に目を丸くするカーミラ。彼女は小さく微笑むと、ようやく沈黙を破った。


「カグラは私たちを裏切って魔人側についたのよ。自分自身が魔人になるためにね」

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